Ashwini Deshpande
2021年3月11日

デザインに潜む「ジェンダーバイアス」

手術用器具から自動車衝突実験用のダミー人形に至るまで、さまざまなプロダクトに隠されているジェンダーバイアス(性差別)。こうしたバイアスが実害をもたらしていることを我々は知るべきだろう。

平均的な白人男性をモデルにした自動車衝突実験用のダミー人形。自然、女性よりも男性へのメリットが大きい
平均的な白人男性をモデルにした自動車衝突実験用のダミー人形。自然、女性よりも男性へのメリットが大きい

そもそも、デザインとは何か。一般的には、既存の課題に対するクリエイティブソリューションを指す。そして我々の業界では、特定のオーディエンスに向けてより良いプロダクトやエクスペリエンスを創造したり、ブランド価値を高めたりするプランニングに基づいた行動を意味する。

優れたエクスペリエンスを立案する際には、ターゲット層に関して当たり前のことをいくつかクライアントに確認しなければならない。対象はどのようなオーディエンスで、彼らにどのような影響や効果を与えたいかといったことだ。

これらの点を明確にしておかないと、後になって多くのアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が露呈してしまう。例えば、メディアの記事やコミュニケーションは古いステレオタイプ(固定観念)を押し付け、後で問題になることが多い。

その一例が、下の写真にある傑出した女性アスリートに関する新聞記事だ。書き手は称賛の意を込めてこういう見出しを付けたのだろうが、結果としてステレオタイプの表現になっている。男性アスリートを取り上げる際、彼に何人の子どもがいるかなど話題にするだろうか。



一家の稼ぎ手は男性であり、女性は扶養家族 −− 我々はこうした広告描写を日常的に目にする。下の写真にあるインド最大の保険会社の広告はその典型例で、女性は経済的に従属的地位にあり、自立していないことを当然のごとく描いている。



このようなケースは枚挙にいとまがなく、誰でも1〜2の例をすぐに思い浮かべられるだろう。

バイアスから生まれるプロダクト

こうしたジェンダーバイアスは、プロダクトデザインの世界にも存在する。医療分野はその最たるものの1つだ。例えば、腹腔鏡手術用の器具。長年議論されているのは、何と男女外科医の「標準的握力」について。手術器具で肝要なのは「強度」ではなく、正確性であることは言うまでもないのだが……。



驚くべきことに、女性外科医の85%は手首や背中、肩に異常を訴え、定期的に治療を受けているという。その理由は極めて明白。世界の手術器具のほぼすべてが、男性を基準にデザインされているからだ。器具の寸法や重さ、角度は男性を基にした人体計測データで決定される。

これは手術器具に限ったことではない。信じ難いことだが、この世界にあふれるほぼすべてのプロダクトが、男性の使用を前提にデザインされているのだ。

我々のほとんどは自動車を運転する。そして車に乗る際にはシートベルトを着用するよう指導を受け、それが心理的安全性につながっている。車の安全性やシートベルトの効果は、人間と同様の大きさ・重さを持つダミー人形を使った衝突実験で測定される。こうした実験は車の進歩に合わせ、1960年代から行われてきた。だが驚くべきことに、2011年になるまで女性のダミー人形は使われたことがなかった。その結果、同じ衝撃を受けた際に女性が負傷する割合は男性に比べて45%も高いという悲劇的な統計が明らかになっている。これは単なるデザイン的欠陥が要因なのではない。人の命が関わる問題で、あたかも女性が使い捨てであるかのような、排他的かつ非常識な実験が重ねられてきたことに起因するのだ。



こうした事実は世界中にある。通常、世界で流通するプロダクトは身長5フィート7インチ(約170センチ)、体重約70キロの白人男性を基準につくられている。さらに言うなら、中産階級に属する中年白人男性だ。

愚かな同質性が重んじられ、民族や人種、教育レベルといった多様な要素が考慮されていない現実。この状況を変えるには、知られざる真実を公にすることが唯一の解決策だ。

今日、我々の多くはこうしたバイアスを見落としている。その責任をロボットやマシンに転嫁することもできるだろう(やがてこれらは人間を差別するようになるかもしれないが)。だが、改めて根本的問題を見つめるべきだ。こうしたマシンやアプリ、システムは誰がデザインしたのか。言うまでもなく、我々人間だ。

生活を快適にしてくれるAI搭載のアシスタントは、バイアスの典型例に挙げられる。インテリジェントアプリケーションにはシリ(Siri)、コルタナ(Cortana)、アレクサ(Alexa)などたくさんの種類があるが、これらの共通点がおわかりだろうか。我々の命令を実行する「隷属的」立場にあるマシンの名前や声の初期設定が、女性であることだ。テクノロジー界にセンセーションを起こし、ロボット革命の看板を背負うソフィア(Sofia、下写真)も「セクシーな女性ボット」と呼ばれる。集団的想像力の下では、対象が生身の人間から金属に変わっても、なぜかバイアスだけは変わらないようだ。



こうした問題は言うまでもなく、プロダクト開発の最初の段階であるブリーフィングから始まる。バイアスの有無を精査し、己の意識を変革して正しいスタートを切ることは我々の責務だ。クリエイティブな才能を生かして革新的アイデアを実現するのなら、より普遍的なアプローチを取ることが肝要なのだ。

最良のデザインというのは人種やジェンダー、遺伝子構造、あるいはその他の要素にかかわらず、すべての人間の幸福につながるものでなくてはならない。

(文:アシュウィニ・デシュパンデ、翻訳・編集:水野龍哉)


アシュウィニ・デシュパンデ氏は、インドとシンガポールに拠点を置く「エレファントデザイン(Elephant Design)」社の共同創業者、ディレクター

 

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