2020年以来、私たちは映画や歴史書の中でしか起こらないような出来事を体験している。世界中で不安のレベルが徐々に高まるなか、対面での交流は著しく減少した。冠婚葬祭や伝統行事が中止され、友人や家族との集まりも希少で尊いものになった。これは世界中のすべての人々にとって困難な時期であり、それは今も続いている。
しかし歴史が証明しているように、人類は立ち直り、適応する方法を見つけ出す。私たちは前例のない時代を生き抜くため、既存の枠組みにとらわれず、さまざまな角度から物事を見ることで、新しい生き方を模索してきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との共存に取り組み始めてから、物理的な接触を伴う交流は健康上の脅威となり、バーチャルなインタラクションが標準となった。だから、ブランドがオフラインの空間に見切りを付けるのも理解できなくはない。だが、その判断はやや近視眼的だ。以下で、その理由を説明していこう。
1. ハイタッチ
パンデミックに対応する過程で、生活の多くの部分がオンラインに移行した。世界各国におけるロックダウンを経て、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、メタバースといったワードも、一層現実味を増してきた。任天堂の「あつまれ どうぶつの森」で新築祝いパーティーに招待されたり、「マインクラフト」内でバーチャルなWPPの社屋を見たりすると、さらにリアルさが増す。このような変化のなかで、ブランドのフィジカル空間はどのような価値をもたらすだろうか?
パンデミックが到来する前から、リテールの店舗は、販売重視の売り場からブランドを表現する場へと急速に変化していた。韓国のファッション眼鏡ブランド、ジェントルモンスターはパンデミックのさなか、未来のリテールシリーズの第1弾として、ソウルにハウス・ドサン(Haus Dosan)をオープンした。未来的なアートワークや動的なインスタレーションで「開かれていない未来(Unopened: Future)」というコンセプトが表現されている。これ以前にも、ジェントルモンスターはさまざまなスタイルの実験的なブランド空間を世界中で発表してきた。どの空間に入っても、最初は眼鏡ブランドであることにすら気づかないかもしれないが、ブランドのディスラプティブ(破壊的)な雰囲気と大胆な哲学を100%感じることができる。その結果、人々はその場に来て、ブランドをじかに体験したいと思うようになる。
社会のハイテク化に伴い、むしろハイタッチが求められるようになっている。無数のライバルが存在するコモディティ市場では、ブランドの独自性と関連性がますます重要になる。質の高い眼鏡やサングラスをつくることは誰でもできるが、ジェントルモンスターはただ商品を「知る」だけでなく、背景にあるストーリーも「感じる」ことができるよう、独特のストーリーをフィジカル空間で展示することで、商品をより意味あるものにしている。現代の消費者はブランドとの本物のつながりを求めており、フィジカルな環境の進化は顧客とのエンゲージメントと市場の共感を強化する。ソーシャルディスタンスの確保が求められるようになって、まもなく2年。ブランドは人々との距離を(再び)近づける時期に来ている。そして、ブランドに対する親近感を構築するには、ハイタッチな体験の価値こそが核となるはずだ。
2. フィジタル(フィジカル+デジタル)
ただし、ハイタッチを重視するからといって、ハイテクを軽視するべきではない。カスタマージャーニーはもはや直線的ではない。オフラインとオンラインの両方で、複数のタッチポイントが同時に発生する。例えば、スマートフォンでナポリ風ラグー(煮込み料理)のレシピを見ながら、スーパーでパスタソースを買っているとしよう。結局、このソースを買うことにしたのは、店内に飾られた完璧なポスターによるものではなく、単にオンラインで見つけたレシピがその理由かもしれない。これはあらゆるオフラインのリテールジャーニーに当てはまるだろう。
アマゾンは最近、大規模な実店舗を街のメインストリートに開店すると発表した。ARやVRによって新しい多感覚体験を提供し、新しいハイブリッドなショッピング空間を創造することを目指すという。アマゾンはまた、韓国の現代百貨店と共同で、「ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out)」の技術を用いた未来型の小売店を2020年にオープンしている。アンコモン・ストア(Uncommon Store)と名付けられたこの店舗には、アマゾンのオンライン・トゥ・オフライン(O2O)の統合ビジョンがはっきり表れている。筆者が期待するのは、テクノロジーを組み込んだこれらのリテール空間が、私たちにより多くの商品知識と体験をもたらすことだ。そうすれば顧客は、従来の実店舗の面倒なプロセスから解放され、より適切な購入判断ができるようになるだろう。
デジタルネイティブ世代がますます増えるなか、ハイテクは衛生上の安全を保つための一つの有効な手段となってきた。ブランドは、顧客とより良く(あるいは、よりスムーズに)関わるために、より有益で、効率的で、本物で、自由なカスタマージャーニーを創造する手段としてハイテクを取り入れるべきだ。「オフラインへの移行」というアマゾンの試みは市場を騒然とさせているが、成功するかどうかはまだ不透明だ。しかし、対面とハイテクの新しい融合が新時代のフィジカルなリテール環境に、イノベーションとインスピレーションをもたらすことになるのは間違いない。
3. バランス
ブランドは人々のデジタル疲れを受け入れるべきだ。私たちはかつて、すべての人とつながることを夢見ていた。そして今、洗濯機、炊飯器、車など、文字通りあらゆるものとつながっている時代を生きている。この過度につながった世界では、しばらく前から、避難や癒やし、逃避、瞑想、デジタルデトックス(デジタル機器と距離を置くこと)といった言葉が、ある種のぜいたくの響きを持つようになってきた。24時間365日どこでも、誰とでも、何とでもつながっていることが人々を疲弊させている。そして、パンデミックの状況は人々の「オフ」への欲求を一層掻き立てることとなった。
私たちが目にしてきたパターンのひとつは、成功したオンラインブランドが、オフラインチャネルを立ち上げ、人々とさまざまな方法でつながるための多様なスペースを提供するというものだ。例えば、中国の巨大スナックブランド、三只松鼠(Three Squirrels)はオンライン限定ブランドとしてスタートしたが、その後、「投食店(Feeding Store)」と呼ばれる実店舗へと顧客体験を拡大した。ブランドキャラクターである「3匹のリス」を中心に、店舗は神秘的な森で、店員は皆「リス」であるという、風変わりな世界観を創り上げた。注文のドリンクが好みでなかったら直ちに無料で交換するなど、ユニークな店頭サービスで顧客にリアルタイムのソリューションとインタラクションを提供している。さまざまなライフスタイル商品とインタラクティブな体験がブランドイメージを一層深化させ、三只松鼠を人々の心に息づかせている。これまでオンラインにしか存在しなかった顧客とリスたちとの会話を、投食店は真に実体化させた。このような(再)活性化は、デジタル疲れに対処する興味深い手段のひとつになるだろう。
この新しい時代には、ブランドがオフラインチャネルをどのように認識するかが重要な差別化要因になる。ブランドに求められるのは、デジタル疲れのトレンドを利用し、オンラインとオフラインの適切なバランスを見極め、よりインパクトのある有意義なオフラインエンゲージメントをデザインすることだ。私たちは、デジタル化の力を否定するわけではないが、フィジカルだけが提供できるかけがえのない価値も提唱していきたい。デジタル疲れを好機と捉え、パンデミックからの回復期に際し、これまでとは違うやり方で意味あるつながりを取り戻すことも必要だ。
世界は変わった。そして、ブランドにとっての実店舗の意義も含め、生活の多くの面がリセットされている。この受動的だが加速する変化のなか、私たちは現時点では答えられない疑問をいくつも抱えている。しかし今後、フィジカル空間の役割が拡大することだけはわかっている。
オンラインだけですべての問題を解決できるという幻想に惑わされてはいけない。この新しい「ルネッサンス」の窓をのぞき込むとき、自らが関わるブランドのビジョンを振り返り、この変化に対応する店舗スペースのあり方も再考する必要があるだろう。ブランドはハイテクツールを活用して、有意義なハイタッチ(オフライン)エンゲージメントを創造し、市場との関係性を再構築することに注力すべきだ。筆者は未来のブランド空間の創造的な革命を期待し、そこでセレンディピティ(ふとした偶然のひらめきや出会い)の美と遭遇することを楽しみにしている!
スンミン・バエ(Sung Min Bae)氏は、スーパーユニオン香港法人の戦略担当ディレクター。