Stephen Pill
2020年11月20日

「憧れ」を生むカスタマーエクスペリエンスのための7つのルール

ラグジュアリーブランドのオンラインマーケティングでは、ブランドへの憧れを維持することが困難な場合がある。AnalogFolkのアジア担当戦略ディレクターが、対応に成功しているプレミアムブランドの事例を考察する。

Beats By Dre、Monument Valley(左、右)、Mr Bags(上)、Race Scout(下
Beats By Dre、Monument Valley(左、右)、Mr Bags(上)、Race Scout(下

ラグジュアリーブランドやプレミアムブランドのオンラインプレゼンスへの取り組みは、デジタルネイティブであるミレニアル世代の顧客によってこの10年で徐々に変化してきた。デジタル販売の急増は、ブランドの独自の視点や品格を失わずに「憧れ」を維持できるオンライン体験構築へのプレッシャーを強めている。ブランドは、若い顧客に適応しつつも、古くからの常連顧客を失うことは避けなければならない。この難問に苦戦しているブランドは多い。

この記事では、強力なユーザーエクスペリエンス手法をプレミアムブランドに組み合わせる際に、従うべき7つのルールを、そのルールが最もうまく適応できているブランドの例とともに紹介する。

1. ユーザーエクスペリエンスには総合的なアプローチを

差別化は、顧客体験の最初から最後までを見通すことで図られる。豊富な情報コンテンツ、ユーザーが喜んで人に見せたり使ったりするノベルティ、配送方法やパッケージング、追加のデジタルサービスなど、すべてのタッチポイントについて考えるべきだ。

アジアでは、ラグジュアリーブランドがEコマースのマーケットプレイスに進出しはじめているが、これは消費者がそれを求めているからだ。

ラグジュアリーブランドは当初慎重な姿勢を見せていたが、マーケットプレイス側がラグジュアリーブランドに適した環境の構築に取り組むようになった。中国のオンラインショップTMallが構築した「Luxury Pavilion」は招待制のマーケットプレイスで、一部のラグジュアリーブランドしか参加できない制限がある。また、東南アジア最大級のECプラットフォーム Lazadaに進出しているアクセサリーブランドのCOACHは、フラッグシップストアLazMallを開設し、オンラインとオフライン両方で、同ブランドに期待される高品質な製品を提供している。

マーケットプレイスに進出すると、ラグジュアリーブランドはこれまで作り上げてきた高級感のある顧客体験を失うリスクがありそうだが、アジアにおいては、マーケットプレイスは顧客が買い物をするうえで欠かせないものになっている。また、顧客へのリーチには物理的なプレゼンスが重要だが、一部の地域においてはそれと同じくらいデジタルにおけるプレゼンスが大切なものになっている。

2. 「今だけ」の希少性を生み出す

従来の考え方で言えば、ラグジュアリーとは、顧客が限定的で数が少ないということを意味していた。しかし、今はオンラインの新しいトレンドによって、ラグジュアリーの重点は「誰が知っているか」と「どれだけ早く知るか」にシフトしてきている。

その好例が、「Mr. Bags」として有名な中国のファッションインフルエンサー、Tao Liang氏によるラグジュアリー品の即売(ドロップ)だ。Mr. Bagsは、Dunhill、Givenchy、Montblancなどのブランドとのコラボレーションにより、微博(Weibo)のフォロワー500万人に対し、ラグジュアリーバッグの即売をほとんど予告なしで定期的に実施している。これはそのタイミングでそこにいないと入手できない。バッグは即売開始の瞬間から、Mr. BagsのWeChatミニプログラムであるBaoshopからスマートフォンで購入できる。これはその時だけのシームレスな体験だ。その結果、在庫は分単位で売れていく。先日はDunhillのバッグの即売で、200個の在庫が26分で売り切れていた。

どのラグジュアリーブランドも、魅力の維持には希少性の要素が欠かせない。オンライン体験を構築する際は、この希少性を別の形で実現できないか考えるようにすべきだろう。

3. パーソナライズを重視する

VIP体験とは特定の関係性をもつ顧客に合わせてパーソナライズされ、カスタマイズされた体験だが、パーソナライズツールはどちらの方向にも機能する。ユーザー生成コンテンツ(UGC)の力を利用するのも1つの方法だ。

世界で70%という驚異的な市場シェアを誇るヘッドフォンブランドのBeats by Dreが、「PowerBeats Pro」の新色を発売した。Beats by Dreはアジア市場への進出にあたり、色、自己表現、そして音楽がもたらす感情を活かしたいと考えた。ターゲット層がZ世代であることから、Beats by Dreはこの世代が利用するTikTokを活用することにした。

英国シンガーのAshnikkoを起用した「#BeatsDaisyChallenge」キャンペーンでは、TikTokの巨大なコミュニティが抱える才能を活用し、世界で初めてTikTokのUGCによるミュージックビデオを制作した。AshnikkoはTikTokのインフルエンサーに対し、色を通じた自己表現をテーマとするTikTokチャレンジを4週間にわたり出題し、創造性を示すように求めた。

こうして、ユーザーたち自らの手によるビジュアル体験が実現した。Beats by Dreはこのキャンペーンで、ハッシュタグの閲覧が81億件、「いいね」「シェア」「コメント」が9億4600万件、動画アップロードが220万件と、空前絶後のリーチとエンゲージメントを獲得した。

(情報開示:このキャンペーンはAnalogFolkが実施)

4. 羨望を抱かせる

ステータスというと、「高級な」商品、製品、サービスを連想する人が多い。「高級な」ブランドとして認識してもらうことを希望しているブランドは、その約束を徹底しなければならないということになる。

ソーシャルおよびビジネスネットワーキングのアプリ「Raya」の利用者は有名人や起業家などのエリートで、ほかのメンバーからの紹介がないと参加できない。しかも、紹介があるからと言って必ずしも参加できるわけではない。この方法は羨望を生み出すだけでなく、無料のPRになることが少なくない。

ステータス構築には認証という方法もある。TwitterやInstagramなどのソーシャルメディアプラットフォームでは、「青いチェックマーク」が正当性と信頼性の象徴になっている。

こうした入口での制限は、対面での接触がないオンラインでは簡単にはいかない部分がある。排他性に力を入れすぎると正当な顧客まで躊躇しかねないため、望ましい顧客がどこにいても見つけられるようにあらゆる取り組みを実施し、オンラインのみのアプローチに依存してしまわないよう、ブランドは留意しなければならない。

5. 独自の視点を追求する

競合がひしめきあう市場でほかと違うことをするのは不可能だと感じるかもしれない。Eコマースサイトもモバイルアプリもゲームもたくさんある。そこで目立つには、結局、ビジョンに力を入れる必要がある。

モバイルのパズルゲーム「Monument Valley」は、プレミアムなデジタル体験でほかを圧倒した好例だ(Appleの年間ベストゲームとApple Design Awardのほか、英国アカデミー賞ゲーム部門でも複数の賞を受賞している)。デザイナーは、Monument Valleyのすべてのフレームを、壁に飾る芸術作品のような美しいものにしたいと考えた。Monument Valleyはサウンドデザインでも、圧倒的な独創性と質の高さが称賛を集めた。

開発者が細部にまでこだわったことが報われ、Monument Valleyはいわゆる「ゲーマー」ではない層にまでユーザーが拡大し、2014年の発売からこれまでに2500万ドルを売り上げている。若いチームの最初のモバイルゲームとしては悪くない数字だ。

6. プライバシーを保護し顧客の判断を尊重すべき

ラグジュアリーブランドの顧客が慎重で、どのような形であれ私生活が晒されることを気にするのは周知のとおりだが、今では普通のユーザーも、世界的にオンラインのリスクに敏感になってきている。ブランドは、顧客データをいかにして収集、保存して、取り扱うのかについて、しっかり考えなければならない

個人情報の使用を許可してもらう際は、顧客にしっかり理解して同意してもらうのが一番だ。最悪の場合、何年も投資して築いた顧客やユーザー基盤の信頼が、大規模なセキュリティ侵害によって崩壊してしまう可能性がある。ブランドの信用を守り、侵入のリスクを回避するためにも、データプライバシーのベストプラクティスにはためらうことなく投資しよう。

7. 付加価値を提供する

顧客サービスという特典がラグジュアリーブランドの第1歩であることははっきりしているが、魅力的な付加価値にはほかにどんなものがあるだろうか。

Mercedes-AMGが創設した「Race Scout」は、レースイベントへの優先アクセス、ドライバーのトレーニングや国際レースイベントへの参加など、AMGのレースカーのオーナーに魅力的な新サービスを提供した。

Race Scoutアプリはもともと、AMGの車(価格は約50万ドルかそれ以上)のオーナーが、次のレースに向けて車が必要なチームや、アマチュアからプロレベルのドライバーまでがつながれるように考えられたアプリだ。

また中国では、高級電気自動車(EV)メーカーであるNIOが、顧客への付加サービスとして、メンバー限定クラブであるNIO Houseを中国各地に作った。NIO Houseでは、メンバーがそこでリラックスしたり、友人と会ったり、彼らの車について学んだり発見したりすることで、NIOのサービスを、車からライフスタイル全般にまで高めている。NIO Houseには、会員のための託児所までも備えている。

付加価値の提供では、顧客のニーズや欲求をわかっていると思い込まずに、違った角度から考えることも大切だ。もしかすると顧客が求めているものに驚かされることがあるかもしれない。さまざまな選択肢を試し、顧客の反応をみるのが最善の策だろう。

8.(ボーナスアドバイス)ブランドの精神が失われない体験を構築する

Tommy HilfigerがTommy Jeansで行ったような、プレミアムなブランドを若い顧客層に拡大する試みにはリスクが伴う。ブランドの本来の精神を守らないと、ラグジュアリーとはいえない体験によって元のブランドに傷がつく可能性があるからだ。

Tommy Hilfigerは、Tommy Jeans商品のための新たなスペースをオンラインで見つけたいと考えた。Tommy HilfigerブランドのDNAを知ってもらうことで、ストリートに詳しく即売(ドロップ)に夢中なオーディエンスの賛同を確かなものにしたいと考えたのだ。オーセンティシティ、つまり本物だと認識してもらうことが重要な課題になった。

Tommy Hilfigerは、クリエイティブからアートディレクション、ロケーション、話す会話の口調までを、ファッションファンの生活やデジタル行動に全て合わせた。こうした調整で大切なのは、ユーザーのことを過剰なほど考えることだった。どのような人間なのか、どのような人やイメージが該当するのか、どのような形でコンテンツがコマースにつながる可能性があるのかを調べるのだ。

最後になるが、プレミアムな体験や憧れはラグジュアリーブランドに限った話ではない。アジアで人気と評判が高いブランドのいくつかは、Instagramからはじまり、購入に至るようなカスタマージャーニーで顧客を導いているが、そうしたブランドのユーザー体験は、独自視点が最初から最後まで一貫している。


スティーブン・ピル(Stephen Pill)氏はAnalogFolkのアジア担当戦略ディレクター。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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