ファストファッションブランドへの風当たりが強まっている。サステナビリティを空虚にうたうコミュニケーションで消費者の購買意欲を刺激し、巨利を貪っているというのだ。ファッション業界の年間の温室効果ガス排出量は英国とフランス、ドイツのそれを合わせたものに等しく、人類の経済活動のほぼ10%に相当する。加えて水使用量も全産業中2位で、マイクロプラスティックによる海洋汚染の「主犯格」であることも知られている。
服の選び方が環境に影響を及ぼすことは、消費者にとっても大きな関心事だ。ビッグブランドは毎シーズン「環境に配慮した」ラインを発表し、消費者のニーズに合わせて確実に利益を上げる。だが、ブランドのこうしたマーケティングは本当に信用できるのだろうか。買い手を欺く古典的なグリーンウォッシングに過ぎないのではないか。そして今、法的な検証が成されようとしている。
暴かれるグリーンウォッシング
最近の出来事を振り返ってみよう。スウェーデンの大手ブランドH&Mは今、ニューヨーク州の連邦裁判所で集団訴訟の憂き目にあっている。消費者の環境意識を逆手にとり、製品に関する虚偽の「環境スコアカード」(服に使われる素材を作るために必要な水の量や化石燃料を表示したもの)を流布したというのだ。米クオーツ誌によると、訴えを最初に起こしたのはマーケティングを専攻する大学生。「環境に配慮した」という宣伝に反し、「それとは逆の製品を買わされた」というのが告訴理由だ。その後の捜査で、H&Mが公表している「コンシャス・コレクション」の水使用量は実際よりも少なく見積もられていることがわかった。H&Mは、「技術的問題が数字上の違いを生んだ」と弁明している。
他にもアソス(Asos)やデカトロン(Decathlon)、ブーフー(Boohoo)といった大手ブランドが同様の倫理的責任を追求され、環境に関する誇大広告の疑いで英国や米国、ノルウェーの規制当局の捜査を受けている。
アジアではまだグリーンウォッシングに対する法的措置はそれほど厳しくないが、こうした世界的な流れを鑑みれば、マーケティング業界はサステナビリティへの取り組みを再考すべき時に来ている。
「アソスやH&M、デカトロンの件は極めて残念。矢面に立たされているのは数社ですが、これは氷山の一角に過ぎない。どのブランドも訴えられるのを覚悟で、評判を高めるために同じようなことをやっています」。こう話すのはデジタルマーケティングエージェンシー「ヴェロ(Vero)」のカルチャー及びブランド担当ヴァイスプレジデント、ヴー・クアン・グエン・マッセ氏だ。
同氏は以前、人気ブランドのバイヤーを務め、リテールのスタートアップ企業を経営した経験もある。「グリーンウォッシングは1〜2社の問題ではありません。ファストファッションの世界では驚くほど蔓延している。厳格な法令が敷かれるまでは止めることができないでしょう。食品ラベルと同じようなものです。厳格な食品表示法が施行されるまで、食品メーカーは好き勝手なことを書いていましたから」
現時点でファッション業界には、虚偽のマーケティングを取り締まる機関はない。世界レベルはおろか、地域や国レベルでも存在しないのだ。多くの国々には広告の監視機関や倫理規定、ベストプラクティスがあるが、せいぜいガイドライン止まりで、法的拘束力はない。
ブランドの「表層的」取り組み
H&Mはオランダ当局の捜査を受け、「コンシャス」「コンシャスチョイス」レーベルの製品を店舗とウェブサイトから除外した。そして実証されていないサステナビリティをうたった代償として40万ユーロ(約5600万円)を寄付し、環境問題に役立てることに同意。だが、こうした事案がファッション界の流れを変えるきっかけになるのだろうか。製品を売るためにサステナビリティを悪用するマーケティングはなくなるのか。
「おそらくそうなると思います」というのは、仏PR大手MSLグループAPAC及び中東・アフリカ(MEA)サステナビリティ担当責任者、スージー・グールディング氏。「サステナビリティを利用したマーケティングやコミュニケーションが事実に基づいていなければならないのは当然のこと。環境への配慮が行き届いていることを誠実に、明々白々と語ることで初めて『エコ』『コンシャス』といったレーベル名が使用できる。見せかけだけのサステナビリティを商売道具として使うことは、もうやめるべきです」
では、何から始めればいいのだろう。グールディング氏は、ささやかな取り組みを消費者に宣伝するだけでは何の意味もないという。「サステナビリティへのジャーニー(包括的プロセス)を語ることが唯一の正しい戦略。それは製品のラインナップにエコなコレクションを加えたり、自社に都合の良い環境方針を喧伝することではありません。そうした手法は、骨折した足に絆創膏を貼るようなもの」
その典型例が、9月のニューヨーク・ファッション・ウィークでブーフーが発表した限定ラインだろう。手掛けたのは米タレント・企業家のコートニー・カーダシアン。服の寿命を延ばすことをテーマにした45点の作品は、素材に光沢あるリサイクル繊維を活用。だが結果的に、4万個余りの有害なマイクロプラスティックを排出することに。そしてこれらの服は今後、同社のサイトを通じて毎年販売される。また最安値のアイテムはわずか5ドルで、サプライチェーンの労働者が正当な報酬を受けているかどうかも疑わしい。
「ビジネスモデルの全体像を変えずに、サステナビリティを後付けで用いている企業は表層的な取り組みで満足している。天然資源を荒らす持続不可能なサプライチェーンに依存していれば、エココレクションを1つや2つ立ち上げても、環境汚染や気候危機といった地球レベルの課題には何の解決策にもなりません」。こう述べるのはPR業界団体PRCA APACの「平等性と多様性、包摂性委員会」議長、チャル・スリヴァスタヴァ氏だ。
H&Mは2019年、コンシャスコレクションを立ち上げた際に「ヴィーガンレザー」と呼ばれる素材「ピナテックス」を導入した。これは植物がベースで、オレンジの皮やパイナップルの葉、藻などから作られる。だが、実際にはプラスティックと石油ベースの化学物質が含まれており、代替素材として適さない。さらに非生分解性という特質もあり、植物繊維の活用という環境への好影響を相殺してしまうのだ。
「こうしたマーケティング的な策略に騙されてはいけません。ファストファッションはトレンド重視であり、耐久性を考慮していないことが最大の課題。消費者は自分が持っている服の一体何着が一度も着ずに廃棄処分になるのか、立ち止まってよく考えてみるべきです」。こう話すのはLVMHの元グローバルプランニングマネージャーで、現在は高級子供服の再販プラットフォーム「リタイクル(Retykle)を運営するサラ・ガードナー氏だ。
「サステナブルなファストファッション」は神話?
約20年前、ザラ(Zara)は1週間に何百という新作アイテムを発表し、ファッション業界に革新を起こした。今日、アソスは週に7000ものアイテムを生み、H&Mは1年に推定30億という途方もない数の製品を世に送り出す。
ファッション業界は1年を52のシーズンで捉える。つまり、毎週新しいトレンドを生み出すのが相場だ。2019年、カーダシアンはアイデアを盗まれたとして、ファストファッション通販サイト「ミスガイデッド(Missguided)」を告訴した。彼女はある特注ドレスを着た写真をソーシャルメディアに投稿。それから数時間も経たぬうちに、同サイトはカーダシアン似のモデルがそっくりのドレスを着た写真をサイトに掲載したという。説明書きにはこのように書かれていた。「『小悪魔』はバリバリ仕事をするが、ミスガイデッドはそれ以上? @kimkardashian この写真は数日間だけ掲載するよ」
「凄まじいスピードと規模で服が作られ、廃棄され、あるいは新しいトレンドに合わせて再生産される。このサイクルはとてつもない量の生地を無駄にします。その唯一の目的は、ファッションショーのランウェイで紹介される服をコピーすること。高級服のレプリカをいち早く、安く生産するためです。だが、こうした活動は決して安く収まらない。あなたの財布に優しくても、確実に地球を傷つけるからです」
だが消費者は洋服を選ぶ際に、こうしたブランドの無責任さを果たして気にかけるのだろうか。これは実に答え難い問題だ。
先日、ある投資会社で講演したネスレのマーク・シュナイダーCEOの発言が大きな物議を醸した。同氏はマイクロプラスティック汚染に関し、「全てが企業の社会的責任(CSR)と捉えるべきではない」と述べたのだ。
「あるシステムの中の1人のプレーヤーだけを名指しし、『汝、この課題を解決せよ』と押し付けるのでは決して成果は上げられません」
プラスティック汚染に重大な責任を負う企業として、ネスレはコカ・コーラやユニリーバとともに、ブランド監査で常に上位に名を連ねる。CSRは、「企業は事業を行うコミュニティーに好影響を与えるべし」という概念から生まれた。では、プラスティック汚染対策は企業のみに責任があり、消費者は免責になるのだろうか。
また、消費者が5ドルのTシャツを買う時、環境への意識や倫理観はどれだけ働くのだろうか。
「影響力を持つ大企業にとって、そうした問題は取るに足らないこと。CSRは企業の核となる事業から切り離すことはできない。消費者にとっては、選択肢があれば安いものを選ぶのが自然です」(スリヴァスタヴァ氏)
「システム的変革が求められていることは確か。資金力や人材が豊かな大企業が変革を率先しなければ、一体誰がやるというのでしょう。迅速な対応と責任、説明責任が今求められているのです」(グエン・マッセ氏)
グールディング氏は、「ファストファッションが生むトレンドの中毒性」が現在の問題につながっていると指摘する。「消費者にも果たすべき絶対的役割があります。サプライチェーンを変革して真のサステナブルファッションを確立するまでには年月を要する。それが実現するまで、消費者は自然素材の服を着るだけでなく、今持っている服を出来るだけ長く着ることです。それがサステナビリティへの貢献になる」
「循環型ファッション」へ
業界が既存のものを長期にわたって運用するには、中古品を何度にも活用することが肝要となる。
今月のワールドリサイクリングウィークで、H&Mは1000トンの中古服を収集し、リサイクルする予定だ。こうした取り組みは消費者に好印象を与えるが、現実的には過剰生産という問題の解決には至らない。ザラなどは、消費者を惹きつけるために隔週で新しいデザインを発表している。
「ファッション業界は思考を変えて生産量を減らし、より質の高い服作りを目指さねばならない。それを成し遂げるのはスローファッションです。最初の段階で無駄を省く循環経済の確立がカギ」(グエン・ハッセ氏)
H&Mは中古服を収集し、リサイクルするサービスを2013年から店頭で行っている。だが実際にリサイクルされる服は1%にも満たず、絶縁材やマットレスの中身素材などに「ダウンサイクル」されるものも12%に過ぎない。世界では毎年、1000億着という気の遠くなるような数の服が製造されており、ダウンサイクルやアップサイクル(創造的再利用)だけでは業界の課題解決にならないことは明白だ。
2020年9月、アソスは29のアイテムからなる循環型ファッションのコレクションを立ち上げた。テーマは「サステナブルで循環型の服はファッショナブルではないという誤解を打ち砕く」こと。バギージーンズやパワースーツ、レトロなデニムジャケット……発表されたアイテムは確かにファッショナブルだったが、果たしてそれらは本当に循環型なのか。
循環型ファッションの標準的パラメーターを適用すると、「廃棄物ゼロ」「リサイクル材料」「最小限の廃棄物」「分解性」といった8つのカテゴリーをこのコレクションはクリアした。アソスによればコレクションの各アイテムは少なくとも2つのカテゴリーを満たしているが、それらを収集し、リサイクルする計画は全くない。
これこそが大きな問題なのだ。循環経済は無駄を排し、天然資源を再生し、その濫用を防ぐことが礎となっている。アソスが「循環型」と呼ぶコレクションが実際に循環しないのであれば、処分される服はどうなるのか。単に廃棄場の負担が増えるだけではないのか。
「企業にとって大規模な再販を手掛けることは容易ではないし、利益にもなりにくい。それゆえ循環経済はなかなか機能しないのです。しかし、ファッション界もブロックチェーンを取り入れればこうした課題を克服できるでしょう」(ガーナー氏)
ファッション界のグリーンウォッシュを止めるのはブロックチェーン?
ブロックチェーンは業界の透明性を高められるのか。「ブロックチェーンは細かいデータを完璧に保存できる。消費者は誰も煩わすことなく、外部にはわからない素材の流れ、いわゆるストーリーを把握できるのです。ブランドはこうした情報を、トラッキング可能なRFIDチップやQRコードなど、好きなフォーマットを選んで消費者とシェアできる」(ガーナー氏)
現在ファッションブランドが抱える課題は、循環のサイクルが把握できず、製品が売れた後どうなるかわからないことにある。それが再販を難しくし、責任放棄の原因にもなっている。「その部分をブロックチェーンが改善できる。ゲームチェンジャーになれるのです」(ガーナー氏)。農場で栽培される段階から消費者の手に渡るまで、これまでマニュアルで記録されてきたプロセスがコード化されれば、消費者は製造の過程や製品の流れが把握できるのだ。
初めてブロックチェーンを使い、製品のトラッキングを可能にしたのはデンマーク人デザイナー、マーティン・ヤールガードだ。2017年、プラットフォーム「プロヴェナンス」とサステナブルファッションを推進する「A・トランスペアレント・カンパニー」、ロンドンのエージェンシー3社が協働した。アルパカの毛を刈り、加工し、編み、そしてヤールガードのスタジオでセーターになるまで、製品のコードがこれらのプロセスを可視化。どのアルパカの毛を使ったかということまでも記録され、新しい歴史を築いた。
では、透明性はどのようにネットゼロを加速させるのか。「透明性とサステナビリティは表裏一体です」とグールディング氏。
「企業は20年、30年後のサステナビリティ目標を単に公表するだけ。必要なのはロードマップであり、それには説明責任が伴う。透明性が確保されれば、使用される素材やサプライチェーンに関する信頼性は必然的に増すのです」
だが、それは理想に過ぎないのかもしれない。遠隔地にサプライチェーンを持ち、しばしば人権問題で汚名を着せられるH&Mやザラのような巨大企業が、透明性の高い循環型モデルを果たして取り入れるだろうか。結論は時のみぞ知る、だろう。
(文:ニキータ・ミシュラ 翻訳・編集:水野龍哉)