「ファイジタルの世界は、リアルな体験とデジタル体験の橋渡しをします」と、INVNTグループのスコット・カラザー氏は語った。「両者が手を組むことで、究極のカスタマー・エクスペリエンスを育むために不可欠な、没入型のインタラクティブ・ストーリーをオーディエンスに提供できるのです」
ファイジタル・マーケティングの最も大きなメリットのひとつは、特にファッションブランドや小売パートナーとっては、顧客に対するより深い洞察が得られ、より強いつながりを築くことができる点だ。
すべてのブランドが「ファイジタル」になるべきか?
楽器メーカー、ローランドが行ったことは、現実世界とデジタル世界をつなぎ、顧客により良いショッピング体験を提供することだ。「Roland AR」の開発によって、顧客はローランドのウェブサイトに行けば、自分の生活空間にピアノがどのようにフィットし、どのように見えるかを把握することができるようになった。
顧客はARを用いて、自宅にローランドのバーチャルピアノを置いてみることで、オンラインショッピングと店舗購入のギャップを埋め、ピアノのような大型楽器を購入する際に直面する最大の課題の1つである、どのくらい自宅スペースにフィットするのか、どの色が最も住環境にマッチするのかを事前に把握することができるのだ。
「ピアノは大きな投資であり、楽器であるだけではなく、大切な家具でもあります」と、ローランドのグローバル・チャネル・マーケティング・マネージャーであるデビッド・ポール氏は語った。「Roland ARは、美しいグラフィックやダイナミックな照明効果を用いて、光の反射や正確なサイズを表現しており、その上、とても使いやすいのです。これは、他に類をみない特別な体験を提供します」
しかし、すべてのブランドがファイジタルを導入すべきだろうか?UMオーストラリアのシニア・デジタル・ディレクター、ジョン=ポール・ウィリアムズ氏は、重要なのは、顧客に真の価値を提供できる場合にのみ、フィジタル戦略を実施すべきだということだ、と言う。
「フィジタル・アクティベーションを、顧客から見て意味のあるものにするのは意外と難しい。もし『なぜその施策が必要なのか』という質問に対する、適切な答えを持っていないのならば、それは顧客に付加価値をもたらしていないことになる。しかし、正しく行われるなら、(フィジタル・アクティベーションは)、単なる広告展開に留まらず、ソーシャルメディア等で共有され、報道番組でも取り上げられ、消費者にブランドイメージが深く浸透していくような体験へと変わっていきます」とウィリアムズ氏は述べた。
これが特に重要な点だが、フィジタル体験は楽しく、人目を惹き、とても魅力的な一方で、そうした感覚は、最初のインパクトを過ぎるとすぐに低下していく可能性が高い。
「肝心なのは、ファイジタルを単なる一過性のものと考えず、顧客体験の継続的な向上や事業の運営にどうつなげていくかを考えることです」と、ローソン氏は言う。「それを、あなたとあなたの顧客のために機能させるのです」
顧客が今いる場所で、そしてこれから行く場所で出会うこと
今の若い世代は、生まれながらにスマートデバイスを手にしており、Web3、AI、メタバース、NFT、ビデオゲーム、ライブストリーム、さらには懐かしい映画まで、そうしたエコシステムとのエンゲージメントを育む基本コードが予め脳に埋め込まれている。真にエンゲージメントに成功しているブランドは、常に顧客の側にいる。顧客がどこにいても、どこに行こうとも。オンラインだろうがオフラインだろうが、いつも側にいるのだ。
「人々は、かつてないほどデジタル上の自分に投資していますが、同時に、生で対面する魔法の瞬間を求めて、人との出会いを探し続けています」とカラザー氏は言います。「より多くのアクセスポイントを提供し、デジタルと融合した新しい現実に出会える体験を創造したブランドは、デジタルに習熟しているかどうかに関わらず、さまざまなオーディエンスを獲得することができるでしょう」
ジェントルモンスター×オーバーウォッチや、リモワ×RTFKTのようなファッション領域から、アマゾン傘下の食料品店ホールフーズの非接触手のひら決済やイケアのレストランのデジタルキオスク(セルフ注文・決済端末)のような日常領域まで、成功を収めているブランドは、フィジタル体験に革新的なストーリーを織り込んでいる。
デジタルがリアルに完全に取って代わることはあるのだろうか?
パンデミックは電子商取引の普及を一気に加速させた。産業界は一夜にしてデジタル・ファーストとなった。それ以来、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)といった最先端のデジタル技術が、デジタルイノベーションに次のステップをもたらしつつある。
ファッション業界では、メタバースが現在のオンラインショッピング体験よりはるかに魅力的な、3Dかつ没入的な、相互接続型のバーチャル体験を約束している。バーチャル・ヘッドセットを装着した顧客は、バーチャル店舗をブラブラ見て回ることができ、3Dのバーチャル試着室で服を着てみて、その服をあらゆる角度から確認することができる。また、自身に良く似せたアバターを、1インチまたは1センチ単位で正確に計測された体型に合わせて、バーチャルバージョンの自分として作成することもできる。
テクノロジーの進歩が速く、私たちはデジタルなライフスタイルをますます受け入れざるを得なくなっているが、デジタルが現実の体験に完全に取って代わることはあるのだろうか?
ローソン氏は、テクノロジーは現実世界をデジタルに置き換えるためではなく、リアルな体験を補完し、強化するために使うものだと考えている。
「デジタルが現実の体験に完全に取って代わることはないでしょう。商品に触れたり感じたりする感覚や、店舗で購入したときの即時的な満足感、友人と一緒に買い物をするときの社交的な意味合いなどは、デジタルだけでは完全に再現できない要素です」
「しかし、デジタルツールやプラットフォームは、ショッピング体験を向上させることができます。例えば、オンラインプラットフォームなら、より幅広い品揃えとサイズを提供することが可能ですし、店内のデジタルキオスクから、オンライン・レビューや在庫情報にアクセスすることもできます」
もしかすると、人間は、常に物に触れたり、自然や周囲の世界と直に触れあったりすることを求めているのかもしれない。それは本能であるだけでなく、ダーウィニズム的な本性の現れなのかもしれない。感覚で物事を理解するというDNAが私たちを支配しているのだ。私たちは、ブランドの精神や製品に苦労して稼いだお金を投じるとき、やはり、製品を見て、触って、匂いを嗅いで、感触を確かめ、鏡の前に立ってフィットするかどうか確かめたいと望んでいるのだ。
「お店での買い物は、いつもパワーをくれます」とカラザー氏は言う。「一方、フィジタル体験では、カスタマージャーニーの途中に複数のインタラクション・ポイントを設けることで、消費者のエンゲージメントを高めることができます」
「パーソナライゼーションが鍵となる今日において、フィジカルとデジタルの両方の要素を掛け合わせたよく練られたカスタマージャーニーは、オーディエンスに訴求できるユニークな冒険を提供します。ブランドはあらゆることに挑戦し、常に『次はどこで顧客と出会えるだろう?』と問い続けなければなりません。消費者に『売ること』ではなく、消費者の『目的地』を見つることが大事なのです」
ファイジタルの未来は何か?
今後、AR、VR、AI技術の融合により、フィジタルの境界が再定義され、より没入感のある、より実用的で効果的な体験が構築されるようになるだろう。
「ARとVRはフィジタル体験の没入度を大幅に高めることができます。例えば、ARは現実世界にデジタルの要素をリアルタイムに持ち込むことができ、ユーザー環境を向上させ、インタラクションをより魅力的なものにします。これは特に小売業で影響力を発揮する可能性があります。顧客は自分のバーチャル空間や、デジタル技術で強化された実店舗内で、バーチャルに商品を試すことができるようになるでしょう」
ローソン氏は旅行予約のプロセスの例を挙げた。
「VRやARを使って、旅行代理店と一緒に休暇旅行の目的地を探すシナリオを想像してみてください。顧客は、この没入型の体験を通して、目的の場所を『訪問』し、その環境を直に感じ取ることができ、より多くの情報に基づいて、目的地を選ぶことができるでしょう」
一方、ファッション小売では、異なる色の服を提案したり、手持ちのワードローブから新しいスタイルの組み合わせを提案したりするために、AIが活用されている。
「お気に入りのお店が、あなたに似合う色を提案してくれたり、参加するイベントに合わせた衣装の組み合わせを勧めてくれたり、試着してみるよう提案してくれたりするところを想像してみてください」とウィリアムズは言う。「このような体験がもっと採用されるようになれば、ショッピングはより効率的になり、消費者体験としても一般的なものになるでしょう」
では、広告業界にとって「ファイジタル」は何を意味するのだろうか?現実と虚構の区別がより難しくなることだろうか?最近もメイベリンの広告が話題になり、そのフェイクOOH広告(電車やバスが巨大な睫毛を付けて走る広告)が注目を集めたが、同時にそれが「現実」的かどうかは問題になるのかという、議論を巻き起こした。