リテールメディアは間違いなく、2022年の最大の広告トレンドの一つだった。そして今も、その勢いは衰える気配がない。全米広告主協会(ANA)の最新の予測によると、この領域は、2023年には520億ドル(約6兆9500億円)規模に、2024年には610億ドル(約8兆1500億円)規模に、成長する見込みだという。
デジタルエージェンシーのアカディアで、リテールマーケットプレイス戦略担当責任者を務めるキリ・マスターズ氏は、ソーシャル、検索、ディスプレイ広告などの各チャネルから、広告予算がリテールメディアにシフトする流れは今年も続くと、今年1月に予想していた。
それから3カ月がたった今、このエコシステムのプレーヤーたちやデジタルマーケティング全体に、大きな影響を及ぼすいくつかの本質的な変化が生じてきている。
非小売企業の広告主
現時点で見られる最大のトレンドの一つは、オンライン小売企業が非小売の広告主、つまり、自社サイトで商品を販売しないブランドの獲得を目指していることだ。
この広告主には、自動車、保険などのカテゴリーが含まれ、複数のメディアネットワークを併用できるほど潤沢な予算を持っているとマスターズ氏は説明する。
もちろんリテールメディアの出発点はアマゾンであり、アマゾンは2022年時点で37%のシェアを持ち、この市場を支配し続けている。
アマゾンは、テレビ広告から市場シェアを奪う機会を見いだした。同社はストリーミング事業のおかげで、独自のポジションを築いているという。調査会社ガートナーのディレクターアナリストであるブラッド・ジャシンスキー氏は、アマゾンのストリーミング事業について、「非小売の広告主にとっても、非常に魅力的で豊富なインベントリとタッチポイント」を提供できていると分析する。
ジャシンスキー氏はさらに、「彼らは、ブランドセーフな環境で広告を掲出できる良質なコンテンツを持っているだけでなく、ターゲティングに利用できる豊富なデータも持っている」と続ける。
とは言え、リテールメディアの多くは、小売企業の広告に注力し続けるだろう。パフォーマンスマーケティング企業ティヌイティのマーケットプレイス戦略サービス担当グループディレクター、エリザベス・マーステン氏は、「そこには大きな予算がある」からだと、シンプルな事実を指摘する。
実際、データプラットフォームのライブランプによれば、小売企業の代表格である消費財(CPG)ブランドは、2022年7月の時点で、広告予算の約20%をリテールメディアに投じていたという。そして、過半を占める64%のCPGブランドが、2023年には、さらに多くの広告支出を予定しているとみられている。
オフサイト広告
一般的に、小売企業は検索広告のようなオンサイト広告からスタートするが、成熟したリテールメディアネットワークはそのデータを用いて、CTV、屋外広告のような、オフサイトでの広告機会にも手を広げている。
その一つがアマゾンのデマンドサイドプラットフォーム(DSP)で、サイト内の検索行動に紐づいたディスプレイ広告が、サードパーティーのサイトにも表示される。つまり、アマゾンで製品を販売しているブランドは、客がアマゾンを利用していないときでも、ディスプレイ広告、動画広告、さらにはCTV広告で、潜在的な買い物客にリーチできるのだとジャシンスキー氏は説明する。
「配信する広告枠やインプレッションが増える。なぜなら(中略)顧客や潜在顧客がアマゾンにいるときだけに、広告機会が限定されないからだ」
しかし、マーステン氏は、アトリビューションやユーザー体験については、依然として課題が残ると警告する。
「それについては、『広告を見なくても、もともと顧客は買うつもりだったのではないか?』とか『ロク(Roku)の広告ではターゲットで買うことを推奨しているのに、ディズニープラスではウォルマートに行くようにと伝えている。顧客はどう思うだろうか?』といった鋭い質問をよく受ける」とマーステン氏は指摘する。
インストア・アクティベーション
セルフレジなどのデジタルサイネージに表示される店内広告も、ブランドにとっては、大きなオフサイトでの出稿チャンスだ。
多くの小売企業では「オンラインよりも店舗内での露出機会の方がはるかに多い」とジャシンスキー氏は前置きし、特にeコマースのプレゼンスが小さい小売企業にとっては、これらの広告は「大きな宣伝のチャンス」だと断言した。
「小売企業が、店舗内の買い物客に広告を見てもらうために、このような取り組みを拡大し始めているのは、とても興味深いことだ」(ジャシンスキー氏)
とはいえ、店内ディスプレイ広告は、ハードウェアとネットワークインフラの両方が必要で、コストがかかる。
「しかし、いったん稼働すれば、昔ながらの店内ポスターや通路端の陳列棚よりはるかに多くのインプレッションと柔軟性を獲得できる」とジャシンスキー氏は言う。
マスターズ氏も、2023年はインストア広告にとって大きな1年になると考えており、昨年10月に開催されたイベント「unBoxed」で、アマゾンが、アマゾンフレッシュの店内ディスプレイ広告を紹介した件を例に挙げた。
「これはアマゾンフレッシュだけで試験的に行った試みだったが、プロダクトマネージャーはイベントの会場で、『もちろん、ここで実証でき次第、ホールフーズにも展開するつもりだ』と言っていた」(マスターズ氏)
マーステン氏は、グロッサリーTVやクーラー・スクリーンズなどのデジタル屋外広告(DOOH)ネットワークが、店内ディスプレイ広告の拡大にも投資していることを指摘している。
「ただし、実店舗がそれを実装するスピードは、私たちが望むほどには速くはないだろう」とマーステン氏は補足した。
ベンダーとのパートナーシップ―― セルフサービスという選択肢
2021年1月に、ウォルマートがバイイングプラットフォームのザ・トレード・デスクと提携し、その2年後には、マイクロソフトがeコマースプラットフォームのビッグコマースと、そしてアルバートソンズがオムニコム・メディア・グループ(OMG)と提携した。今後もさらに提携が進み、予約型でしか購入できないという、リテールメディアネットワークのサイロも打ち砕かれていくだろう。
「ブランドが、さまざまな小売企業の枠を超えて、広告を購入しやすくなるよう、このようなパートナーシップは今後も増えていくだろう」とジャシンスキー氏は言う。「また、この技術を支えているテックベンダー間の提携も増えてきている。もしかしたら、買収もあり得るかもしれないと考えている」
リテールの大企業は、セルフサービスの選択肢も用意しているが、小規模なリテールネットワークは、依然として営業チームから直接買うしかない。
しかし、セルフサービスという選択肢があれば、すべての広告主、なかでも小規模ブランドにとって、メディアバイイングがずっと楽になるだろう。その場合、運用チームが広告配信を担うことになるが、代理店手数料は不要になる。
市場調査会社ニールセン・アイキューによれば、広告主やエージェンシーはすでに、プログラマティック広告のセルフサービスに慣れており、米国では2021年だけで1670億ドル(約22兆3000億円)が投じられているという。ニールセン・アイキューはさらに、リテールメディアネットワークを利用しているメディアバイヤーも必然的にセルフサービスを好むようになるとはずだと述べている。
クリテオやプロモートIQなど、セルサイドのメディアプラットフォームはすでに数多く存在しているため、マーステン氏は、広告主向けのセルフサービスプロダクトも「容易にアクセスできるものであるべき」だと述べている。
つまりそれは、広告主が小売企業の各プラットフォームの使い方をそれぞれ覚える必要がなくなり、潜在広告主の参入障壁もかなり低くなるということを意味している。
「セルフサービスを利用できれば、迅速に運用できるようになり、マーケターが価格設定もコントロールできるようになる」とマーステン氏は補足する。
広告主は、アドテクパートナー経由でセルフサービスを利用することで、小売企業の保有するオーディエンスデータに手数料を支払わず、サプライサイドプラットフォーム(SSP)のサードパーティーオーディエンスで代用できるようになる。
「私たちは2022年第4四半期、ビューティー関連のクライアントとこの手法を実践してみた。クライアントは香水キットを大量に用意し(中略)これらを各店舗の中心に陳列した。私たちが、ザ・トレード・デスクを利用して、ウォルマートの店舗内広告を実施したところ、マネージドサービスを上回るCPM効率を達成できた」とマーステン氏は振り返る。
その一因は、リテールネットワークから独立した運用によって、より迅速に配信調整を行えたことによるものだ。
アトリビューション(経路分析)とインクリメンタリティ(純増分析)
各小売企業がデータの公開を進めているため、2023年には、新たな測定の指標が登場する可能性が高い。
ジャシンスキー氏は、デジタル広告を店頭販売と関連づけることには「大きなチャンス」があると指摘する。
同氏は「小売企業のシステムによる制限もあれば、テックベンダーのシステムによる制限もあり、複雑なアトリビューションサイクルになることがある」と述べた上で、「『オンサイトまたはオフサイトで広告が顧客に表示された後、その顧客が実際に店舗で購入したことが示せれば、その広告には効果があった』と言うことができるだろう。それは大きなチャンスにつながるはずだ」と説明した。
インクリメンタリティも、新たな指標の一つだ。
「検索広告を多用しているブランドは、特にこの点に不満を持っているようだ」とジャシンスキー氏は続ける。
例えば、消費者がドッグフードを探している時に、あるブランドの検索広告をクリックしたとしても、それが売上の純増につながったかどうかは明らかでない。その消費者が、もともとそのブランドの製品を探していて、たまたま有料検索の結果をクリックしただけかもしれないからだ(これでは広告が売上を増加させたとは言えないだろう)。
「(広告主は)リテールメディアによる売上増加も、実際の純増分はどの程度なのか、もっとはっきりさせたいと思っているのではないだろうか?」とジャシンスキー氏は問い掛ける。
ジェネレーティブAI
ジェネレーティブAIは、この分野にとっても可能性がある。
マスターズ氏によれば、リテールメディアで使用するキーワードを特定するため、一部のメディアバイヤーはすでにChatGPTを使い始めているという。ChatGPTは、適切なキーワードや広告の見出しを考える助けになり、毎月の予算作成まで支援してくれるのだと、マスターズ氏は述べている。
「とは言え、ジェネレーティブAIの技術を使って効率化したり、広告のアプローチを改善したりする方法については、まだ手探りの段階だ」とマスターズ氏は言い添えた。