わずか20年前、ラグジュアリー市場の様相は今とは全く異なっていた。日本の顧客が世界で最も洗練されており、海外での高級品購買をリードしていた。いくつかのトップブランドにおいては、パリやミラノ、ローマにある旗艦店に次いで、米国ハワイの店舗が最も大きな収益源となっていた。ハワイと聞いて何かの間違いだと思っただろうか──決して間違いではない。ハワイは日本の観光客に非常に人気があったため、主要な収入源になっていたのだ。
また、ラグジュアリー市場の成長の原動力が日本だったころは、高級ブランドの経営は予測可能に見えた。日本の顧客は西洋の歴史のあるブランドを好んでおり、ローカライズをあまり望んでいなかった。その結果、日本顧客に対する小売、マーケティングの手法は欧米の手法と同様でよく、旗艦店で容易に売上を生み出すことができ、広告も同じ原則に従えばよかった(主に印刷物と屋外広告)。日本の顧客が求めるサービスの水準は欧米の顧客より格段に高かったが、それでも対応は難しくなかった。
そして、現在に話を戻すと、状況はこれ以上ないほど大きく変化している。多くのラグジュアリーブランドにとって、日本は今も重要な市場であり、安定した需要と職人技や品質への変わらぬニーズがある。しかし、ラグジュアリー市場の中心地は中国に移った。この5年間、全世界のラグジュアリー製品の消費の伸びのほとんどが、中国本土から直接生み出されたものか、中国人観光客が国外で高級品を購入したことによるものだ。
このような国境を越えたラグジュアリー製品の購入市場は壮大なスケールで拡大している。2~3時間のフライトで気軽に高級品を買いに来る中国人のおかげで、韓国はわずか数年のうちに、世界で最も免税品の購入が多い国となった。しかし最近では、中国本土最大の島である海南島が、娯楽、旅行、ショッピングの目的地として繁栄し、数年後にはアラブ首長国連邦のドバイと肩を並べる見込みだ。海南島は免税制度が寛容であり、中国の顧客が海外から国内店舗に流れている要因の一つとなっている。
中国の国内消費への回帰は、ラグジュアリー市場で現在起きている最も劇的な変化の一つだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う海外渡航制限が追い風となり、中国での売上が60~80%増加したブランドもあったが、2020年、世界の他の地域ではラグジュアリー業界全体が壊滅的な状況となっていた。エクイテ(Équité)は先ごろ、世界の高級品市場における中国の消費シェアが50%を超える時期の予測を、2030年から2025年へと前倒し修正した。ブランドは今、高級品消費の歴史の中で最も急速な地域的変化を目の当たりにしている。
また中国では、今後数年間で約4億人が低所得層から高中所得層に移行するとされており、中国国内における高級品消費の伸びは今後も続く見通しだ。この変化は間違いなく、中国におけるラグジュアリー製品の需要をさらに刺激することになるだろう。
さらに、最も裕福でデジタルな世代でもある中国のZ世代も市場を揺るがしている。中国のZ世代は楽観的で、ラグジュアリーブランドを購入する傾向が高いだけでなく、上の世代よりはるかに愛国心が強い。その結果、NIOや高級化粧品ブランドの花西子(Florasis)のような中国発の高級品ブランドが若い富裕層を引き付けている。これらは近い将来、ラグジュアリー市場でさらに大きなシェアを占め、欧米ブランドにさらなる圧力をかけることになるかもしれない。
Z世代の台頭は、ブランドが、中国市場における事業を飛躍的にレベルアップさせる必要があることを意味している。例えば、WeChatを分析してみても、欧米ブランドで、重要成果指標を達成できているところはとても少ないことがわかる。最も売れているラグジュアリーブランドでさえ、中国におけるデジタル対応力は20~30%にとどまっている。
その一因は、中国市場に関する意思決定の多くが、いまだに、中国市場や消費者動向、デジタル環境をほとんど理解していない人々によって、ニューヨーク、ミラノ、パリといった遠く離れた場所で下されている点にある。中国の裕福な顧客のライフスタイルを自ら体験し、同じ言葉を使い、現地のソーシャルメディアに精通している欧米のマネージャーはほとんどいない。
中国のキーオピニオンカスタマー(KOC)やキーオピニオンリーダー(KOL)の文化はほとんど理解されておらず、米国のマネージャーたちは、中国のカスタマーサービスへの電話が、わずか6~8秒で担当者とつながることにしばしば困惑する(欧米の高級ブランドでは10~30分かかるのが普通だ)。最近、米国では、フランスのあるオートクチュールシューズブランドが、eコマース配送に関わる問題を解決するのに数週間かかったという。これは中国ではとても受け入れられないことだ。
中国はもはやラグジュアリー製品の単なる消費大国ではない。この2年でトレンドセッターとなり、中国国内でもかつてないほど、多くの高級品ブランドが誕生している。数年後にはおそらく、これらのブランドが現在のトップブランドに挑むことになるだろう。
多くのラグジュアリーブランドはいまだに、ただ中国に出店し、成長の波に乗るだけで利益を得ている。しかし、2025年までには大きな統合が起こるだろう。必要最低限の顧客を獲得できなければ、多くのブランドが退場を余儀なくされることになるはずだ。甚だしい非効率が原因で、デジタルコストが制御不能に陥るためだ。
ラグジュアリーブランドは今こそ中国戦略を抜本的に見直し、勝利を目指すべきだ。この市場はとても重要で、とても洗練されていて、とても競争が激しく、あまりにもコストがかかるため、それ以外の選択肢はないだろう。
ダニエル・ランガー氏は、ラグジュアリー、ライフスタイル、消費者ブランド戦略のコンサルティング企業エクイテのCEO。また、ペパーダイン大学(カリフォルニア州マリブ)でラグジュアリー戦略および究極の価値創造を専門とする教授を務める。世界トップクラスの高級ブランドのコンサルティングに携わるほか、ラグジュアリーマネジメント関連の著作がある。世界各地で基調講演に登壇し、欧州、米国、アジアではラグジュアリー分野のマスタークラスを開講している。Twitterアカウントは@drlanger。