中国政府は、未成年者がオンラインゲームで遊べる時間を週3時間までに制限した。この厳しい新規制によって、若年層をターゲットとする広告コストは上昇し、市場におけるマーケティング戦略やインフルエンサー戦略は激変するとみられている。
中国国家新聞出版署は8月30日、未成年者の心身の健康に影響を及ぼすと考えられるゲーム依存症への対策をまとめ、通達を発表した。
この通達によって、ゲーム会社は18歳未満の青少年のゲーム利用時間を、金曜日、土曜日、日曜日および祝日の、午後8時から午後9時の間に限定することが義務付けられる。この規制は9月1日付で施行される。
この時間制限を実施するために、ゲーム会社は、実名でのサインアップと、政府が発行するIDによる本人確認が必須の、ユーザー登録システムを実装しなければならない。テンセント(Tencent)は2018年すでに、このような登録システムを使って「Honor of Kings」のプレイ時間の制限を開始していた。さらに、同社は今年7月、より効果的に規制を実施するため顔認証技術を導入すると発表した。
若いゲーマーは、海外のサーバー経由でサインアップすることで、この制限を回避することはまだ可能かもしれない。
しかし、中国のゲーム開発会社である、テンセントとネットイース(Netease)の株価は、8月31日の朝に3%以上も下落した。
ゲーム規制に関するニュースは、数百万人いる中国の若いゲーマーたちには不評だろうが、ソーシャルメディアユーザーや業界の専門家からは賛否の入り交じった反応が寄せられている。ゲーム依存症は社会問題化しており、当局による対策が必要だという意見もあれば、子どもが時間をどう使うかは親が決めるべきだという意見もある。
若年層に特化した広告プラットフォーム「トータリーオーサム(TotallyAwesome)」のCEO、ウィル・アンスティー氏は、ゲームは子どもにいくつもの恩恵をもたらすと考えている。
同氏は、「パンデミックのあいだ、ゲームは無数の子どもやティーンエイジャーに社会的つながりや現実逃避、救済などを提供してきた。世界的なエンターテインメントの支柱の一つとして社会的な地位も向上してきた」と言う。そして、「世界保健機関(WHO)も2020年、パンデミック下で推奨される社会活動のひとつとして、ゲームを正式に認めた。この事実は、ゲームには、人と人を結びつけ、心の健康を維持し、世界をより身近にする力があることを裏付けている」と述べた。
ゲームに「依存性がある」ことは、アンスティー氏も認めている。現在、子どもと10代のどの年齢層においても、1日の平均プレイ時間は80分に達している。しかし同氏は、プレイ時間を制限する責任は親や保護者にあり、政府が介入すべきではないと考えている。
「重要なのは節度だ。子どもたちが、社会集団やより広いグローバルなコミュニティとつながるための、ライフラインを遮断すべきではない。とくに今のような苦難の時には」(アンスティー氏)
今回の規制により、マーケターが、中国の若いゲーマーにアクセスする機会は大きく制限され、広告単価が急騰する可能性があると、エニーマインド・グループ(AnyMind Group)で中国エリア担当マネージングディレクターを務めるベン・チェン氏は言う。
チェン氏は「18歳未満のセグメントはこれまで以上にプレミアム化するだろう」と指摘した。同氏の予想では、ゲーム規制の強化によってこのセグメントの希少性はさらに高まり、「ゲーム広告は年を追うごとに爆発的に成長」するだろうという。また、チェン氏によると、ゲーム業界のインフルエンサーや開発者も、この規制に合わせてコンテンツフォーマットを最適化しようとしているとのことだ。
マーケターがこの層にリーチできるかどうかは、ゲームプラットフォームが長期的に、どのようにオーディエンスを惹きつけ、維持し、マネタイズしようとするかに左右されるだろう。例えば、ゲームプラットフォームは、この年齢層向けの広告インベントリーの単価を引き上げた、フリークエンシーを減らしたりするかもしれない。こうした動きは、「将来の広告ビジネスに大きな影響を与える」と、チェン氏は言う。
「ゲーム中にあまり広告が表示されないことに慣れていたユーザーが、18歳の誕生日を迎えたとたん、同じゲーム中にも関わらず、多数の広告に晒されるようになったら、それは結局、ユーザー体験の悪化につながるだろう」(チェン氏)
18歳未満をターゲットにする場合、マーケターは時間制限が厳しくない、その他のチャネルを選択するようになるかもしれない。
「ゲーム関連のソーシャルメディアチャネルにはまた、18歳未満のユーザーの投稿コンテンツを増やすチャンスもある。ゲームの攻略方法を知るためだけにコンテンツを視聴するユーザーから、ゲームプレイの追体験を求めるユーザーまで、一気にユーザーを獲得できるかもしれない。中国ゲーム界の新たなスターの誕生は、広告主とゲーム開発企業の双方に新たな機会を提供するかもしれない」と、チェン氏は言う。
マーケティングコンサルタント会社R3の共同創業者で、同社のプリンシパルを務めるグレッグ・ポール氏は、ゲーム界のインフルエンサーが新たなチャネルを提供するだろうという点には同意するものの、その原資は、「ソーシャルメディア、バラエティ番組、それにプロゲーマーのチームに至るまで、すべてで大幅に減少する」と予想する。
「ゲーム関連のインフルエンサーにとっては、収入も機会も減少するだろう。とはいえ、メインストリーム化するまでは、ゲームは熱狂的なファンが支えるニッチ産業だったことを忘れてはならない。こうしたファンがいなくなることはない。いずれ新たなエンゲージメントの方法が出現するだろう」と、ポール氏は語る。
ポール氏によると、18歳以上のゲーマー層も厚いため、短期的には彼らのおかげでゲームは魅力的なマーケティングチャネルであり続けるだろうという。中国では、19~30歳のゲーマーが、全ユーザーの31.7%、課金ユーザーの34.8%を占めている。
「長期的には、マーケティング戦略からゲームが完全に排除されることはないだろうが、高い露出頻度が見込めなければこのチャネルの利用は伸び悩むかもしれない。そのことは常に念頭に置いておくべきだろう」と、ポール氏は述べた。