「これはまだ始まりに過ぎないような気がします。来年はもっと大規模なレイオフが行われるんじゃないかと……」。2週間前までシンガポールにあるメタ(旧フェイスブック)アジア太平洋地域(APAC)本社でPR職にあったロイ・タン氏はこう話す。
同社のマーク・ザッカーバーグCEOは10月中旬、1万1000人に及ぶ従業員のレイオフを発表。タン氏はその犠牲者の1人だ。
先陣を切ったのはツイッターだった。ビジネス界の異端児イーロン・マスク氏による買収後、同氏は直ちに大量レイオフに着手。これまで全従業員の66%に当たる約5000人が解雇された。アマゾンやショッピファイ(Shopify)、ショッピー(Shopee)、ストライプといった大手IT企業も続き、来年はさらなるレイオフが予想される。
テック企業従業員の解雇情報をまとめたサイト「Layoff.fyi」によれば、米テック企業による人員削減によって世界では14万人近くが職を失った。
エージェンシーへのメリット?
景気の悪化、競争の激化、広告費の減少、過剰な雇用、そしてCEOの非情さ……大量レイオフの背景にはこうした要因が複雑に入り混じる。
理由はともあれ、多くの人々が職を失い、市場に人材が溢れている事実は間違いない。では、こうした人材はどこに流れるのだろう。
マーケティングやコミュニケーションを担っていた人々にとっての1つの選択肢は、エージェンシーへの回帰だ。もちろん、彼らがエージェンシーを安定した労働環境だと捉えればの話だが。
だがタン氏は、テック企業に勤めていた人々はやはりテック企業に職を求めるのではないかという。「テック企業やスタートアップには独特の魅力とカルチャーがある。それらを経験すると、離れ難い気持ちになります。業界も迅速に動いてダイナミックだし、仕事の有意性も高い。こうした要素は大きなやりがいになりますから」
タン氏自身は年明けまで休養し、次の進路を考えるという。
「これまで一緒に働いていた同僚たちの間で(次の就職先の)競争が起きるかもしれない。フリーランスになる人は少ないのでは。テック企業は技術部門やマーケティング職でフリーランサーを多く雇いません。それでもテック企業は成長を続けている。再度就職を望む人は少なくないと思います」
フリーランスは未来の働き方か
このひと月余り、ソーシャルメディア上では大量レイオフが業界にもたらす影響について様々な意見が交わされてきた。
「フリーランスで働いていても仕事の安定はままならない。デジタル化の時代だというのに、我々の収入には遮断スイッチが入ってしまった……」
「大企業で働くことが職業の安定につながるというのは、間違った考え方だ」
ある投稿者は、フリーランスになることで仕事をよりコントロールでき、より安定を得られると主張する。「フリーランスになるには恐怖心がつきまとうけれど、世界中の多くの人々と仕事をするチャンスをつかめる。仕事の安定は自分自身で確保するもので、他の誰でもない」
では、今後はどうなっていくのか。フリーランサーとのみ協働するエージェンシー「マッシュ(Mash)」の創業者・マネージングディレクターのタッシュ・メノン氏は、「将来は紛れもなくフリーランスが主流になる」と話す。
「『現在フリーランスで働くことは、1980年代のeコマースの立ち位置と同じ』 −− こんな比喩を聞いたことがあります。実に的を得ていますね。今後数年間で、世界の広告業界で働く人々の半数以上はフリーランスになるでしょう。マッシュを立ち上げてわかったのは、クリエイティブの人々はある時点から自由を志向するようになるということ。本当の充足感を与えてくれる仕事を求めるようになるからです。ですから我々は、彼らの業界のプロとしての経験と個人的興味をつなぎ合わせればいい。その結果、実践的かつ成果主義の人材を得られるのです」
マッシュはすでに一歩先を行き、従来型エージェンシーとは異なるスタイルで機能する。核となるチームは設けず、世界中に点在するフリーランサーで構成するチームと柔軟に仕事をこなすのだ。
「フリーランサーによる我々のクリエイティブチームは極めて『非官僚的』で、一切無駄がない。ブランドが求めるペースに応じて仕事ができるのです」とメノン氏。「何でも器用にこなす人材への需要は減っている。今、世界のブランドが求めているのはクリエイティブのスペシャリスト。そして、彼らがクライアントのすぐ近くにいる必要はないのです。ニーズがあるのは異なる経験、異なる考え方を持つ人材。エージェンシーがあらゆるサービスを提供するスタイルはすでに時代遅れで、不要と言ってもいいでしょう」
広告業界は常に「不安定」
「景気が後退したとき、最初に危機感を感じたのは我々の業界でした」と話すのはクリエイティブエージェンシー「スーパーソン(Superson)」のAPAC担当マネージングパートナー、アンティ・トイヴォネン氏。メノン氏同様、フリーランサーの活用に注力する。「今の不況はこの3年間で2度目。どうすれば企業は回復力を養えるのか、誰もが答えを探しています」
APACオフィスを管轄する同氏は、フリーランサーによる「流動的チーム」で事業を展開する。
「弊社の事業モデルはチーム重視。1人のフリーランサーの能力に頼るわけではありません。例えば、世の中には無数の俳優がいる。しかし特定の俳優がそれぞれの映画に選ばれるのは、ちゃんとした理由がある。それはスキルと情熱、互いの相性、そして共通の目標に向かって進める協調性です」
「従来型エージェンシーにいるクリエイティブは、優秀な人こそある時点から独立を目指すパターンが多い。フリーランサーと協働することのもう1つのメリットです」
「優秀な若い人材で、エージェンシーで働こうとしない者はたくさんいる。エージェンシーの魅力が弱まっているからです。こうした人材は宝の山で、我々のクライアントも彼らと仕事をしたがっている。我々自身も、こうした人材を引き寄せる対策を講じていかなければなりません」(トイヴォネン氏)
フリーランスとして成功するために
メノン氏は、優れたフリーランサーは己の長所と欠点を熟知しているという。
「フリーランサーは自分の特長をよく理解するべき。己の才能は何で、強みは何か。そして、これまでどのような仕事で成功を収めてきたか。こうした点を周囲に理解させなければならない。さらに過去のキャリアや経験、スキルがブランドの求める成果にどうつながるのか、明確に伝えられることが肝要」
トイヴォネン氏は、フリーランスとして成功するには「情熱」が欠かせないという。そして、高いスキル。「偶然フリーランスになるのではなく、自分の意志で選ぶことが大切」
「フリーランスとしての生き方を習得すれば、仕事の安定につながる。自分で自分をクビにすることはしませんから。大切なのは良いネットワークを築くこと、そして優れたスキルを持つことです」
「言葉だけではなく、実際に行動するタイプの人にフリーランスは向いている。信用を築くには時間がかかることも忘れないように。本当に高いスキルを持っていれば、フリーランスになりたいという気持ちは自然と強くなるものです」
(文:マシュー・キーガン 翻訳・編集:水野龍哉)