昨年来、延々と続く森友・加計問題や財務省官僚トップによるセクハラ事件……醜聞に次ぐ醜聞で批判にさらされる安倍晋三首相は先週、さぞや安堵のため息をついたことだろう。アイドルバンドTOKIOの山口達也による女子高生への強制わいせつ容疑が発覚し、北朝鮮を巡る国際情勢も大きく変化。世間の耳目がこれらのニュースに集まったからだ。
だが、首相の安堵も束の間だったようだ。先週金曜には、失言癖で知られる麻生太郎財務相が訪問先のマニラで「セクハラ罪っていう罪はない」「殺人とか強(制)わい(せつ)とは違う」などと記者に発言。このセクハラ軽視のコメントを受け、月曜には東京・京都・札幌などで女性たちの抗議活動が行われた。
麻生大臣の発言を引き出したのが、先月の福田淳一財務事務次官の辞職だ。同次官がテレビ朝日の女性記者にセクハラ発言を繰り返していた、と週刊新潮が報じた結果だった。
森友・加計問題も再燃している。財務省が大阪の森友学園に国有地を不当に安く売却したとされる問題では、首相の関与が調査の対象に。首相は否定したものの、その後売却に関する決裁文書が改ざんされたことが判明した。担当だった近畿財務局職員も自殺したことでメディアは改めて大きく報じ、「安倍氏の辞任は避けられない」という声も高まる。更に、加計学園の獣医学部新設を巡る問題でも首相は個人的な影響力を行使した疑いが持たれている。木曜、衆参両院の予算委員会に参考人として出席した柳瀬唯夫・元首相秘書官は、同学園関係者と首相官邸で面会したことを明らかにした。
これらの問題に対する政府の対応は、「時間がたてば沈静化するだろう」という態度に終始してきた。だが曖昧で、時に傲慢とも言えるコミュニケーションの取り方は間違いなく状況を悪化させた。観測筋は「政府がクライシス・コミュニケーションの重要性と、海外での日本のイメージが下がるリスクを理解していないことを物語っている」と指摘する。
「コミュニケーション的見地からすれば、政府がこうした問題を適切に処理してきたとは思えません」と話すのは、英・豪・加などで大使や公使を歴任した沼田貞昭氏。自身の経験から、「言わぬが花」的なアプローチは「特に欧米のメディアと向き合ったときに逆効果となる」ことを学んだ。「一般的に国内の主要メディアはそれほど攻撃的ではありませんが、調査報道により注力します」。
APCO東京事務所でマネージングディレクターを務める永井昌代氏も、「今のメディアはより敏感になり、権力と一線を置くようになった。政府はこの状況を受け入れねばなりません」と話す。従来的な記者クラブのシステムと馴れ合いの心地良い関係は、「真摯なジャーナリズムを全うしよういう部外者たちからの挑戦を受けています。彼らはソーシャルメディアの活用に長け、歯に衣を着せません」。よって政府は隙を突かれぬよう、「柔軟性と透明性を高めていかねばならない」という。
沼田氏は、「森友問題における政府の対応は、透明性の欠如と決断力のなさを露呈しました。メディアに『何か隠蔽しているのでは』という印象を与え、つけ入らせてしまった」と話す。「明快な説明をして情報を開示していれば、状況の悪化を防げたはずです」。
ただし、「オープンなだけではうまく処理できないだろう」とも。「情報を開示したなら論理でそれを立証し、明晰なメッセージを送らねばならない。そうしていれば、問題はこれほど深刻にならなかったでしょう」。
同氏は、セクハラ問題における麻生大臣のけんか腰の姿勢も「あまりにも自己本位的」と批判する。「攻撃的な姿勢も問題ですが、より肝心なのは国民にアピールするような効果的な語り口であったかどうか。メッセージ性もなくただ攻撃的なだけでは、効果がありません」。
また、「メディアの責務として、セクハラ問題で性的なディテールに焦点を当てすぎてはいけない。そうした報道は国際的にも信用度を損ねます」とも。「被疑者の立場から言えば、情報空間と戦っていることを念頭におくべきです。優位性を確保するには、ただ待ちの姿勢ではなく、自分の主張をいち早く述べて状況の推移を見守ることが肝要」。
政府はクライシス・コミュニケーションの価値を理解しているか、との問いに同氏はこう答える。「『イエス』と言いたいのですが、正直に言って政府はまだ勉強中です」。
東京在住で政府との仕事経験もある日本人コミュニケーションコンサルタント(匿名を希望)は、このように話す。「政界の要人は必ずしもメディアトレーニングの必要性を認識しておらず、メディアに一方的にコメントを言い放つだけでいいと考えている節があります」。セクハラ問題への麻生大臣の対応を見れば、内閣府の男女共同参画局が政府の要人に対しコミュニケーションの点で影響力を発揮できていないことが分かるだろう。
この問題を突き詰めれば、2020年の東京五輪まで首相の座を務めようという安倍氏の先行きに暗雲を投げかける。これらの醜聞が収まったとき、日本でも遅まきながら「#Me Too」(や類似の)運動がようやく根付くのだろう。「だが必ずしもメディアが力をつけているわけではなく、女性記者たちが強くなっているのです」とは、ある消息筋のコメント。「女性たちは、麻生氏の思慮のない発言をそう簡単に忘れないでしょう」。
この消息筋は、男女同権に関して近年著しい進歩を見せる民間企業のアプローチを官僚のそれと比較する。このテーマに関するトレーニングへのクライアント企業の関心は高まる一方、「政府機関はいまだに真剣に受け止めていません」。
「民間企業では通常、エグゼクティブがハラスメントの告発を受けた場合、職務停止にして調査をし、その結果を公表します。そして訓戒を与えたり辞職を促すのではなく、解雇に処するケースが多い。こうした姿勢こそが、根本的なガバナンスなのです。(今の政府には)この点が欠けています」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)