25年前に私が大学生だったころ、刺激に対する「感覚の順応」という現象を心理学で学んだ。これは例えば、手をテーブルの上に置くと、最初のうちはテーブルを触っていることに意識が向くが、硬くて滑らかな表面を触っているという感覚が次第に鈍くなる現象のことだ。同様に、靴を新調すると最初のうちは幸福感で満たされ、見た目の良さに心躍るものだが、その感覚もしばらくすると消え、馴染んでくる。
刺激に順応する力は、われわれが人間であることの証だ。高速道路や飛行機の騒音を、われわれは忘れることができる。ウェブサイトのバナー広告を意識しないようにもできる。かつて目新しくて魅力的だったブランドも、すぐに古く退屈なものに映るようになる。
広告会社を買収するコンサルティング会社にとって、これの意味するところとは?
分析とコンサルティングに毎年1.1兆ドルもの膨大な額を費やすクライアント企業によって、アクセンチュアなどコンサルティング会社は多大な影響力と巨額な資金を得て、経営幹部レベルでの関係構築を進めている。このブームは主に、「eコマースこそが、多くの業界にとっての未来」という喫緊の課題として推し進められている。もしシームレスなウェブ体験を提供せず、ユーザーのオンライン行動を追跡できなければ、遅れをとることとなるだろう。
だが、もし皆がテクノロジースタックに何百万ドルもの額を費やし、eコマース体験を最適化したら、一体どうなるだろうか? 誰も見込み客を失わず、カゴ落ち(カートに商品を入れたまま結局買わないこと)も発生しなくなったら、では次は何に取り組むのか? ソフトウェアの問題点は、それが拡張性があり、複製可能であること。あなたにできたのであれば、他の誰にでも可能なのだ。
長期的な視点で考える賢い人が多いアクセンチュアは、次に何が起こるのかを理解している。そしてそれは、広く一般に信じられている「広告会社の終焉」や、そうでなくても悪い未来といった類ではなさそうだ。
ここで、先ほどの「感覚の順応」の話題に戻る。この業界で確実なことは、どのようなものも決して長続きしないということ。どんな刺激にも短期間で順応し、気にならなくなるからだ。それは、消費するメディアが何なのかや、どのように商品が売られているかとは関係ない。Z世代(1990年代半ば~2000年代前半生まれ)ならではの特質でもない。永遠の課題なのだ。
人々は常に、次の新しいものを探すことだろう。そしてその「次の新しいもの」を、あなたはどうやって手に入れるのか? その実現のためには広告業界のクリエイティブの力必要と考え、アクセンチュアは何億ドルも投資した。画期的なオリジナルのアイデアが、彼ら(コンサルティング会社)の厳密かつ体形的な思考法、高い次元で最適化されたプロセス、そして巨大で効率的な組織から得られるわけではないことを理解しているのだ。もしこれらの機能を買えるならば、アイデアを得てテストし、拡張させて、CEOレベルにまで買ってもらうことができる。
複数パターンを用意してのテストには、試すための新しい仮説が必要だ。機械学習は、学習させた(過去の)データと同等のレベルにしかならない。コンサルティング業界の怪物がわれわれの創意工夫に賭けているというのならば、われわれは自分たちの強みにもっと自信を持ってよいのではないか?
これは、広告界の人間が偽物のコンサルタントになろうとすることが無駄であることを意味する。われわれの仕事は、違った考え方をすることであり、硬直した保守的な考え方をすることではない。私が6カ月前にDroga5(ロンドン)で働いていたころは、イノベーションやブランド定義の仕事を頼みたいというクライアントが頻繁に訪ねてきていたものだ。
クライアントが我々に「してほしくなかったこと」とは、いかにもコンサルティング会社らしい、6カ月もかかる厳格なプロセスだった。彼らがわれわれに期待していたのは、スマートな人材が数週間で、いくつもの興味深いアイデアを提案すること。これこそがコンサルティング会社にはできないことだから(そして価格もわれわれの方がずっと低いから)である。
最高の人材は、普通の人材の100倍の価値があるというのは、ソフトウェア開発者の間では知られていること。おそらくわれわれの業界でも、同様のことがいえるだろう。もしあなたに才能があり、現在広告業界で働いているのならば、これは朗報だ。あなたが知っておくべき相手は、あなたの才能に信頼を置いているということなのだから。
(文:ジェイコブ・ライト 翻訳・編集:田崎亮子)
ジェイコブ・ライト氏は、BBHシンガポールのチーフ・ストラテジー・オフィサー。