我々は一生の間に、平均すると9万時間をオフィスで過ごす。だがこの2年間でリモートワークが当たり前となり、自宅とオフィスの境界線は曖昧になった。今、多くの企業が週休3日制の実効性を検討していることはごく自然な流れだろう。
1週間の労働時間を減らすことは以前から議論されてきた。そしてコロナ禍はこのテーマを一気に現実的なものにした。英国では今、地方の小さなレストランから大手金融企業に至るまで、70の企業が計3万3000人の従業員に対し、週休3日制を半年間実施するという世界最大規模の実験が行われている。これまでの8割の労働時間でこれまでと同じ生産性を維持し、同じ給与を支払うというものだ。
しかしアジアでは、いまだに長時間労働が「成功の道標」という考え方が根強い。では、クライアントの気まぐれな要望に常に応えねばならないエージェンシーは週休3日制を実現できるのだろうか。
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英HR誌が今春行った調査では、アジア太平洋地域(APAC)のエージェンシーで働く人々の3分の1が燃え尽き症候群を経験したという結果が出た。中でも多かったのはシンガポールとインドで、回答者の何と58%。彼らは皆、より良い職場環境を求めて転職を希望しているという。
ビール業界に特化したデジタル戦略を担うシンガポールの「ビアアジア」社創業者、オリバー・ウッド氏は週休3日制を推進する先進的経営者の1人だ。以前はレオ・バーネットなどのエージェンシーに勤め、超多忙な日々を過ごした。ビアアジアは2020年に週休3日制を導入。「今後も元のワークスタイルに戻すつもりは毛頭ない」という。
「エージェンシーでは働き方に強いストレスを感じました。週末に締め切りの案件が重なり、月曜の朝には憂鬱な顔で慌てふためく同僚たちと顔を合わさねばならない。メンタルヘルスに悪いのは当然で、効率性と生産性を上げるために休憩時間もとれない。仕事は生活の全てではありません。あの頃は明らかにバランス感覚を失っていました」
ビアアジアは現在アジア各国にクライアントを持ち、そのほとんどは週休2日制の企業だ。同社では業務に支障が出ない形で週休3日制を実施している。
「我々の週休3日制は厳密に金曜から日曜日までを休むわけではない。月曜と金曜を半日出勤にしているのです。月・金は急を要するミーティングなどに当て、残りの曜日の生産性を上げる対策などを話し合います」
ロンドンのクリエイティブエージェンシー「モックス」は今回の週休3日制のトライアルに参加した。共同創業者でクリエイティブディレクターのマット・ボルトン氏は、「週休3日制の導入は全く問題ない」と話す。
「従業員が自主的に働き方を決め、自由時間をより楽しめるシステムは、もっと以前から業界に導入されるべきでした。そのための最初のステップを踏み出せたのは、実に喜ばしいこと」
だが、エージェンシーは1人ひとりが勝手に動いたのでは機能しない。1つのプロジェクトではクライアントを含めた様々な関係者と、時にひと月にわたって密に働かねばならない。1人の従業員が勝手に休みをとってしまえば、こうしたプロセスは機能しなくなるのではないか。
「我々のクライアントはワークスタイルが異なりますが、多くが我々のやり方に敬意を表し、理解してくれています。ですからこれまでのところ支障はありません」とウッド氏。「我々は常に全力で仕事に取り組みますが、燃え尽き症候群に陥ることはない。月曜と金曜が半日勤務でも、週に5日間きちんとクライアントに対応できています」
ビアアジアもモックスも比較的小さなクリエイティブエージェンシーで、大企業に比べればスムーズに週休3日制に移行できる。ウッド氏もその点は否定しない。だが電通のような多くの従業員を抱える巨大企業ならば、当然のごとく多くの支障が伴う。
現実的課題
では、大企業の週休3日制は幻想に過ぎないのか。
「できない、と決して言うべきではない」というのは電通クリエイティブ・インドのCEO、アミット・ワドワ氏だ。「コロナ禍の前は、クリエイティブ業界の誰もがリモートワークは不可能だと考えていた。しかし今では立派に機能しています。週休3日制は確かに別の話でしょう。全ての従業員が望めば課題は多いでしょうが、決して解決できない話ではない。重要なのはクライアントとの関係性ですから、即座に解決しようとせず、じっくりと取り組むべきです」
欠かせないのは、週休3日制に対する正しい定義の理解と解釈だ。週休2日制を維持したいと考える企業も少なくない。こうした企業はたとえ3日制を実施しても、2日制の時と同じ仕事量を最低限こなすべきと主張する。
「人間は機械ではありません。クリエイティブ企業で、これまでの8割の労働時間で同じ仕事量を強いることは不可能です。解決策は、人材を増やすこと。ただしこれはコストがかかります。他にも現実的な課題が出る。金曜日にオフィスに誰もいなくなった場合、どのように業務を運営するのか。また、週4日の勤務日に集中的にミーティングを行えば、アイデアを練る時間がなくなってしまう。長期的視点に立てば、決して建設的でも効率的でもありません」(ワドワ氏)
ロンドンのエージェンシー「アンノウン」の創業者オリー・スコット氏は、週休3日制は結果的に従業員へのプレッシャーを増し、メンタルヘルス面で裏目に出る可能性があると危惧する。
「週休3日制には慎重にのぞまねばなりません。労働時間を圧縮することは素晴らしいアイデアですが、8時間業務が10時間に延びかねず、1時間のランチタイムを取ることも難しくなりかねない。ウェブ会議は夜の8時、9時まで延び、結局従業員は疲弊してしまう。気付けば『持続不可能』なシステムが常態化してしまうのです。これは非常に危険な兆候です」
「金曜日に副業やアルバイトができることは素晴らしい。しかし現実には月曜から木曜まで『効率性・生産性の向上』という呪文に縛られ、絶え間ない電話やメールでゆっくりと物事を考える時間がとれなくなる。決して好ましい状況ではありません」
「この業界は時給制の考え方を簡単に変えられないでしょう。お金を稼ぐためにたくさん働かなければ、という従業員のメンタリティーが変わらない限り、週休3日制を存続させることは難しい」
スコット氏の言には裏付けがある。働き方改革の実現に熱心だった同氏は、かつて無制限有給休暇制を自社に導入した。だが1年で断念、年間32日間の休暇制に変更した。
「無制限有給休暇制を実施した時は、年に21日以上休みをとる従業員はいませんでした。特に有能な者がそうだったので、他の者は長い休みをとることに自然と罪悪感を覚えるようになった。結果的に制度は形骸化してしまいました。ある調査では、人は明確な目標と対価を示された方が、そうでない時よりも力を発揮するという結果が出ています」
ウッド氏も、月曜から木曜までの集中勤務は逆に悪い結果を引き起こすと警鐘する。生産性を最大限上げるため、ランチタイムが30分に減り、従業員同士の世間話がなくなり、息がつまるような雰囲気で業務をこなさねばならなくなるというのだ。
「たくさんのピッチやプロジェクトを抱えるクリエイティブエージェンシーが、果たして週休3日を実現できるでしょうか。ロックダウンの間は、どんなに体調が悪くても仕事をするのが当たり前という空気になっった。クライアントには代わりになるエージェンシーがいくらでもいます。仕事を失わないためにはクライアントを満足させ、自分たちの会社を理解してもらい、強固な立場を築くことが必要です」
ワドワ氏も同意見だ。「我々は常に素晴らしい仕事をしたいと思っています。必要なのはバランス。規律あるオフィスで、楽しく同僚と仕事ができる環境をつくることが肝要です」
弊害を超えて
「社内で適切な規則を定め、全てのクライアントを納得させる。そうでなければエージェンシーにとって週休3日の実現は難しいでしょう」と話すのはメディアモンクス・チャイナのマネージングディレクター、ロジャー・ビッカー氏だ。中国経済が成長する中、柔軟な働き方とクライアントへの常時対応を両立させることは、ワークライフバランスの次なる課題という。だが週休3日はいまだ中国ではプレッシャーが強く、実現していない。
「柔軟な働き方を実施すれば、週休3日と同様の成果が得られます。クリエイティブの世界ではワンパターンのソリューションはあり得ない。早朝の仕事が効率的という者もいれば、朝遅いスタートを好む者もいる。オフィスでの雑談を活力にする者もいれば、自宅がいいという者もいる。我々は様々な働き方を勤務規定で認め、燃え尽き症候群にならないよう長時間労働を回避しています。クライアントの要求を満たせる限り、一定の柔軟性を認めているのです」
ワドワ氏は、4日間に仕事を凝縮することは「二律背反」で、電通が現在実践しているフレックスワーク以上に有意義ではないという。
「多くのブレインストーミングや立て続けのミーティングはストレスを増やす。仕事中に同僚たちとコーヒーを飲んだり、他愛もない話をしたりすることが大切で、新たなモチベーションになるのです」
アンノウンのスコット氏は、「効率性を過度に追求すれば社内の豊かな人間関係を失うことになる」という。「結果的に、自分が生産性だけを追求する仕事中毒の人間に思えてくるでしょう」
週休3日制を推進し、今回の英国の壮大な実験をサポートする4デイ・ウィーク・グローバル財団のCEO、ジョー・オコーナー氏は、「週休3日は離職率の増加や優れた人材の獲得といった、多くのビジネス課題を解決する」と説く。「休息の時間を増やし、精神的・肉体的回復を速めることで各自の専門的能力が高まり、非効率性を除去できる。これはクライアント対策として非常に有効です」
「週4日勤務は決してひと晩で成し遂げられるものではなく、従業員の休暇をいきなり6週間増やしても解決にはなりません。導入には十分な移行期間が必要。多くのエージェンシーはクライアントのことを気にかけますが、彼らは最終的に最大の支援者になってくれるでしょう。真の目的は従業員の効率性を上げるため、意味のないミーティングを即刻やめ、テクノロジーをより有効に活用し、1日の時間の使い方をデザインし直すことなのですから」
コロナ禍で興った様々な取り組み同様、週休3日制はまだ実験段階に過ぎない。だがその結果にかかわらず、大いに価値がある試みであることは間違いないだろう。
(文:ニキータ・ミシュラ 翻訳・編集:水野龍哉)