Jessica Goodfellow
2019年5月22日

広告界、「クッキー規制」を支持

クッキー(cookies)機能の制限はよりクリーンで持続可能なエコシステムを生む −− 広告業界幹部の多数派意見だ。

広告界、「クッキー規制」を支持

世界の主要テック企業が共通の考えの下に結束しつつある。その旗印は、「トラッキングクッキー(ユーザーのブラウジング傾向などを収集する目的のクッキー)を規制し、ユーザーが個人データをもっと自分で管理できるようにする」というものだ。

この動きが広まれば、広告主は精緻なターゲティングから「古き良き」コンテクストマーケティング(消費者の背景や心情を理解し、それにふさわしい商品を提供するマーケティング)に回帰する −− 多くの業界幹部はこう予測する。

グーグルは今月初め、グーグルクローム上でのサードパーティクッキーの規制を開始した。これにより、全ての主要テック企業の足並みが揃ったことになる。

グーグルが開発者向け年次会議「グーグルI/O」で示した方針は、ユーザーがトラッキング機能を持つクッキーをブロックしたり削除したりできるというもの。一方で、ログインやセッティングを管理するシングルドメインのクッキーは影響を受けない。

この措置は長く望まれていたもので、GDPR(EU一般データ保護規則)の施行を受けて実現した。無用なデジタル広告をブロックし、ユーザーは個人データがどのように利用されたか、より明確に把握できるようにする施策の一環だ。

「プライバシーと透明性の問題が大きな脚光を浴びる今、デジタル広告業界の変革は不可避でした。デジタル広告がクッキーに大きく依存していることを鑑みれば、こうした措置は最初の段階から取られるべきだった」と話すのは、インテグラル・アド・サイエンスの東南アジア地区担当マネージングディレクター、ローラ・クイグリー氏。

実際、グーグルは明らかにこの流れに乗り遅れた。

アップルはサファリ(Safari)上での広告主のトラッキング能力を抑えるため、かねてから真摯に取り組んできた。2017年に「インテリジェント・トラッキング・プリベンション(ITP)」を導入するまで、サファリはデスクトップやモバイル上のサードパーティクッキーをデフォルトによってブロック。ITPでは30日が経過したサードパーティクッキーを削除する措置を導入した。そして昨年、それよりはるかに厳格な「ITP2.1」を発表。ほとんどのファーストパーティクッキーは7日後に削除され、全てのサードパーティクッキーはデフォルトでブロックされるようになった。

ファイアーフォックス(Firefox)にも、ユーザーがサードパーティクッキーをブロックできる「エンハンスト・トラッキング・プロテクション(強化版追跡保護)」がある。だが2019年4月のスタットカウンター(StatCounter)の統計では、同ブラウザの世界市場でのシェアはわずか5%。広告主にとっては興味の対象外だろう。

世界で63%のシェアを誇るグーグルクローム(サファリは15%)の規制は、デジタル広告の在り方に大きな影響を及ぼす可能性がある。だが同社のビジネスモデルは広告収入が基盤のため、そのアプローチはアップルに比べ極めて緩やかだ。

グーグルクローム上でトラッキングクッキーを削除するには、広告のセッティングへのアクセスを理解し、自ら行動しなければならない。結局はユーザー次第なのだ。

今は廃止となったファイアーフォックスのトラッキング拒否機能「DNT(Do Not Track)」が導入された2011年、これを利用したユーザーは全体のわずか5%だった。大多数のユーザーは、今もトラッキングに対して拒絶感がないように思える。

クイグリー氏は、「個人データがどのように利用されているのか、また行動ターゲティング広告の価値とは何なのか、ユーザーはもっと学ぶ必要がある」と話す。

「提示されたオプションを理解していなければ、ユーザーは本能的に『ノー』と言ってしまうのです」

「ユーザーが変革の意義を理解すれば、その効果は非常にポジティブなものになる。自分と関わりのないクッキーやデータを削除することで、エージェンシーやブランドは結果的に真のオーディエンスにリーチできるのです」

ライバル企業の連携

クッキーのトラッキングに厳しい姿勢でのぞむことは、デジタル広告業界全体に良い影響を及ぼすだろう。だがその一方、オーディエンスのデータを利用したりクッキーに全面的に依存したりしている企業は不利益を被ることになる。

デジタル広告が大きく変革すれば、消費者と直接的に結びついている企業はグーグルやフェイスブック、アマゾンなど大手テック企業の優位性を生かして最大限の利を得るだろう。もちろん、ユーザーのデータを利用してリターゲティングをするには、改めてユーザーの許可を得ねばならないだろうが。

広告主は、クローズドプラットフォームの活用という従来からの課題を抱えていくことになる。M&Cサーチパフォーマンス社のアジア太平洋地域担当マネージングディレクターを務めるクリス・スティードマン氏は、トレードデスク(The Trade Desk)社がロテーム(Lotame)、ルビコン・プロジェクト、スポットXといった企業の協力で開発した「Unified IDソリューション」に着目する。「今後はデジタル広告分野でライバル企業同士が協力し、共通のメソッドを生み出すケースが増えるでしょう」。

トレードデスクが目指すのは、業界が「Unified IDのオープンな基準のもとで前進していくこと」だ。

同社スポークスパーソンはこのように話す。「我々はクッキーの有無に関係なく、新たなアイデンティティソリューションをサポートします。故に広告主は(ユーザーとの)関係性とプライバシーとの間で適切なバランスが取れる。このアプローチによって、業界はユーザーのプライバシーを尊重しつつ、効果的に機能するようになるでしょう」。

ターゲティング広告からの脱皮

クッキーが規制されれば、広告主の興味の対象も変わるだろう。メディアオーナーに権限を委ね、ファーストパーティオーディエンスのインサイトに基づくコンテンツマーケティングやコンテクストターゲティングに回帰する可能性がある。

「現在の業界は実績ベースのマーケティングを活性化させようと、クッキーのトラッキングに大きく依存している。大抵の場合、クリック数をできるだけ多く得ることに主眼を置いています」とクイグリー氏。「我々が以前の姿に戻り、クッキーではなく再びコンテンツに注力するようになれば、業界に良い結果をもたらすと思います。エコシステムの浄化にもつながるでしょう」。

「クリックベイト(ユーザーの興味を引いてクリックさせるため、ページの内容と関連性の低いタイトルを掲載する手法)やインプレッション(広告の表示回数)が減り、インプレッション単価(CPM)は上昇するかもしれません」

「マーケターはこうした状況に備えなければならない。ユーザーが自分と関係のないクッキーを遮断すれば、インプレッション数は減ります。ただし、インプレッションの質は高いものになるのです」

スティードマン氏は、「ターゲティング広告からの脱皮で、ユーザーにはあまり押し付けがましい印象を与えず、適切な広告をバランス良く提供できるようになる」と話す。

持続可能性の鍵は透明性

トラッキングクッキーへの依存度を下げることでデジタル広告界は短期的に収益面のダメージを受けるだろうが、最終的には広告主やメディアオーナー、消費者にとってプラスになろう。

ケンブリッジ・アナリティカ社が引き起こしたフェイスブックのデータ不正収集問題で、消費者の広告界への信用は地に落ちた。だからこそ消費者が自身でデータを管理できるようになれば、デジタル広告への信頼は回復するだろう。

「今後ユーザーが自身のデータに関して最大限の透明性と選択肢を得、管理できるようになれば、ネット広告への信頼回復につながる。消費者とブランドとの関係も持続可能なものになっていくでしょう」と話すのは世界広告主連盟(WFA)のチーフエクゼクティブ、ステファン・ローク氏。「これはブランドにとって社会的・経済的問題です。消費者が信頼するのは責任を持って個人データを扱うブランドだけなのです」。

「個人データへの『敬意』を基盤として持続可能なネット広告の未来を構築することは、WFAにとって過去2年間の最重要課題でした。昨年発表したマニフェストの根幹を成すものでもあるのです」

(文:ジェシカ・グッドフェロー 翻訳:岡田藤郎 編集:水野龍哉)

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