「ゲームはいずれ現実と区別がつかなくなるだろう」とは、テスラとスペースXの最高責任者を務めるイーロン・マスク氏が語った有名な言葉だ。同氏は2018年にポッドキャスト「ザ・ジョー・ローガン・エクスペリエンス(The Joe Rogan Experience)」でそう予言した後、次の言葉で締めくくった。「我々はシミュレーションの中にいる可能性が高い」
今目にしている記事を非常に手の込んだコンピューターゲームの一部として読んでいると想像するのは非現実的かもしれないが、過去40年間のゲームの進化がいかに目覚ましいものであったかを考えてみよう。テクノロジーの飛躍的な進歩は、ゲームの高度化を進めただけでなく、スマートフォンの普及と相まってゲームの普及を大いに加速させた。
広告業界にとって、ゲームはキーとなるオーディエンスにリーチするための主要なルートの一つとなった。最近のいくつかの動きも、エージェンシーがその機会に目覚めたことを示している。
ピュブリシスグループ(Publicis Groupe)は2021年1月、ビデオゲームに特化したマーケティングの専門知識を広告主に提供するゲーム専門チーム、ピュブリシス・プレイを立ち上げた。これは、電通が昨年11月に立ち上げたDゲーム部門に続くものだ。ハバス・メディア(Havas Media)も、ゲーム業界のクライアントを抱えるターゲット・エンターテインメントを新設のハバス・エンターテインメントに統合した。一方、グラヴィティ・ロード(Gravity Road)は、米国でゲームとeスポーツ関連の業務を2月から開始している。
2020年には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、多くの人々が家の中で画面に釘付けとなり、ゲーム業界はその恩恵を受けてきた。英国のエンターテインメント小売業協会(Entertainment Retailers Association)によると、同国のビデオゲーム市場の規模は2020年に42億ポンド(約6,254億円)となり、前年から15%増加したという。
ゲーム分野に参入するブランドには成功と失敗の両方の可能性があるが、留意すべきことは明確だ。広告主は2021年、ゲームに対する方針を明確にしなければならないということだ。
その理由は5つある。
ゲームは若いオーディエンスがいる場所
KFCは2020年12月、ピュブリシス・スポーツ&エンターテインメントと提携し、フライドチキンを温めるヒーターを兼ねたクーラーマスター製のゲームコンソール「KFConsole」(写真上)を発売して話題を集めた。
ピュブリシス・ポークのブランドエクスペリエンス部門責任者で、ピュブリシス・プレイを率いるトム・ホスラー(Tom Hostler)氏によると、KFCはスポンサーシップを通じてゲーム分野に参入した後、3年以上にわたって活動を続け、今ではゲームオーディエンスから「大きな信頼を得ている」という。
ファストフードブランドのコアオーディエンスは若者だ。だが、従来のメディアでは若者へリーチするのがますます難しくなり、コストも増え続けているため、ブランドは若者がいる場所で活動する必要がある。
「若者たちがテレビを見ずラジオも聴かないのは確かだ」とホスラー氏は言う。「ユーチューブなどのデジタルオンデマンドチャネルに費やす時間も、(ゲームに比べて)はるかに短い」
ただし、ゲーム市場に参入するブランドにとっては、「何をすべきでないのか」を知ることも重要だと、ホスラー氏は指摘する。ゲームのオーディエンスは「非常に気まぐれで気分が変わりやすく不安定な」傾向もあるからだ。
「もし間違えば、彼らから手厳しい洗礼を受ける」とホスラー氏は言う。「多くのブランドマネージャーから真っ先に聞かれる質問はこうだ。『ブランドセーフティについて教えてくれないか』『レディット(Reddit)で炎上したりツイッチ(Twitch)で嘲笑されたりしないようにするにはどうしたらいい?』」
大規模なオーディエンス、優れたターゲティング機会
今起きている興味深い展開は、ビデオゲーム向けのプログラマティック広告プラットフォームの成長だ。多くのゲーマーがメジャーなコンソールゲームやPCゲームをオンラインでプレイしている現在、スマートフォンのモバイルゲームに限らず、人気の高いタイトルで広告をプログラマティックに配信したり、大画面に合った広告をデザインしたりできるようになっている。
WPPは、そうしたゲーム内広告を手がけるアンズ・アイオー(Anzu.io)への投資を2019年から続けている。一方、ゲーム内広告のスペシャリストであるフレームプレイ(Frameplay)は昨年、セルサイドの広告プラットフォームを手がけるマグナイト(Magnite)と提携し、同じオンラインゲームをプレイする人々に異なる広告を配信する広告バイイングサービスを立ち上げた。その数週間前には、アマゾンがライブストリーミングアプリのツイッチでプログラマティック広告バイイングを開始している。
ゲーム業界団体の英国インタラクティブエンターテインメント協会(UKIE)でコミュニケーション部門を率いるジョージ・オズボーン(George Osborn)氏によると、数年前のモバイルディスプレイ広告よりもリッチな体験を消費者に提供する、新たなゲーム内広告企業が続々と登場しており、ゲーム業界はそうしたトレンドから恩恵を受けることになるという。
オズボーン氏はこの手の広告プレースメントの最も優れた事例として、ゲーム内ビルボードや広告バナーを活用するコードマスターズ(Codemasters)のゲーム「ダートラリー」シリーズを挙げている。
ゲームがリーチする男女比は50:50
UKIEの推計によると、英国では3700万人いるゲーマーの半分が女性だという。その一因は、「キャンディクラッシュ」のようなカジュアルモバイルゲームが比較的年齢層が高い女性のあいだで人気を博したことだ。
オズボーン氏は「モバイルゲームが初めて登場した時、ゲーマーの属性が爆発的に拡大した。多種多様なゲームが無料でダウンロードでき、膨大な数のゲームが女性をターゲットとして効率的にユーザーを獲得していた」と指摘する。
一方、ホスラー氏は、ピュブリシス・プレイも「非常に熱心で有力な女性ゲーマーが集まる場所」を見つけたと明らかにした。また、マッチング系アプリのバンブル(Bumble)は、女性だけのeスポーツチーム(写真上)を結成するプロジェクトを支援している。
さらに、サッカー選手からeスポーツスターに転身したマディソン・“マディースーン”・マン氏(Madison “Maddiesuun” Mann)など、女性ゲーマーのロールモデルも登場している。こうした状況を受け、ヘルスケア業界やウェルビーイング業界のブランドは、数カ月前からゲームへの関心を高めている。そうしたブランドも、リーチしづらい若い女性のオーディエンスとのつながる方法を模索しているからだ。
充実する測定ツール
メディアコムUK(MediaCom UK)でメディアクリエイティビティ部門を率いるリンジー・ジョーダン(Lindsey Jordan)氏は、クライアントのゲームに対する関心が変化していることに気づいたという。「この1カ月間で、クライアントとゲームに関する商談をすでに3回行ったが、昨年はおそらく1回もなかった」と同氏は振り返る。
そうした商談の大半は「ゲーム内統合」に関するものだ。たとえば、コカ・コーラの姉妹ブランド「ファンタ」と、知育シミュレーションゲーム「どうぶつの森シリーズ」を広告掲載先として利用する話を進めたり、やはりメディアコムのクライアントであるイーベイと、「ザ・シムズ」との提携の可能性を探ったりしているという。
ただし、コスト意識の高いブランドにとっては、ゲームへの支出のROI(投資収益率)をどのように測定できるかが問題となる。リンジー氏は、ビデオゲームには「ニールセン・アドダイナミクス(Nielsen AdDynamix)のようなものがない」と認めながらも、メディアコムのゲーム部門では、スポーツのスポンサーシップと同じく、エージェンシーがコンテクスチュアルツールを使うことで、ゲーム分野でのブランドの取り組みを競合他社と比較することができると強調した。
ビデオゲームの「アドフリー」というレガシー
先述のように、ゲーマーの数も売上高も莫大であるにもかかわらず、ブランドの間では、ビデオゲーム会社は20代の若者が経営するスタートアップだという思い込みが根強いとオズボーン氏は指摘する。「彼らが想像するような若くて不安定な業界ではなく、実際にはしっかりと確立されており、主要な国際的クリエイティブセクターになりつつある」
これが意味するのは、ブランドがゲーム企業にアプローチする際には、もっと現実的になる必要があるということだ。オズボーン氏はその理由として、「米国や日本で物事を進めるには、幾重もの承認を受けなければならない」と言い添えた。
ホスラー氏にとって、この問題はさらにデリケートだ。「私たちが認識すべきは、ゲーム業界は過去40年間にわたり、オーディエンスを収益化するという素晴らしい仕事を成し遂げており、今までは広告を必要としてこなかったということだ。(中略)ブランドは傲慢な態度を取るべきではない。もっと謙虚になり、自社のブランドにとって何が正しくて何が間違っているのかを、ゲーム業界から学ぼうとする姿勢が求められている」