IASでグローバルCEOを8年間務めたクノール氏は、ヤフーでCRO(最高売上責任者)を務めていたリサ・アッツシュナイダー氏にその座を譲る。クノール氏は先月来京、Campaignのインタビューに応じ、ブランドセーフティやビューアビリティ、透明性といった観点からマーケティング業界の課題を語った。
「多くの点でまだ満足のいく状況にはない」という同氏だが、オンラインビジネスへの脅威にマーケターがより積極的な役割を果たすようになったこと、主要プラットフォームがIASなどの第三者機関に少しずつ監視を委ねるようになってきたことは「非常に喜ばしい」と話す。更に、日本でもブランドセーフティなどの問題がより真剣に受け止められるようになったと指摘。だがデジタル広告の効果測定に関しては、「クリック率以外の手法がもっと進化してほしい」とも。
「キャンペーンがどれだけ成功したか、あるいは、どうすればデジタルマーケティングでもっと消費者に影響を与えられるか −− こうした点をブランドが明確に把握できる新しい手法を編み出さねばなりません。そうでなければクリック率だけが唯一の尺度になってしまう。皆がそれに満足しないことは確かです」
ブランドセーフティやビューアビリティ、広告詐欺といったテーマが海外を席巻したとき、日本ではこれらの話題がほとんど出なかったように感じます。クノールさんも同様の感想をお持ちですか?
答えはイエスとノー、両方です。何か好ましくない事態が起きたとき、ブランドセーフティは避けて通れない問題です。通常のキャンペーンでターゲットとなるのは個人であり、こうした事態で影響を受けるのも個人。それが表面化するまではしばしば時間がかかります。ただしその個人が注目を集めるような存在だと、事態は大事となる。こうしたケースは世界中で起きました。するとCEOが責任を問われ、CEOはマーケティング部の責任を問い、マーケティング部は広告代理店の責任を問い……そうした流れを経て事件の要因が解明されるのです。ブランドセーフティに関して言えるのは、誰かが故意に不祥事を起こすのではないということ。誰も意図的に広告を不適切なコンテンツと並べて見せようとは思いません。あくまでも、我々が構築した広告枠買付けのインフラが問題なのです。
日本は安全で、そうした事態は起きないと考える人々が多くいます。
それは明らかに間違っています。もし広告全体の5%でこうした事例が起きても、その比率は多いと言えるでしょう。いくつかの国々ではもっと低い数字でしょうが、それでも問題になります。日本がユニークなのは、ブランドと対話をする際に特定の話題に関し敏感で、それを避けようとする傾向があることです。こうした話題は米国や他の国々ではさして気にされないのですが……。肝心なのは、日本ではブランドセーフティに関して独自の対策を立てねばならぬということ。日本は特有で、多くの他国市場と異なっていますから。
不適切な場所に広告を掲示しないようにするのは、いまだ困難なようです。
ブランドセーフティとビューアビリティでは、調査自体がまったく異なります。ビューアビリティでは、広告が見られないところに掲示されればお金の浪費となるので、その最適化を行う。ブランドセーフティは主に、ブランドに被害を与えている可能性があるコンテンツに広告が出ていることを指摘します。それに対するアプローチはテクノロジー的観点から2つあります。まず、プログラム的に容易なのがパブリッシャーに事前にシグナルを送るか、あるいはその種のデータを渡すこと。そうすればブランドセーフティを脅かすページには掲示されません。もう1つは、広告の供給を止めてしまうやり方。我々は億単位の広告に関し、配信するかしないかの判別をします。昨年、我々が提供したのがアプリ内でそれを処理するサービスです。ブランドセーフティを確実に守る唯一の手段は、テクノロジーを効果測定のためではなく、危険を事前に察知するために活用すること。測定の結果、問題が起きていたと分かってももう遅いですから。
ビューアビリティに対する人々の考え方はどう変わりましたか?
成長を遂げた市場では、「ビューアビリティに二重の測定基準があってはならない」という認識が生まれました。どのような広告キャンペーンでも、閲覧時間は決定的に重要な要素です。消費者が長い時間見れば見るほど、影響を及ぼす可能性は高くなる。これは決して新しいコンセプトではありませんが、我々はデジタルを駆使してそれを測定し、管理できる手法を編み出しました。ビューアビリティは「良い」「悪い」、あるいは「見た」「見ない」から「どれだけ長い時間見たか」という領域に進化したのです。
フェイスブックは昨年、広告主を含めた多くの人々の怒りを買いました。こうしたプラットフォームはより透明性が高くなっていくでしょうか?
数年前よりも透明性を高めていくことは確実です。では、オープンウェブのようになるのでしょうか。まだそうはなっていませんが、確実にその方向に進んでいます。例えばユーチューブなどは、ブランドセーフティが間違いなく一定の役割を果たしている。結局、大手企業のマーケターはこれらプラットフォームのオープンウェブで広告枠を買い付けるときと同じテクノロジーやツールを求めているのです。パフォーマンスを比較するためには同じ効果測定とテクノロジーが必要ですから。
透明性に関して、マーケターにはどれだけの責任がありますか?
大きな責任があります。結局のところ、マーケターが広告代理店に変革を求めなければ何も変わりませんから。そういった意味でマーケターの責任は重大です。責務と言ってもいいでしょう。データを持っているのは代理店ですから、ブランドは主導権を取ってそれを開陳させる責任があります。米国ではP&Gなどの企業が「デジタルマーケティングは変わらねばならない」と主張し、透明性を実現させました。こうした姿勢が一部のウォールドガーデン(クローズドプラットフォーム)の開放につながっていくのです。日本でも何人かの主要なマーケターが同じ要求をすれば、良い結果を生むでしょう。
まだ日本ではそうしたマーケターはいませんか?
この問題を理解しようという関心は高まっており、話題に上ることも増えました。我々もマーケターに、より多くのデータを直接セールスするようになった。しかし私の知る限り、「今の状況を変えねばならない」と公言する企業やマーケターはまだ現れません。それでも状況は改善されつつあります。我々のクライアントを見れば分かりますが、以前は広告代理店だけだったのが、今では多くのマーケターと取引をしています。たとえそれが代理店経由であっても、クライアントは意思決定に加わり、最終的にデータを確認しているのです。
どの国のマーケターも異なるデータセットが応用できず、全体像を把握するのに苦心しています。この状況は変わるでしょうか?
将来的には変わるでしょうが、今はまだ多くの課題があります。まずはウォールドガーデン。その中でターゲットとしている人間が、他のプラットフォームのターゲットと同一人物でも分からない。これを解決するテクノロジーは存在しても、ウォールドガーデンの協力が必要となります。更に、こうしたデータ統括を妨げる動きもあります。欧州の一般データ保護規則(GDPR)はその顕著な例でしょう。ゆくゆくは業界として目標を達成できるでしょうが、今はそれに逆行しているとも言えます。そして2つめは、消費者が広告をどれだけの時間見れば、期待する行動に移るかということの把握。時間が長ければ効果があることは間違いありませんが、一定の長さを過ぎるとそれが徐々に下がってくるのです。
クノールさんは今、ブロックチェーンに関わり始めています。マーケティング業界にとってこの技術の最大の利点は何でしょう?
マーケティング業界の課題の1つが透明性の欠如ですが、それはどこに広告が掲示されたかということだけでなく、ブランドとパブリッシャーとの関係においても存在します。それぞれのトランザクションにおいてどれほどの人間が関わり、どれほどの人間が利を得たのか −− 国によっては、最終段階よりも途中のプロセスで得られるお金の方がはるかに多いことがある。これは明らかに、広告主が知らぬ間に起きる詐欺や浪費の温床になります。このプロセスには様々な「売値」が存在し、とんでもない値になっているものもある。ブランドからすれば、このお金の流れを把握することが重要になってくるでしょう。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)