企業ブランドとアーティストは、決して自然な形では結びつかないだろう。広告界で働く多くの人々が、自身をアーティストと思いたがっていることは事実だ。だが実際は企業の利益のために働いているのであって、世俗的な事柄に煩わされず、自由意思で行動するアーティストとは根本的に異なる。
しかし、アーティストも作品を展示する際にはお金が必要だ。ここに二つの世界の接点が生まれる。
普段はけたたましくCFの音声が鳴り響く東京・渋谷のスクランブル交差点。先週、その喧騒が一時的に消え、心地よい空気が一帯を包み込んだ。フランスの現代美術家ソフィ・カルの作品が大型ビジョンで上映されたのだ。1週間にわたり毎晩午前12時から1時まで流されたのは、「Voir La Mer(海を見る)」と題された映像。これまで海を見たことがない人たちが初めて海を見る様子を記録したものだ。
このプロジェクトを実現させたのは創業から10余年、人材サービスなどを展開する日本の企業ビズリーチ。同社の名前は作品の上映中、大型ビジョンの上に掲示された。独自の美術館を所有するポーラや森ビル、三菱、ブリヂストンといった大手企業が長年アートをサポートしてきた例はあるが、この手のスポンサーシップは日本では珍しい。
キヤノンや富士フイルムといったカメラメーカーも新進写真家のスポンサーをするが、テクノロジーを応用して求人や転職のプロセス向上を図るビズリーチ(日本のリンクトインとも称される)と、カルやその作品群との間には明確な関連性がない。
日本や海外でカルのエージェントとして活動するギャラリー・ペロタンのアドバイザー、藤井光子氏はこのように話す。「日本の現代アートの市場はまだ未熟で、展示する場もごく限られている。カルは東京のアイコンであるスクランブル交差点で作品を展示したいと考えました。そこで彼女の作品を心から理解し、現代アートを美術館やギャラリーの外で見せることに意義を見出すスポンサーを探す必要があったのです」。
ビズリーチのチーフ・プロダクト・オフィサー兼チーフ・テクノロジー・オフィサーの竹内真氏は、アートの愛好家でコレクターでもある。このプロジェクトをサポートした制作会社NIONの共同設立者兼代表取締役の守屋貴行氏もしかり。竹内氏は「ビズリーチが強い関心を抱いているのは将来の社員候補生」といい、スポンサーシップを「アートへの投資」と呼ぶ。「我々はテクノロジーとデザイン、マーケティングの全てで高いレベルのスキルを持つ人材を求めています」。こうした人材は見つけるのが難しいが、アートやその収集に関心を持つ者が増えつつあるといい、「アートを媒介にしてリーチすることにしたのです」。
こうした取り組みは広告よりも「有機的」かつ魅力的にビズリーチの認知度を高める手段ともなる。「リーチする人々の数は問題ではありません。コミュニケーションの深さが問題なのです」と竹内氏。「我が社のことを少しだけ知っているような人たちに、『ビズリーチはこういう会社なのか』と思わせることができる。この種のイメージ転換は、アートによってのみ実現できます」。
同氏はスポンサーシップの額を明かさなかったが、「結果としてわずかなアポイントしか取れなくても、従来の求人メソッドよりずっと廉価だったということがゆくゆく証明されるでしょう」。更に、「認知度を上げるための典型的なCSR(企業の社会的責任)キャンペーンよりも費用がかかりません。CSRキャンペーンはほとんど価値を生みませんから」とも。今回のスポンサーシップはアクションを必要とせず、「ビズリーチはアートに価値を置き、働く環境としてもポジティブ、といった印象が広がってくれればいい」と竹内氏。
広告関連の仕事に長年従事しながらアーティスティックな取り組みに強い関心を抱く守屋氏は、「なかなか至難の業ですが、これを見た人に『なぜだか分からないけれど、この会社に好感が持てる』と感じてもらいたい」と話す。当初、このプロジェクトにスポンサーとして加われるとは思っていなかったという。
もしブランドがアートの愛好家にリーチしたければ、通常の展覧会のスポンサーをすればいいのではないか。だが今回のプロジェクトの目的は、「アートをギャラリーというスペースから開放し、人々を驚かして、少なくともビズリーチの考え方に触れてもらうこと」だと守屋氏。「アートはかしこまって鎮座しているもの、と思われるようになったのは残念です」。渋谷の喧騒の中で作品を展示することでその静謐さが際立ち、更に普段ギャラリーに行かないような層にもアピールできる。そういう点で、このプロジェクトはビズリーチとカル自身双方にとってマーケティング効果があるという。
「このプロジェクトの役割はファインアートを閉鎖的空間から開放し、生活や文化と融合させること」と竹内氏。
「今後もこうした取り組みを更に行っていくでしょう。我々はアートプロジェクトを立ち上げることができません。ですから我々がサポートできるようなプロジェクトがもっと増えてほしい」。そして「より多くのブランドが、アート作品とのコラボレーションで得られるメリットを認識するようになるでしょう」とも。「10年以内には、今回の投資は安いものだったと言えるようになるはずです」。
だが、課題を指摘する声もある。プロのミュージシャンからマネジメントコンサルタントに転じた松永エリック匡史氏は、「アートが企業活動をサポートするため、継続的に活用されるようになれば素晴らしい」と前置きしつつ、「正直、ほとんどの企業活動にアートへの愛情が感じられません」。
こうした取り組みで認知度やPR効果の向上を図っていくには、「日本の企業社会は真にクリエイティブな人々に対しもっとオープンになる必要がある」と同氏。「もしマネジメントにアートの感覚が必要だと真剣に考えるのであれば、経営陣にアーティストを加えるべきでしょう」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)