「サッカーのワールドカップ(W杯)同様、五輪には常に汚職がはびこってきた。昔からある疫病のようなものです」。こう話すのは、中国で企業詐欺・汚職の調査に長年携わってきた元PwC社員のピーター・ハンフリー氏だ。
「ガバナンスが弱く、汚職が蔓延してきた国では今も企業が政府に賄賂を渡し、公共事業やサービスを受注している。富裕な国々も同様のことをしています。発展途上国出身の国際オリンピック委員会(IOC)委員たちにお金をばらまき、五輪の開催権を買っている。今回の日本のケースを含め、過去のほとんどの大会でこうした行為が繰り返されてきたことは間違いありません」
東京は2013年、ライバルだったマドリッドやイスタンブールに勝って2020年大会の開催権を獲得した。だがその直後から不祥事が続発。東日本大震災や福島原発事故からの「復興五輪」という当初の謳い文句も、相次ぐ醜聞ですっかりかすんでしまった。
「国や企業による贈賄、またそうした疑惑もいざ大会が始まればすぐに忘れられてしまうもの。世間もメディアもアスリートたちの『栄光の物語』に関心が集中してしまいますから」。こう話すのは、豪・アイコンエージェンシーでレピュテーションディレクターを務めるマーク・フォーブス氏だ。「大抵の場合、世間の記憶は長く続かない。大掛かりな汚職事件であっても、時の経過とともに忘れられてしまいます」
今回の事件をそうさせないために、東京地検特捜部の真相解明への「熱意」は重要な鍵だ。電通、博報堂、ADK の3大広告代理店は談合で果たしてどのような役割を果たしたのか。そして捜査の継続は、言うまでもなく2030年冬季大会の開催を目指す札幌の招致活動に暗い影を落とす。
招致への影響
札幌にとってこれほど悪いタイミングでの醜聞発覚はないだろう。国内外では日本という国の公正性、五輪開催国としての適正性が傷つくという見方が広がっている。IOCは日本の捜査を注意深く見守るとし、「疑惑の全容解明に強い関心を持っている」との見解を示した。
女性蔑視発言で辞職した森喜朗元首相に代わって東京五輪・パラリンピック組織委員会会長を務めた橋本聖子氏は、談合疑惑が与える影響は「非常に厳しい」と懸念を表明。捜査が速やかに全容を解明することを期待し、「東京大会の意義と価値が問われている」とコメントした。
「日本のイメージは傷つきました」とフォーブス氏。「開催地決定のプロセスはもっと透明性を高めることが必要です。談合の発覚が世界に広まることで、オリンピックへの信用は傷つく。今回の疑惑に関わった人々には強い措置を取るべきでしょう。解任や、今後のスポーツイベント・政府事業への関与の禁止、これまでに得た賞や肩書きの剥奪……特に中心的役割を果たした人物には刑事罰も必要です。こうした措置が五輪文化の改革を象徴し、その証となる」
1972年に冬季大会を開催した札幌は、現段階で開催地候補の一番手だ。ライバル都市のソルトレイクシティは、「2028年ロサンゼルス五輪から1年半後に開かれる大会ではなく、2034年の冬季大会を目指すべき」と米国五輪・パラリンピック委員会から勧告を受けている。
だが、東京大会は汚職事件も発覚した。IOC委員で国際体操連盟会長を務める渡辺守成氏も、「今回の疑惑は札幌にとって大きなダメージ」と話す。
世界のメディアが調査報道に力を入れる中、スポーツを利用して不都合な事実を覆い隠す「スポーツウォッシング」は次第に困難になりつつある。だが仏・ESSECビジネススクールで経営実務を教えるゴータム・キヤワット教授は、「変革は期待できない」と話す。
「政治家とスポーツ、そして広告費が絡むとき、汚職は必ず起きる。しかしすぐに忘れられてしまうのが関係者にとって都合の良い面です。だからと言って汚職を見逃せと言っているわけではありません。ただ、今回の東京五輪の汚職は決してスケールの大きなものではない。マーケティングやスポーツ、政治の世界に身を置く人々は、巨大イベントにある程度の不正行為は付きものだと思っている。悲しい現実です」
また同氏は、五輪ホスト国としての日本への信頼性が揺らいでいるわけではないともいう。「東京大会の汚職は巨大ではないし、組織的でもない。国際サッカー連盟(FIFA)の汚職で動いた金額に比べれば、小さなさざ波程度です。もし今回のW杯カタール大会にまつわる人権・汚職問題が全て暴かれれば、どれほど大きい騒ぎになるのか見当もつきません」
そして、こうも付け加える。「五輪での汚職は電通にとってネガティブPRですが、日本の広告業界における独占的地位は変わらないでしょう」
フォーブス氏も、その点についてはほぼ同意見だ。
「電通の信用は傷つき、ビジネスにも影響が出る。だがそれも一時的なもので、長期的に見ればその地位は揺るがない。たとえ現役の社員が逮捕され、不正行為を社としてある程度認識していた証拠が出たとしても、逮捕者からは一定の距離を置いて組織を守っていくはずです」
今回の汚職や談合の構造的問題にメスを入れずとも、日本は果たして札幌五輪の開催権を得られるのか。そして世間は、やはりこうした問題をすぐに忘れてしまうのか。何とも予測し難しい問題だ。
(文:ニキータ・ミシュラ 翻訳・編集:水野龍哉)