「年齢差別」は、あまり議論として取り上げられない。例えば「ジェンダーの平等」といったテーマと比較すると、その違いはよく分かる。後者は既に議論の域を超え行動が求められるレベルだが、前者はいまだ公の場で語られず調査も十分ではない。多くのアジア諸国では「年齢の平等」が人権として受け入れられているものの、雇用に関する法令には含まれていないのが現状だ。
コンサルティング会社「コーモラントグループ」のマネージングパートナー、バリー・ラスティグ氏は、「50歳以上の人々が解雇されるケースをしょっちゅう見る」と言う。「この問題が公にならないのは、地道な昇進をしてきたごく一般の人々が対象となるケースが多いからです。だからこそ、悲劇的ですね」。
年配者がひと度解雇されると、現役に復帰することは容易ではない。10年にわたり日本やシンガポール、香港、中国などの広告界に人材を送り込んできたオプティアパートナーズのエグゼクティブリクルーター、タイロン・ジュリアーニ氏は「50歳以上の人々が再就職したケースは全体の2.7%にすぎない」と言う。「クライアントから『50歳以上の人材を探してほしい』と言われることはまったくありません。もちろん募集要項にそのように記載することはできませんが、リクルーター側へのメッセージは明快ですね」。
広告代理店はリクルーターを介すことで、「デジタルネイティブ世代が欲しい」「履歴書には写真と生年月日を」などと思いのままに若手人材を募集することができる。ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパンで人事担当アソシエイトディレクターを務めるジャイ・チャ氏は、「言ってはいけないと分かっていても、『40歳以上の人は要らない』とリクルーターには伝えています」と語る。
同氏によれば、過去4年間の採用者で最も年齢が高かったのは44歳。「50歳以上の人のためのポジションは我が社にはありません。日本には切実なジェネレーションギャップがある。若い社員たちにはそれで悩んで欲しくないので、年配者は採用しないようにしています」。
同氏のコメントは、他の広告代理店や人事担当者の回答 −− 表現の違いはあれ、多くは「年齢よりも適応性が重要」と答えた −− の中でも極めて率直なものだ。実際にそうなのかもしれないが、一方で年齢差別はジェンダーや人種差別に比べ証明が難しく、企業が防止に動いているようにも見受けられない。
今、シニアのプロフェッショナルたちの多くが広告界から突如去らねばならない危機に直面している。例えばDDBジャパンの代表取締役社長兼CEOを務めていた松井一正氏は、昨年1月、DDBが日本でのビジネスをBBDOと統合した際に失職。50代後半で自身のコンサルティング会社を設立、じきにソニーのコンサルタントとしての職を得た。「シニアがスキルや経験をもっと生かせるよう、リクルーターは国外も含めたクライアントや異業種企業とのマッチングを図るべきです」と話す。
「ソニーのように多くの企業は広告代理店の経験者を必要としています。だがヘッドハンターは、今も他の代理店に紹介するために代理店マンを探している。以前はそれで良かったのでしょうが、今は他の業界にも視野を広げていくべきです」
イメージが全て
ソニーのようなトップ企業が経験豊富な人材に価値を見出すのなら、広告代理店はなぜそうではないのか。
シニアの人々はテクノロジーへの理解がないと考えられており、それは時に正しい。よって代理店は、たとえテクノロジーとビジネス戦略を結びつける経験がなくとも若手の採用に熱心になる。だがより大きな理由は、彼ら自身の「自惚れ」かもしれない。
ラスティグ氏はこのように語る。「広告代理店では皆、クールで若く、外見の良いスタッフを欲しがっている。なぜかそれが、クリエイティブで優れていることの証だと思っているのです。極めて短絡的な思考ですね」。
豪州を例に挙げてみよう。豪州のメディア組合が行った最新調査によると、広告代理店に勤める社員の平均年齢は29歳。全体の48%は4年以下の経験しかなく、10年以上の経験者はわずか26%という結果が出た。「若手社員の倍の年齢、あるいはその会社の存続年数の倍近い年齢のシニア社員を抱えることは、彼らが発信する新鮮なメッセージと矛盾する、ということなのでしょう」とジュリアーニ氏。
こうした企業の姿勢は、新興市場であれば理解できるかもしれない。だが、日本のように長い歴史がある市場でも同じ現象が起きつつある。チャ氏は悪びれずにこう語る。「年を取った人々をはずすのは、クライアントのマーケティングエグゼクティブがどんどん若くなっているからです。パートナーとしての視点を考慮すれば、こちらも同じ年齢層の社員を揃える方が好ましい」。
もちろん、若手を雇用すればコストを低く抑えられるという利点もある。松井氏は、年配者を採用する際の最も大きな障壁として金銭面を挙げる。同氏はDDBのシニア社員たちの経験とネットワークを生かそうと「60プロジェクト」を立ち上げたが、頓挫してしまった。こうしたベテランたちを雇用するには、彼らの年棒の2.5倍規模の新規ビジネスを確保しなければならなかったからだ。
時代に取り残されない
50歳以上のシニアが、若者のように自然な感覚でソーシャルメディアやテクノロジーを使いこなせることは滅多にないだろう。企業もお金をかけてそうした技術を一から学ばせるようなことは、滅多にしない。
「広告代理店が行うトレーニングは非常にお粗末で、ワークショップもほとんど役に立ちません」とラスティグ氏。P&Gなどのように社員教育に投資をし、シニアスタッフに専門的講義を受けさせたり、MBAを取得させたりする方が「はるかに効果的です」。「社員の退職や新たな雇用にかかる経費を考えれば、スキルの向上に投資した方がより効率的なのです」。
シニア層の人々も、時代に取り残されたくなければ考え方を変えなければならない。今のまま管理職として生き残れると思ってはならないのだ。そのために松井氏は、「自己マーケティングをして得意分野を割り出すべきです。例えば特定の業界や国、政府との強固なネットワークがある、といったように」と語る。「同じような人はほかにあまりいない」という評価を引き出すことこそ強みなのに、「多くの人々は他者との違いをアピールする努力をしない」とも。
ジュリアーニ氏は、「シニアの応募者たちの自己アピールは非常に下手」と話す。ほとんどのリクルーターは基本的データを管理するトラッキングシステムを使っているのに、「彼らは5ページにも及ぶ長々とした職務経歴書や凝った履歴書を持参して、墓穴を掘っています」と言う。
改革の実現へ
年齢差別の悪影響は、個人レベルだけではなく業界全体にも及ぶ。1つは、現場にいる若手社員の離職を促すこと。つまり、上司からの指導を受けず能力以上のプロジェクトを任されると、燃え尽きてしまったり、クライアントに不満を抱かせたりという結果に終わる。また、シニア層をターゲットとしたプロジェクトでは同じ年齢層の社員の方が明らかに彼らの心理をよく理解できるだろう。更に、デジタルの出現で既存のメディアが消滅したわけではないこと。多くの市場でテレビはいまだに重要な収入源であり、この分野で長年働いてきた人材を簡単に切り捨てることは無理がある。
今の状況を変えるには、シニア社員と広告業界の双方が意識改革をすることだ。リクルーターや人事担当者たちは、「50歳以上の人々は自身の能力を特定し、求められている役割にそれが生かせるかを見極める。そして新しいテクノロジーやトレンドをできる限り吸収することが重要」と語る。これは、もうすぐ50代になる人々にとっても同様のこと。多くの人々は40代の時に楽をしたいと考えるが、それは大きな過ちなのだ。
代理店サイドにとって大切なのは、社内のシニア層の能力向上とその維持に努めること。これは決して「慈善行為」ではなく、あくまでも会社のためだ。真の多様性とはあらゆる能力を活用し、20代の社員にも納得のいく形で組織を運営していくことだろう。所詮、誰も若返ることなどできないのだから。
(文:オリビア・パーカー 翻訳:山口 理沙 編集:水野龍哉)
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