「ダイバースシ」は、ダイバーシティー(多様性)と寿司を組み合わせた造語だ。寿司の食べ方にヒントを得た、誰もが安心して楽しめる食事方法を表す。
視覚障がい者にとって、箸やフォークを使うことは常に不安感がつきまとう。「食器と口との距離感に戸惑う」「外食の際は、こぼさず綺麗に食べられているか不安」 −− こうした声は、健常者にはなかなか届きにくいだろう。
だが、手を使って一口で食べられる寿司なら安心して食事ができるという。ならば、こうした食べ方をフランス料理やイタリア料理、中華料理などに応用し、彼らが安心できる豊かな食体験を提供できないか。
このプロジェクトのきっかけとなったのは、メディアアーティストの落合陽一氏と社会起業家で視覚障がい者の成澤俊輔氏の対話からだった。「何を食べてもいいと言われたら、何を食べたいですか」と尋ねた落合氏に対し、成澤氏は「寿司」と答えた。その理由は、成澤氏が寿司を最も好むからではなく、手で直接摘む寿司が「最も食べやすい」からだった。
この2人を発起人として、「ダイバースシ・プロジェクト実行委員会」が発足。TBWA HAKUHODOもメンバーとして参画した。ゆくゆくは「ハラールやヴィーガン、コーシャ(ユダヤ教徒にとっての食事規定)のように世界中のレストランに導入されることを目指したい」(同社)。
第1弾の企画は、7月2日に東京都内で開催予定の食事会。事前に2回の試食会を開き、当日は4〜5品の料理を提供する予定という。腕を振るうのは11年連続でミシュランの星を獲得しているシェフの村山太一氏と、料理人の五十嵐美雪氏。
これに向けて、TBWA HAKUHODOではクラウドファンディングを実施している。期間は5月15日から6月16日まで。目標額は700万円で、媒体はクラウドファンディングサイト「READYFOR」。
Campaignの視点:
健常者には気付きにくい視覚障がい者の課題を解決し、彼らに豊かな食体験を味わってもらおう −− プロジェクトの企図は紛れもなく社会善であり、称賛されるべきものだ。だが、なぜクラウドファンディングなのか。
昨今、クラウドファンディングが安易に利用されている気がしてならない。起案者にとっては安全な資金調達法であるからこそ、なおさらそうした感は否めない。
もちろん、プロジェクトの趣旨に賛同してお金を提供する人々がいる限り、異論をはさむ余地はないだろう。だが、それらの事業は社会性や公益性の面において本当にクラウドファンディングに値するのか。資金を募る以前に、起案者は事業として成立させる努力を怠っていないのか。クラウドファンディングを呼びかけるプロジェクトには、こうした疑念を抱かざるを得ないものが少なくない。ダイバースシも、事業性を入念に検討した上での結論なのだろうか。
設定される目標金額も、往々にして透明性が高いとは言い難い。起案者は当然ながら、利益を考慮して金額を決める。ダイバースシの場合は700万円。料理の開発、食事会の開催に加え、継続的に全国で実施していくための準備費用というが、果たしてこれは妥当な金額なのか。
障がい者のサポートを目的としたユニークで稀少な取り組みだけに、TBWA HAKUHODOはこうした懸念点を明確にし、確固とした信頼性を築いてもらいたい。
(文:水野龍哉)