昨年に引き続き、コロナ禍が世界を覆った2021年。ブランドは消費者の購買意欲をかき立てようと様々なアプローチを試みた。そんななか、危機管理に直面し、戦略を誤ったブランドも少なくない。
フードパンダ:「醜聞」も迅速にデリバリー
今年も多くの国々で外食制限が施行され、このフードデリバリーブランドが存在感を示したことは間違いない。だが、タイではたった1本の投稿が大きなダメージをもたらした。
反政府デモが盛んだった今年7月、同社の配達員とおぼしき人物がワチランコロン国王の写真に火をつける姿が映像に捉えられた。同社はこの配達員を即座に解雇する、とソーシャルメディアに投稿。ところがデモ擁護派を中心に抗議が殺到、ボイコットの動きにまで。同社は公式に謝罪せざるを得ず、浅慮なコミュニケーション対応が露呈した。
10月には、「ボリウッド」をテーマにした広告動画を公開。ところが、インドの伝統衣装を着て登場したのはほとんどがマレー系の役者だった。折しもヒンドゥー教の祝祭「ディパバリ」の時期に当たり、同社は「フェスティバルとはまったく関係がない」と弁明に追われた。
だが、この広告でマレーシアでは「文化論争」が勃発。「マレーシア人がインド文化を盗用している」「インド系マレーシア人を抹消しようとしている」といった声がソーシャルメディアで飛び交った。動画を擁護する声も一部にあったが、同社がまいたトラブルの種は取り返しのつかないものとなった。
ビタソイ(豆乳ブランド):見通せない「ソイ」リューション
依然として緊張状態が続く香港。市民と中国政府との間でいかに適切な立ち位置を取るか −− 企業にとってこれほどの難題はないだろう。
7月、香港の豆乳飲料大手ビタソイの従業員が警察官を襲撃、刺傷を負わせ、その後自殺を遂げるという事件が起きた。同社がこの従業員の家族に弔意を表したとされる内部文書が流出すると、中国のソーシャルメディアユーザーは激怒、インフルエンサーやブランドアンバサダーは同社との契約を破棄した。すると同社は一転、警察の捜査を支持する姿勢を表明した。
それからひと月後には、同社が全従業員に個人データ処理に関する同意書に署名するよう求めたという報道が流れた。データには過去の職歴や社会的組織・団体との関連性、家族に関する情報などが含まれる。将来的に法執行機関からの要請があれば、同社はこれらの情報を開示できるという仕掛けだ。当然ながら、リンクトインなどのソーシャルメディアではこの動きを懸念する声が。その中には同社の役員も含まれていた。
ピンデュオデュオ:利便性の「致命的コスト」
中国のeコマース企業ピンデュオデュオで今年1月に起きた従業員の過労死騒動。ソーシャルメディアには同社の劣悪な労働環境を非難する声が殺到し、中国のテック業界で常態化している長時間労働を是正しようという気運が高まった。にもかかわらず、同社は死亡した従業員の家族に哀悼の意を表しただけで、労働環境に関する言及は一切なし。その対応は極めてお粗末なものだった。
この事件から1週間後、今度は同社で半年間働いていたエンジニアが自殺。このエンジニアは自殺の前日に休みを取りたいと会社に連絡をしてきたが、理由は告げなかったという。この後、社内ではカウンセリングサービスの提供を始めたと伝えられている。
またこの件とは別に、救急車でオフィスから搬送される従業員の写真を、別の従業員がソーシャルメディアに投稿。「もう1人の勇者が倒れた」と綴られたこの投稿は一気に拡散、この従業員は解雇された。同社は声明で、「我が社の信用を貶めるため、真偽が定かでない映像を撮り、匿名で公開した疑いが強い」とコメント。いずれにせよ、同社は事の重大性をまったく認識せず、事件に対する悔恨の念も、犠牲者に寄り添う姿勢も示すことはなかった。
クラブハウス:コロナ禍の「栄枯天変」
音声SNSアプリ「クラブハウス」の場合、信用の低下というより人気の凋落、と表現した方が妥当かもしれない。テスラのイーロン・マスク氏が討論のホストを務めていた頃は大きなブームとなったが、その後は鳴りを潜め、コロナ禍ならではの栄枯転変を経験した。
広告主は一時(正確には2月初旬)、このツールを「急速な成長を遂げている」「極めて魅力的」と褒めそやし、多くのエージェンシーはその全容を把握しようと血眼になった。だが、それから数カ月後にはすっかり人気が下火に。その要因はいくつか挙げられる。アンドロイドによる起動の遅さ、「完全招待制」という閉鎖性、様々な需要に応える対応力の欠如、プライバシーへの懸念……などなど。
経済誌フォーブスは、「人気があるときには楽しいアプリだった」と論評。クラブハウスにとっては寂しい限りの年末となった。
メタ:バーチャル3Dで「ヘイトスピーチ」を
醜聞、ブランド危機、米国議会での公聴会……今年、絶え間なく「防戦」に追われたメタ(旧フェイスブック)はネガティブな話題に事欠かなかった。中でも大きな波紋を呼んだのは、元従業員のフランシス・ホーゲン氏による内部告発。同社のサービスが意図的に子どもたちの自尊心を傷つけ、人身売買を助長していると公に訴えた。
こうした深刻な危機への対応に追われるなか、同社は社名を「メタ」に変更するリブランディングを発表。コミュニケーション戦略を完全に見誤った。同社ブランドマネージャーはメディアに対し「社名変更は以前から考えていた」などとコメント、多くのブランドの失笑を買った。
今月には、米英に滞在するロヒンギャ難民が同社を相手取って集団提訴。彼らに対するヘイトスピーチを放置し、暴力を扇動したとして1500億米ドルの損害賠償を求めている。ミャンマーでは2017年、軍による迫害で2万5000人のロヒンギャ族が殺害されたと言われる。
世界で最も物議を醸すブランドの1つであるメタにとって、今年は「いつも通りの1年」だったということだろう。
(文:サレハ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)