Daniel Langer
2023年1月27日

高級ブランドにとって、値下げは成長の甘い罠

テスラによる、最近の値下げの動きは賢明とはいえない。こうした短期的な利益には代償がつきものだからだ。そして、大抵の場合、その代償はブランドが支払うことになる。

高級ブランドにとって、値下げは成長の甘い罠

ニューヨーク・タイムズの記事「テスラ、大幅な値下げで需要喚起へ」では、今回の価格改定よって、米国連邦税の控除の対象となる同社製電気自動車(EV)が増加することになると説明している。また、この値下げは、競争激化に伴う同社製EVへの需要鈍化に対処することも意図されているという。しかしその間も、テスラのイーロン・マスクCEOは、同社の大株主たちが声高に訴えているように、先般買収したツイッターの舵取りばかりに気を取られているようだ。

(この大幅な値下げが最初に実施された)中国と同様に米国でも、テスラを購入した顧客らは激怒し、値下げの数日前から払い過ぎた分を補償するよう要求しはじめた。この値下げに対する大方の見方は、自らを従来の自動車とは一線を画す存在として位置づけ、特に価格の透明性を謳い、値引きをしないことを特徴としてきた(はずの)ブランドによる、これは背信行為ではないかというものだ。

筆者は、ブランドエクイティ(ブランドの資産的価値)の評価モデルを共同開発し、近くハーバード・ビジネス・レビュー誌を通じて発表する予定だが、ブランドエクイティ下落の主な要因は価格の変動だ。価格変動が一定以上になると、ブランドは回復が困難なほど激しい資産価値の喪失を引き起こす。それゆえ筆者は、値下げを「成長の甘い罠」と呼んでいる。

テスラのような企業にとって、値下げで需要を喚起することは魅力的に映るのかもしれない。しかし、そうした企業の多くが過小評価しているのは、このような行為が、ブランドに寄せる顧客の信頼をいかに毀損するかということだ。そして、一度悪化した信頼を回復することは、不可能ではないにせよ、非常に難しい。ブランドが安易に値下げを行うと、信頼への影響は多方面へと及ぶのだ。

第1に、特に高級品における値下げは、ブランドが当初約束していたよりも低い価値を、顧客に提供していたというシグナルになる。したがって、既存の顧客は不満を抱き、往々にして以前の購入品や企業との関係を考え直すことになる。ブランドの支持者が一度不満を覚えると、怒れるアンチブランド派へとあっさり転向してしまうこともある。そして、ブランドへの支持と口コミは、新規顧客の獲得において非常に重要であり、既存の顧客層をないがしろにするのは決して良いアイデアではない。

例えば、スイスの高級時計ブランド上位10社に入る某メーカーに関する次のエピソードが参考になるだろう。そのブランドは数年前、米国での時計価格を大幅に引き下げた。当初約1万6000ドル(約210万円)だった時計が、一気に約1万3000ドル(約170万円)に値下げされたのだ。それによって既存の顧客は激怒した。多くの人が騙されたと感じ、ブランドを信頼も評価もしなくなった。その結果、元の価格をまったく問題にしていなかった、最も優良で忠実な顧客まで失うこととなった。この値下げによって、失われた売上高が補われることはなく、さらに悪いことに、収益性も著しく低下した。狙いは「楽な成長」だったはずなのに、結果は惨憺たるものになった。

第2に、ブランドは値下げによって、低価格帯のライバルたちとの競争を余儀なくされるということだ。競合相手は、より良いコスト構造を築き上げており、さらなる値下げで対抗してくるかもしれない。その結果が、勝者不在の満身創痍の値下げ合戦であれ、さらに多くの競合を巻き込んだ、価格敏感層を取り込むためのインセンティブ競争の混戦であれ、将来の競争力と収益構造に重大な影響を及ぼすことは避けられない。

フィットネスバイク「ペロトン」の頻繁な値下げもブランドを毀損した。写真:Peloton

第3に、前述のように、ブランドエクイティへの影響があまりにも大きすぎる場合、新規顧客の獲得もままならないほどの、回復不能の限界点を超えてしまうリスクがあるということだ。コネクテッドフィットネス機器とオンデマンドレッスンを手がける米国メーカーのペロトンが経験した問題は、ほぼ1年にわたり行われた価格プロモーションと継続的な値下げにより著しく悪化したと、以前、筆者は書いたことがある。かつては憧れの運動器具ブランドだったペロトンも、ほぼ毎月のように、最大600ドル(約7万8000円)、30%近くの値引きを連発しているうちに、コモディティ商品のひとつとなってしまった。

筆者が属するエクイト(Equite)が世界中で関与している高級品の価格設定プロジェクトでは、値下げをすることによって、収益性とブランドエクイティを維持しながら長期的にブランド販売を伸ばすことができた事例は一度も見たことがない。つまり、短期的な利益には必ず代償が伴うということだ。そしてその代償は、大抵の場合ブランドが支払うことになる。

企業は、価格改定の前に綿密なブランド調査を行い、需要が減退している根本原因を把握する必要がある。テスラの場合も、いくつかの要因がある。例えば、ブランドの普及に伴って給電ステーションが混雑し、運転体験に悪影響を及ぼしていることや、「モデルS」や「モデルX」といった古いモデルのデザインがほぼ変わっておらず、メルセデスやポルシェ、起亜自動車(KIA)など、増え続けるライバルたちとの競争に遅れをとっていること。また、サービスセンターで予約を入れようとしても、往々にして信じられないほど先まで待たされることや、(顧客がアプリを通じたコミュニケーションを強いられるため)人間らしい交流を欠いていることなどだ。同社の「ロードスター」や「サイバートラック」など、発表された新モデルの納期がことごとく延期され、早期予約に前向きだった顧客たちが離脱していることも要因のひとつだ。他にもまだ原因はありそうだ。

ブランドが、需要減退の根本原因を無視して、値下げに依存しようとするなら、既存の問題はさらに悪化するだけだ。必要な対策が遅れ、収益性の低下が将来の競争力をいっそう低下させることになる。最優良の顧客がないがしろにされ、ブランドエクイティは地に堕ちる。だから、高級ブランドにとって、値下げは「成長の甘い罠」なのだ。にもかかわらず、値下げを連発し、ブランド毀損を招いているケースがいまだ散見される。どうかこの罠にはまることがないようにしてほしい。


ダニエル・ランガー氏は、ラグジュアリー、ライフスタイルおよび消費者ブランド戦略を手がけるエクイトのCEO。カリフォルニア州マリブのペパーダイン大学で上級教授(ラグジュアリー戦略および価格設定)も務めている。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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