Staff Reporters
2022年3月10日

エージェンシー・レポートカード2021:電通

一昨年の困難な状況から脱したかのように見える電通。だが傘下のエージェンシーブランド統合による混乱は収まらず、アジア太平洋地域(APAC)の業績回復は微増にとどまった。

エージェンシー・レポートカード2021:電通

コロナ禍の悪夢も徐々に消え、広告費が再び増加した2021年、電通グループの業績はその牙城である日本、そしてAPACで回復傾向を示した。だが、巨大企業・電通再生の舞台裏ではいくつもの「ドラマ」が繰り広げられた。日本ではCEOが交代し、年末にはAPACの責任者が退任。また、インドをはじめとする主要市場でも多くの経営陣が入れ替わった。

このエージェンシー・レポートカードはカラ(Carat)、Dentsu X、アイプロスペクト、アイソバーといった電通グループ傘下のメディアエージェンシーを別個に取り上げている。従って本稿では特にクリエイティブ面、ひいては電通マクギャリーボウエン(以下、電通MB)と電通の日本国内における実績に焦点を当てる。電通は160から成る傘下のインターナショナルブランドを6つの主要ブランドに統合する計画を進めており、電通MBはその柱の1つだ。2021年、グループの業績は改善し、調整後営業利益は前年比44%増となった。だが、APACにおけるビジネスは依然改善の余地が大きい。

カテゴリー 2021 2020
業績 C+ C+
イノベーション C+ C+
DEI&サステナビリティー C+ C+
クリエイティビティー&エフェクティブネス B B-
マネジメント C+ C+
評価基準について

業績 (C+)

Campaign Asia-Pacificからの質問状に対する電通の回答は控えめで、業績面に関する詳細な言及はほとんどなし。よって我々は同社の決算報告をもとに分析を行った。グループの2021年度連結業績は売上総利益(為替影響排除ベース)が前年比16.9%増で9765億円、調整後営業利益は44%増だった。オーガニック成長率は13.1%で、2019年の水準を突破。数字の上では素晴らしい結果だが、2019年が電通にとって特に輝かしい年ではなかったことも付記しておく。

昨年の日本における売上総利益は全体の43%を占め、オーガニック成長率も17.9%と過去最高を記録。メディア全般への広告支出増加が好結果を招いた。昨年10月末にはインターネット広告大手セプテーニグループの株式を追加取得、資本業務提携を深化させると発表。電通デジタルをセプテーニの完全子会社とし、デジタルマーケティング分野の強化を図る。

対照的に、日本を除くAPACにおける業績は世界4地域(米州、欧州・中東・アフリカ、日本)の中で最低だった。オーガニック成長率は4.7%で、中国は売上総利益が2%減。インドやタイも減少した。唯一好業績だったのは経営陣を刷新したオーストラリアで、第4四半期(10-12月)のオーガニック成長率は20%を超え、昨年度累計で12.1%。シンガポールとインドネシアもそれぞれ24%、20.8%と高い成長率を示した。

それでも『ニュービジネスリーグ』(コンサルティング会社R3の調査報告書)におけるランキングは年間を通して下がり続けた。2020年12月に4位だったのが、昨年8月には5位、11月8位、12月10位と徐々に下降。だが、経営陣は2021年が「力強い業績回復の年だった」と断言する。引き合いに出すのは、スタンダードチャータード銀行やマニュライフ生命のグローバルキャンペーンなど、APACで100を超す新規事業を獲得したことだ。一方、日本では東京五輪の遅延や縮小化は大きなダメージにならず、国内では不動の地位を堅持した。

新規のクライアント名は公表できないが、ピッチの獲得率は60%以上。同社スポークスパーソンは「新規クライアントとの事業は昨年著しく増加し、主要クライアントも維持した」と語る。だが、ユナイテッド航空がクライアントリストから外れたことも事実だ。

イノベーション (C+)

電通のイノベーションには2つの側面がある。日本での業績はこれまで通り堅調だったが、APACは低調。その要因は、APACで初歩的なイノベーションに傾注したことにある。逆に、日本では最新のビジネスイノベーションを積極的に活用。例えば、大規模な対面イベントをバーチャルなものに変えるVR(仮想現実)アプリの開発。金融ビッグデータを活用する広告・マーケティング事業のジョイントベンチャー設立(三井住友銀行と共同出資)。新規事業の「創造支援」を行うドリームインキュベータ社とは、サステナビリティーと事業成長を両立させる『カーボンニュートラル・トランスフォーメーション・プログラム』を立ち上げた。傘下のゲーム会社への投資も強化し、ジェネレーションZをターゲットにスポーツプラットフォームを運営する米国のオーバータイム社にも出資した。

対照的に、APACではこうした最新イノベーションの活用や意欲的投資は比較的少なく、主だった取り組みは漸進的なイノベーションにとどまった。電通MBが手がけたプロダクションプラットフォーム『Content Symphony』には世界で30以上の制作スタジオが加わり、世界の大手金融コングロマリット2社を含めた60のクライアントが活用。電通インターナショナルのAPACクリエイティブ担当CEOフィル・エイドリアン氏は、「このプラットフォームによって、クライアントに対しオンデマンドの指定広告代理店のような役割を果たせている」と話す。また、人材養成プログラム『Creative Academy』では120のコースを設け、450を超える業界向けサイトやブログを発信。プログラムの目的は、専門性を持ちつつ知見が広く、組織内の様々な部署で仕事をこなせる「T型人材」の育成だ。

DEI&サステナビリティー (C+)

電通グループは全てのエージェンシーがDEIとサステナビリティーに注力する。APACにおける多様性と平等性、包摂性の向上を目指し、チーフエクイティーオフィサーとしてラシュミ・ビクラム氏を任命。昨年は、現・電通インターナショナルAPACチーフクリエイティブオフィサー(CCO)、マーリー・ハイミー氏主導のもと3つの主要プログラムを考案した。1)『Women From Home』:在宅勤務を行う女性に関する様々な調査 2)『Common Ground』:共通の興味を持つ従業員同士がインタラクトできるオンラインプラットフォーム 3)『Sound Mind』:5月と6月をメンタルヘルスへの認知度の強化月間とし、様々な従業員から「信頼性と脆弱性」をテーマにストーリーを聴取、といった内容だ。APACでは2025年までに管理職のジェンダー平等を掲げ、すでに女性管理職の比率は46.5%に達した。グローバルな取り組みでは、DEI推進のための大規模育成プログラムを開始。初回は900名の上級管理職を対象に、「包摂的リーダーシップ」について学ぶ機会を設けた。今年もさらなるプログラムが予定されている。

日本ではさらなる取り組みが望まれる。まずはジェンダーバランスだ。女性従業員数は全体の35.6%で、終身雇用制度を実直に守り続ける社の方針がジェンダー平等を困難なものにしている。秀逸な取り組みとしては、障がい者の雇用機会を促進する、電通ジャパンネットワークの特例子会社「電通そらり」だろう。従業員106名のうち障がい者は80名。だが、そらりは決して新しい試みではない。この業界では国内外のエージェンシーがより先進的な取り組みを行い、有能な人材にアプローチする。そうしたなか、電通のDEI対策には落胆を禁じ得ない。

電通グループが業界でリーダーシップを発揮している分野はサステナビリティーだ。2019年にはサステナビリティーの戦略・目標を協議する「ソーシャルインパクト運営委員会(Social Impact Steering Committee)」を発足させ、電通インターナショナルCEOのウェンディ・クラーク氏が議長に就任。チーフサステナビリティーオフィサーのアンナ・ラングリー氏など、各地域の経営陣が参加する。主たる目標は2040年までのネットゼロ達成だ。キャンペーンを通じ、2030年までに世界10億の人々を啓発し、10万人の若者を優れたデジタル市民にするサポートを行う。「サイエンス・ベースド・ターゲッツ・イニシアティブ(Science Based Targets Initiative)」によると、ネットゼロの検証を具体的に推進する企業は7社のみで、電通はそのうちの1社。さらに「電通サステナブル・ビジネス・ソリューション」の提供も開始、データやクリエイティビティー、ヒト中心のデザイン、デジタルといった領域でのサステナビリティー向上を目指す。

クリエイティビティー&エフェクティブネス (B)

電通MBはAPACでいくつかの優れたキャンペーンを手がけ、クリエイティブ面の強さを発揮した。特筆すべきは、台湾・不動産大手シンイ・リアルティ(Sinyi Realty、信義房屋)のために制作したキャンペーン『In Love We Trust』。昨年のカンヌライオンズではグランプリを受賞した。このショートフィルムは結婚に怖気づき、家の購入をためらう台湾の若いカップルを鼓舞する内容。公開から1週間で視聴回数は400万ビューに達し、「いいね!」の数は1400万、同社が発信するソーシャルメディアのフォロワーは5倍になった。また、東京の電通は江崎グリコのキャンペーン『ポッキー・ザ・ギフト』でカンヌのゴールドを受賞。同社と電通ウェブチャトニー・ムンバイは合わせて6個のシルバーと7個のブロンズを受賞した。

インドでは2つの作品が際立つ。1つはヴァイス・メディアの『8 Bit Journo』(上、動画)。インド政府による通信遮断と報道規制で一切の情報を得られなくなったカシミール地方の市民に向け、電通はヴァイスと共にピクセルアートを駆使し、テキストメッセージによるニュースを送り続けた。このニュースは120万のカシミール人に届けられ、購読率は86%を記録。規制が解除になるまで947本のニュースを発信した。

また、フェイスブックのために制作したキャンペーン『Pooja Didi(プージャー・ディディ)』は1億2500万ビューの視聴回数を獲得。コロナ禍で職を失った人たちが、インド最大級の祭り「ディワリ」を契機に希望を見出すストーリーだ。さらに香港では、性暴力の実態 −− 夫婦間の合意のないセックスを含む −− を生々しく描いたキャンペーンを昨年4月にスタート。ハッシュタグ「#Oneinseven(7人に1人)」は性暴力の被害にあった香港女性の割合を示す。

日本では仙台うみの杜水族館のキャンペーンが秀逸だった。プラスティックごみによる海洋汚染に焦点を当て、葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』など、海をテーマにした世界的名画を2050年の視点から再現。この問題を放置すると未来の海がどうなるかを視覚的に訴えた。エキシビションには開催初日から10日間で3万人が来場、世界的な環境課題への認識を高めた。

マネジメント (C+)

毎年、このレポートカードは電通グループの日本国内外における業績に焦点を当てるので、全体としてのパフォーマンスを明確に把握することは難しい。2020年という苦難の年を経て、昨年は国内の業績が好調 −− 少なくとも数字上は −− だった一方、APECでは多くの課題を抱えつつ、回復に向けゆっくりと歩み始めた状態だった。新たなクリエイティブ責任者となったエイドリアン氏の下、豪州などいくつかの市場では力強い成長を遂げたが、経営陣が一新されたインドのような主要市場のマイナス成長は悩みの種。ピッチでは多くのグローバルレベルの契約を成立させ、APACの主要クライアントは大幅に入れ替わった。だが豪州と中国以外の市場、特に東南アジアでは目立った動きはなかった。

それでも、「従業員の離職率は5%以上減少した」と多くの経営陣は語る。人材の争奪戦が激しい業界で、この数字は称賛に値する。現在、電通MBは25カ国に38のオフィスを構えている。

延々と続く経営陣の再編は、昨年も終わることはなかった。電通MBの共同グローバルプレジデントに就任したハイミー氏は、その後電通インターナショナルAPACのCCOに。また、エイドリアン氏も同社APACクリエイティブ担当CEOとなり、クリエイティブ面の重責を担う。

こうした人事が行われる前、2020年末から2021年初めにかけて電通インターナショナルは厳しい現実に直面した。2019年比で13億ドル増となったグループの営業損失を埋め合わせるため、世界で6000人の従業員の削減を発表。さらなる立て直しのため、昨年はほぼ1年を通じて経営陣の再編を図った。1月には、2年間で3人目となる電通チャイナCEOにデリク・ウォン氏をオムニコムメディアグループから抜擢。2月にはマレーシアCEOにキエン・エン・タン氏を、CCOにクナル・ロイ氏を任命。さらに11月には日本の電通CCOに佐々木康晴氏を、電通インターナショナルのグローバルCCOにフレッド・レブロン氏を任命した。

少なくともこの3年間、経営陣はめまぐるしく変化し、現在は小康状態と言える。しかし電通は今も傘下のエージェンシーの統合を計画中だ。今後も経営陣の刷新や配置転換は避けられないだろう。

日本での業務は、従来通り大きな変化はない。APACでも取引のキャンセルは今のところ起きていない。繰り返し述べるように、昨年の業績が比較的順調だったなか、突出した実績を上げたのは電通デジタルだった。日本では国内エージェンシーとの競争が激化したが、経営陣は電通の地位を安泰と見る。それでも将来を見据え、デジタル面の強化で変革を志す。注力するのはAX(広告の高度化・効率化)、BX(事業変革)、CX(カスタマーエクスペリエンスの変革)、DX(マーケティング基盤の変革)の4つの領域だ。日本発のイノベーションやキャンペーンは素晴らしいが、DEIの改善が進まない限り、こうした変革も順調には行かないだろう。

事業概要に関する回答はなし。

ROI(投資利益率)を向上させるAX(広告の高度化・効率化)
クライアントの持続可能な成長を実現するBX(事業変革)
事業変革を導き出すCX(カスタマーエクスペリエンス変革)デザイン
データベース活用のプランニングと開発、運営によるDX(マーケティング基盤の変革)

味の素
アメリカン・エキスプレス
アサヒビール
キヤノン
ディズニー
ザ・ハーシー・カンパニー
資生堂
ザ・コカ・コーラカンパニー
トヨタ自動車

*電通は主要クライアントを公表していない。
Campaignは公的情報源からの資料をもとにリストを作成した
 

B+: 2021年を通じて、弊社は循環的な景気回復の恩恵を受けました。2022年以降はカスタマーエクスペリエンスとテクノロジーの分野で、構造的変革と成長を実現していきたいと考えます。

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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