David Blecken
2019年4月04日

JAL 売上倍増を狙う新マーケティング戦略

グローバルマーケティング部を新設した日本航空(JAL)。ブランドの一貫性とサービスイノベーションの更なる強化に乗り出す。

成田空港の日本航空機(写真:Shutterstock)
成田空港の日本航空機(写真:Shutterstock)

この4月からスタートしたJALのグローバルマーケティング部は、東京を初めシンガポール、上海、ロンドン、ロサンゼルスに拠点を置く。JALのような一流ブランドにこれまでマーケティング統括の部署がなかったことは意外の感を受けるが、各部署の意思疎通がほとんどなく、バラバラにマーケティングを行ってきたことは日本の巨大企業の象徴的な側面だろう。

グローバルマーケティング部の使命は、まさしくこの問題を解消することにある。そして、明確な売上目標を達成することだ。JALは2027年までに海外での売上高を(2017年比で)倍増する目標を立てている。

「かなり困難な目標であることは間違いありません」と話すのは、同部部長の光益彰氏。「売上を簡単に倍増できるのなら、もう実現できていたはず。単に数字を増やすだけではなく、収益性も維持しなければならない。それゆえ、マーケティングの手法を再考する必要があったのです。これまでは各部署の連携ができておらず、サイロ化状態でした」。

同部が管理する予算額については、「これから試行錯誤を繰り返していかねばならないので、具体的な数字はまだ」と言及を避ける。広告やソーシャルメディア、ソーシャルリスニング、PRなどが同部の管轄となる。「我々は多くのPRの機会を逃している。消費者に伝えるべきたくさんの長所があるにもかかわらず、海外には正確に伝わっていないのです」。

光益彰氏

マーケティングを通してどのような課題が解決できるのか、それを把握するために同部は営業部に併設される。「マーケティングはそれ自体が目的ではない、と常々考えています。『成果』であってはならず、成果を出すための手段でなければならない。それぞれの市場がいかに異なり、どのような課題があるのか把握することが肝心。そうすることで、問題解決に向けマーケティングをより効果的に活用できます」。

光益氏は「課題」という言葉を頻繁に使う。経営コンサルタントは往々にして「企業内の課題ではなく改善に目を向けるべき」と言うが、こうした意見には反対だ。「企業の中には多くの問題がある。一つがその企業に対する自社の見方と市場の見方、現実の姿との乖離です。企業内では社員は良いニュースだけを上申し、悪いニュースを隠してしまう傾向がありますから」。

「今後はスタッフを厳しく問い詰めていく」という同氏。二つめの課題は、「JALが迅速に進化を遂げているか、ということ。ウィークポイントを理解するには謙虚な姿勢が必要です」。

改めてマーケティング責任者となった光益氏は、JALで長年さまざまな経験を培ってきた。30年以上にわたり、予約、経営計画、監査、顧客体験など数多くの業務を担当。香港で育った時期もある関係から、北京やシンガポールにも赴任した。日本の大企業だからこそと言えるこうした多彩な経歴は、現在の職務を客観的に捉える上で有用だろう。マーケター一筋に歩んできた者にとってはなかなか持ち得ない感覚だ。

航空業界ひと筋で生きてきた同氏がアピールしたいと考えるのは、JALの「人間性」。利用客に旅行を促す企画の考案や、商品・サービスの向上などもその対象だ。そのプロトタイプが、身体障がい者のためのスキーツアーや認知症の人々を対象としたツアー、機内でペットと一緒に過ごせるチャーター便の手配など。「マーケティングの枠を超え、旅行経験の全体像を俯瞰していく。我々がどのようにお客様と関われるかということに注力しています」。

ひと口に顧客体験と言っても多くの定義があり、その意味は漠然としている。光益氏曰く、利用客の「ストレスを取り除き、喜びを創出すること」。そのために必要なのは細部への配慮だ。例えば、「お客様はセルフチェックインの際、後ろに行列ができることを好みません。こうした仔細な事柄はたくさんあり、我々はそれらをどうやって除去していくか答えを見つけねばならない。スタッフにも自主性を与え、もっと積極的に行動できるようにします」。

そのための取り組みが、異なるシステムの大量の顧客データを統合し、最前線にいるスタッフにリアルタイムで送ること。だがこうした情報の活用は更なる難題だという。「情報をどんどん送るのは簡単なのですが、果たして彼らがそれを斟酌する時間があるのか、という課題があります」。

そこで同様に大切なのが、行動規範に関する共通認識だ。今、多くの企業が切望するパーソナライズ化されたサービスは確かに大きな効果をもたらすだろう。だが、いつ誰にとってもふさわしいものではない。「テクノロジーと人間的側面のバランスは取っていかねばならない。サービス業に関わる企業にとって、極めて重要なことです」。

昨年展開されたグローバルブランディングキャンペーン「On the dot(時間に正確な、の意」は、特に人間性がテーマではなかった。飛行機の発着時間の正確さはアピールしたが、他の点についてはほとんど触れずじまい。だが光益氏曰く、「時間の正確さではなく、サービスのきめ細かさに光を当てたもの」。「シンガポール航空のファーストクラスのベッドやキャセイパシフィック航空の豪華なラウンジと同じように、我が社にとってサービスのきめ細かさは極めて重要なブランド資産です」。それでも、「今年のキャンペーンは変更する予定」とか。

JALはブランドとして、既に海外でも名声を確立したと言えるだろう。それは2010年の倒産からの復活を意味する。航空業界に詳しいニューヨークのある観測筋は、「ブランド認知という点ではJALの方が全日空(ANA)よりも有利。ANAの特徴は何かと問われても、外国人は答えに窮する」と話す。だが、JALの認知度の高さは一貫したブランディングへの取り組みによるものではないだろう。この観測筋は、「JALも含め、多くの日本企業はグローバルキャンペーンに慣れていない」ともいう。

航空業界以外で評価するブランドとして、光益氏はパテックフィリップ、マクドナルド、ティファニーを挙げる。パテックフィリップには「感性を突き動かす力」があり、後の2社は「一瞬で識別できる」。「JALのロゴマークである鶴も同じ。この一貫性を継続していくことがメリットとなる。グローバルマーケティング部もおそらくこの点に注力していきます」。

ANA同様、JALも2020年東京五輪・パラリンピック大会のオフィシャルパートナーだ。そして1964年大会時のように、聖火の空輸を実現させようと手を尽くす。光益氏が関心を抱くのも、「レガシーを継承しつつ、今後何十年にもわたって続いていく企画」。まだその具体案はないが、身体障がい者や知的障がい者向けの旅行商品の更なる充実化に熱意を持つ。また、「日本各地の知られざる魅力を紹介することもビジネスチャンスだと思います」。

JALの将来像は、トヨタ自動車やパナソニックといった有名企業のように「リテーラー」、もしくは「旅行体験を向上させるプラットフォーマーになることが理想」。「航空会社も目を覚まし、もっと積極的にたくさんの選択肢を作っていく時代なのです」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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