常に耳を傾けて行動し、時にはカルチャーの一部となることが求められる、今どきのブランド。「ブランドには社会を良くする力がある」と、全世界の消費者(の少なくとも一部)が信じているとする調査結果もある。もちろん、一つのブランドが単体で世界を救うことを期待している訳ではないが、なかなか話題として取り上げられてこなかったコミュニティーをブランドが支援することは、理に適っているようだ。ブランドの多大なるサポートのおかげでムーブメントは(それが何であれ)盛り上がり、消費者はブランドの好意に敬意を表して、その製品を多く買う……と、こうなるはずである。
しかし、必ずしもそうとはならないのが悲しいところ。マレンロウ・グループ・ジャパンのプランナー、マイク・スンダ氏が「Tokyo 20XX」というプロジェクトを立ち上げた理由もそこにある。「カルチュラルインサイトの専門」と銘打つこのプロジェクトは、東京にあるさまざまなコミュニティーやサブカルチャーについて現実的な視点を提供し、その領域での活動を検討するブランドに微妙なニュアンスを理解してもらうことが目的だ。
Tokyo 20XXは7月、短編ドキュメンタリー3本のリリースと共にローンチされた。ドキュメンタリーでは、クラブ、ストリート系スポーツ、LGBTQ(性的少数者)といった、特有の課題を抱えるコミュニティーを取り上げ、渋谷の現状を切り取った。
特にクラブは、ダンス営業の規制を緩和する「改正風営法」が2014年に成立した後も、依然として手探り状態が続いている。風営法が制定されたのは1948年、ダンスホールでの売春を取り締まるというものだが、クラブ絡みの事件が立て続けに起こったことから、風営法によるクラブ摘発が2010年から始まった。法は改正されたものの、警察の厳しい追及は記憶に新しく、今も多くのクラブが不安を抱えながら営業しているという。また、クラブはお金のかかる娯楽で、生計を立てるのが難しい業界でもある。
スンダ氏によると、レッドブル(エナジードリンク)など多くのブランドが、クラブカルチャーとの関係構築を試みてきたという。レッドブルは数年前に、音楽関係のイベントなどを行う「レッドブル・ミュージック・アカデミー」を立ち上げ、無料イベントを開催していた時期もあった。このプロジェクトにフリーランスとして参加したことがある同氏は、アーティストに幅広い機会を提供し、若者との橋渡しをする素晴らしい活動に思えたと話す。しかし一方で、無料イベントを開催した後は、クラブ側が通常の入場料(4,000円)の支払いを求めづらくなってしまったという副作用もあった。
ブランドがエンドユーザーに焦点を当てるのは当然のことだが、的を外した活動になってしまうことも少なくない。自身もクラブに足しげく通うスンダ氏は、IQOS(アイコス)などのたばこブランドがロゴをでかでかと掲げる手法について「認知度を上げる方法は他にもあるのに」と、必ずしも効果的ではないと語る。
またブランドは、ミュージシャンやDJなどのクリエイターに注目することはあっても、他の関係者を含む全体像を俯瞰できているとは限らない。「シーン全体を、生きたエコシステム(生態系)として捉えることが大事」とスンダ氏は強調する。「机上で調査を行うだけでなく、実際にその世界に入り込んでみなければ分からないのです」
これは、ブランドが関係構築を望むいかなるコミュニティーについても言えることだ。実際に関わっている人々の熱量や、彼らが直面する課題は、外部から表面的に眺めているだけでは分からない。渋谷のスケートボーダーがアイデンティティーの中心である渋谷から徐々に追いやられている状況を把握しているブランドは、この世界に入り込むストリートファッションのレーベルなどを除けば、あまりない。スケートボーダーたちが文化を育ててきた公園から閉め出されるというのは、「単に池袋に移ればよいといった問題ではない」とスンダ氏。ストリートダンスやストリートバスケも、同様に渋谷から排除されようとしている。
LGBTQコミュニティーも、昨今では社会的な理解が進んだかのようだが、表面化していない課題も依然多く残る。渋谷区は2015年、同性カップルに婚姻関係と同等の権利を公式に認めた全国初の自治体だ。それでも、LGBTQへの差別問題が全て解消された訳ではない。「私たちは今まさに、ポジティブな変化が社会に起きるかもしれないという瞬間に立ち会っています。この動きをブランドがどこまで支持するかによって、今後どう転ぶか分からないといった状態なのです」
ブランドによるLGBTQへの取り組みは、権利啓発関連にまずは着手してみたといったところ。また、日本のLGBTQコミュニティーが海外のものと同質だと考えるのは間違いだと、スンダ氏は話す。同様に、他の市場で支援活動をしたからといって、そのブランドが日本でも好意的に受け止められると過信しない方がよいとも言う。
「ブランド側の人たちは善意によって動いていても、自分たちが前提としてきたのとは異なる価値観や行動にまで、視野を広げるのは難しいこと」とスンダ氏。「だから私たちは、中立的な第三者として役に立ちたいと考えました。カルチャーの最前線にいるクリエイターだけでなく、例えば埼玉の駐車場でサッカーをしている16歳の少年についても考察できるといったように、華やかな部分だけでなく、今後の伸びしろなど、広い意味合いでの興味を持っています。ブランドが実際に関わりたいと思うかどうかは別として、こうしたインサイトを多くの人に知ってもらうべきだと思っています。自分たちのプロジェクトを押し付ける気はありません。少しでも本質的な議論を後押しすることができたとしたら、それは成功だと思うのです」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:高野みどり 編集:田崎亮子)
2017年8月31日
カルチャーを支持する際に、ブランドが留意すべきこと
「全体を俯瞰しなければ、プラスよりマイナスに作用することもある」と、東京の新しいカルチャーを発信するプロジェクトのリーダーは語る。
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