Nikita Mishra
2022年11月25日

クリエイティブは、朝9時に出社すべきか?

素晴らしいアイデアは、決して就業時間に出るとは限らない。夜遅くまで働くのは広告業界の慣例だ。では、クリエイティブは成果物だけで評価されるべきなのか。皆と同様、朝9時に出社する必要はないのか。

クリエイティブは、朝9時に出社すべきか?

クリエイティブであろうとなかろうと、規則正しい時間に働くことは生産性を高めると一般的には考えられている。1日の目標を達成するという意味でも合理的だろう。

だが、広告業界の働き方は異なる。エージェンシー社員の長時間労働が金融トレーダーや投資銀行員のそれに匹敵するのは周知の事実。クリエイティブプロセスだけでも重労働なのに、部署間の調整やブリーフの度重なる変更、実現不可能な締め切りといった要素も大きなプレッシャーとなる。

クリエイティビティーは朝9時になったからといって、いきなりスイッチが入るわけではない。12時間の労働を終え、家でネットフリックスを見ている時に浮かぶこともあろう。いつ優れたアイデアが湧くかわからないのだから、朝9時にクリエイティブが出社する必要はあるのだろうか。

電通インターナショナルの前エグゼクティブクリエイティブディレクターで、クリエイティブエージェンシー「ランブル」をシンガポールで立ち上げたアンディー・グリーンウェイ氏が、先頃このテーマでリンクトインに投稿をした。すると一気に拡散、熱い論議が巻き起こった。9時出社は時代遅れの発想なのか。クリエイティビティーを殺すのか、それとも向上させるのか。会社の一部署だけに柔軟なシステムを導入したら、連携する他の部署の人間は差別を感じないのか。改めて、クリエイティブ界の人々に問うた。

アンディー・グリーンウェイ
(ランブルCCO<チーフコミュニケーションオフィサー>、創業者 −− リンクトインへの投稿者)

私の投稿がこれだけ拡散したことに驚きました。特に論議を呼ぶようなテーマとは思っていませんでしたが、多くの人々から反響があった。おそらくその理由は、エージェンシーが今では経理や会計士に仕切られているからでしょう。クリエイティブな人々の突飛な行動も、最近ではあまり認知されなくなった。クリエイティブな思考に冷笑的な左脳タイプのマネージャーは、コストや効率性を重んじます。

9時出社が論議になるということは、あえて言うなら、こうした人々が会社で実権を握ったことを象徴しています。彼らはお金だけでなく、従業員の労働時間にも目配りするようになった。

しかし、広告業界の仕事は頭の切り替えが容易ではありません。クリエイティブはオフィスを離れても思考が止まらない。夜になっても週末になってもそうで、ほとんど無意識にそうなる。一度スイッチが入ってしまえば、脳の作動は仕事が終わるまで止まらないのです。時にはストレスを発散するために一杯飲みに行くことも重要でしょう。オフィスではないところで時間を過ごすのも大切です。いずれにせよ、9時出社の強要は発想の障害になる。

リンクトインで私の意見を強く否定した人は非常に少なかった。いずれにせよ、誰もが意見を言う資格があります。そして確かなことは、クリエイティブ界が声を上げたということです。

エヴリン・リー
(バイオテック企業、統合マーケター)

アンディーの投稿を読んで、過去の様々な経験を思い出しました。クリエイティブに9時出社を強いることはできません。クリエイティビティーやアイデアはいつも突然、とんでもない時刻に湧いてくる。私の場合はシャワーに入っているときが多いです。ですからアンディーの言うことはよく理解できるし、9時出社は息が詰まるでしょう。

ただし彼は、クリエイティブだけがストレスを抱えやすく、時間に制約されない働き方が必要、と言っているように聞こえる。PRの仕事もどんなにストレスを強いられかを理解していません。皆、どんな仕事でも強いストレスを感じるもの。アンディーの投稿は、男性中心主義にも思えます。

以前、私のクライアントで、エージェンシーは意の通りに動かせると思っていた人がいました。日曜でも平気でミーティングを入れようとし、私のプライバシーなど全く気にかけなかった。こうした人は、家に帰れば奥さんやお手伝いさんが洗濯をしてくれ、食事を出してくれるのでしょう。スーパーマーケットに行く必要もないのかもしれません。私のような1人暮らしの女性が、月曜日の朝9時までに仕事のレポートを提出するのはとても難しいのです。

アンディーのような広告エージェンシーのクリエイティブ責任者がこうしたメッセージを発信するのは、どういう意味があるのか。この投稿を読んで、何人の女性が自分の意志で勤務時間を選ぶでしょう。

エージェンシーの世界は残酷です。足を踏み入れればたくさんの女性が働いている。でも、管理職の女性は極めて少ないのです。

マルコム・ポイントン
(チェイル・ワールドワイド、グローバルCCO)

クリエイティブに朝9時の出社を強要しても、個人の生産性には影響しないかもしれない。しかし、エージェンシー文化には影響を与えるでしょう。クリエイティブも人によって様々。朝早くから仕事を始めて早く上がりたい人もいれば、遅い時間に始めて遅くまでオフィスにいるのを好む人もいる。1つの型にはめてしまうアプローチは間違っています。

今日のクリエイティブに共通する課題は、締め切りがどんどん短くなっていること。クライアントの要望に応えるため、クリエイティブはしばしば夜遅くまで仕事を強いられる。

ですからこうした仕事のリズムに合わせるため、クリエイティブが出社時間を選べるようにするのは当然のことです。こうした点が、他の業界と異なるエージェンシー文化の特徴でもあるでしょう。

チェイルの出社時間は各国・エージェンシーの文化によって異なります。共通するのは、普段遅くまで働くクリエイティブが遅い時間に出社してもいいこと。そうしなければ皆を1つにまとめ、エージェンシー文化を活性化することはできません。

グレース・フランシス
(ウォンドゥーディ、CCO)

もし従業員を決まった時間に働かせたいのなら、銀行に行けばいいのです。金融市場はいつも決まった時間に始まり、決まった時間に終わりますから。

仕事の時間的枠組みを作ることは、従業員を「鳥かご」に入れることに等しい。過激な枠組みを設けて成功しているクリエイティブエージェンシーもありますが、出社時間の強制は「縛り」でしかない。

「公正な価値交換」と捉えてもいいでしょう。我々の業界は深夜労働や出前の夕食が当たり前です。小学校のような始業時間は必要ない。この業界は「自治国家」であり、互いの信頼で成り立っているのですから。

コロナ禍になって、クリエイティブはオフィスに連れてこなければもう仕事をしないのではないか、と危惧した経営者はたくさんいました。でもこの2年間のカンヌ(ライオンズ)は実に斬新で、非常に文化的意義も高かった。重要なのは従業員を信頼することです。

それはどの従業員に対しても言える。各自に役割があり、皆が素晴らしい仕事をすることを経営層は認識しておくべきです。

ラニア・ロビンソン
(クワイエットストームCEO、WACL<ウィメン・イン・アドバタイジング・アンド・コミュニケーションズ、リーダーシップ>プレジデント)

ミュージシャン、アーティスト、広告のクリエイティブ……クリエイティブな人々は、意外な時間に素晴らしい発想を得るもの。アイデアは予定表に従って湧くわけではないし、いつでもどこでも突然降ってくる。朝5時でも、徹夜をしているときでも、通常の就業時間でも、最も創造性が発揮できる時間にクリエイティブは仕事をするべきです。そしてエージェンシーは、そうした働き方を許容せねばならない。

とは言っても、クリエイティブも他の同僚やクライアントが働く時間を留意し、共同で行うクリエイティブプロセスには参加しなければならない。ディベロップメント(開発)のプロセスに十分関わっていれば、さして問題は起きないでしょう。

クワイエットストームの勤務時間は流動的で、各部署が優れたアイデアを出せるよう、時間を柔軟に設定しています。それでも、経営上の課題を話し合うときだけは通常の就業時間に行う。

優れたアイデアを得るために必要なことは、何でも取り入れます。今後も、無駄な制約はできる限り取り除いていくつもりです。

アミット・ワドワ
(電通クリエイティブ・インド、CEO)

9時出社はちょっと厳しいですね。9時半の方が現実的でしょう(笑)

率直に言って、時間と予定表を尊重することが結局、クリエイティブビジネスでも鍵となる。クリエイティブと言っても、ビジネス的側面が非常に重要ですから。

中でもブランドクリエイティブは鍵となる要素。これは全体のエコシステムの中で捉えねばならず、1人でできる仕事ではありません。とは言え、現実問題がある。時に明け方まで仕事をしなければならないことがあり、これは我々がコントロールできることではない。一度こうした「罠」に捕まってしまうと、悪循環になってしまいます。

こうなった時に私が編み出した唯一の解決策は、いつどこであろうと彼らを人間として扱い、リラックスさせること。しかし、こうした事態が恒常化しないよう、労働時間をリセットすることが大切です。

重要なのは、部署全体で柔軟性を培うこと。仕事を手分けして、特定のスタッフに時間的負担がかかり過ぎないようにする。時には他の部署の人間も手を貸し、適切な労働時間内でその会社らしいものをつくる。そうすれば皆のストレスも減り、仕事にも良い結果をもたらします。ある種の規律も社内に生まれる。言うのは易しですが、試す価値は大いにあると思います。

エイミー・ウィリアムス
(グッドループCEO、創業者)

この議論で浮き彫りになるのは、被雇用者のプレゼンティーズム(心身が不調でも仕事を行っている状態)。それが死に至るということです。コロナ禍はそれに追い討ちをかけました。

我々は決まった目標を達成するため従業員を雇い、認められる範囲で最適の労働環境を選んでもらいます。コロナによって、我々はかつてないほど従業員を信頼せねばならなくなった。彼らの一挙一動を見守ることも、朝9時出社を強いることもできなくなり、彼らが生み出すものの質でしか判断できなくなったからです。

ですから、コロナが与えてくれたこの機会を無駄にしてはならない。互いをより尊重し、公正で信頼性の高いワークカルチャーを育んでいくべきです。今の優先課題は不況への対応や優れた人材の確保、業績をいかに上げるかであり、何時からどこで従業員が働くという問題は二の次でしょう。それでも我が社は、労働環境の改善にも全力で取り組んでいます。

オリバー・ウッズ
(ビア・アジア創業者、CEO、マーケティングストラテジスト)

 

出勤時間を定めるのは会計業界のやり方。広告業界では不要です。クリエイティブにそれを強いることは道徳上間違っているし、業界の慣行とも調和しない。ビジネスの上でも決して良くありません。

マーケティング効果を長年研究し、理論を提唱してきたレス・ビネットとピーター・フィールドのことは皆さんもご存知でしょう。彼らが行った調査では、クリエイティビティーの有効性と企業の長期的業績、そして睡眠には直接的な関係がある。深い眠り、いわゆるREM(レム)睡眠はクリエイティビティーを向上させます。コピーライターもアートディレクターも自分に適した労働時間と睡眠時間を確保すれば、質の高い仕事をする。適切な睡眠時間はクリエイティビティーを高めるだけではありません。十分休養を取ったプランナーやアカウントマネージャーは、不機嫌なクリエイティブやしつこいクライアントに対して冷静に対応し、過剰反応をしない。これは科学的に証明されています。こうした効果は、広告業界の衰退を止められる可能性がある。

今の広告業界は収益や求人数が減り、ピッチが増え、そしてクライアントはますます気まぐれになっている。こうした状況で、マーティン・ソレルのような業界の大物たちは次世代の人材を確保せねばなりません。変人のようなクリエイティブ、ビートニクスな詩人、ハッカーくずれ……こうした人々に9時出社を強いれば、彼らの創造性はタイムシートで粉々になってしまうでしょう。

(文:ニキータ・ミシュラ 翻訳・編集:水野龍哉)

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