マーケターは、インハウスチームの構築にますます積極的になっており、すでに53%のブランドが、外部エージェンシーの支援なしに運用を行えるインハウス組織を備えているというデータもある。しかし、R3の共同創業者であるゴー・シューフェン氏によれば、マーケターは依然としてハイブリッドモデルを採用しており、完全にインハウスへ転換できたクライアントは、同氏が知るかぎり一つもないという。
だが、オーストラリアの製薬会社ファーマケア(PharmaCare)は例外だ。同社はメディアバイイングを除くすべてのマーケティングプロセスを、外部エージェンシーの支援なしに実施する完全インハウス化に取り組んできた。ハイブ(The Hive)と名づけられた社内クリエイティブチームは、同社のブランドマーケティングチームと緊密に連携し、ファーマケア傘下の約20のブランド(ビタミンサプリ、デオドラント、健康スナックなどのヘルスケア、ウェルネス製品)のクリエイティブを手掛けている。傘下のブランドには、ネイチャーズウェイ(Nature's Way)、ロスケン(Rosken)、スキンドクターズ(Skin Doctors)、サンブコル(Sambucol)などがある。また、ファーマケアの主要顧客としては、コールズ(Coles)、ウールワース(Woolworths)、ケミスト・ウェアハウス(Chemist Warehouse)などの薬局チェーンが挙げられる。
同社はクリエイティブのインハウス化をかなり前から進めてきたが、パンデミック下でEコマース需要が急増し、デジタル化が急速に進展したことが、ゲームチェンジのきっかけとなった。同社は、既存の人材とリソースを活用し、社内チームを顧客の購入経路に合わせて再編成した。
同社で「ヘルスケア・ミニエージェンシー」と呼ばれているインハウスチームのハイブは、ファーマケアのマーケティングチームのクリエイティブ部門として業務にあたっており、ストラテジスト、デザイナー、デジタルマーケター、ブランディングエキスパート、インサイトおよび分析の専門家など、23人のクリエイティブ人材で構成されている。
ファーマケアでマーケティングメディア、デジタル、コミュニケーション、アクティブウェルネス担当ゼネラルマネージャーを務めるアリックス・ラッセル氏は、Campaign Asia-Pacificの取材に対し、ハイブの能力は、極めて多彩で高品質だと語った。
「(ハイブは)コンセプトやアイディアをどんなメディアでも実施できる。テレビでも、紙媒体でも、屋外広告でも、ウェブサイトでも、フェイスブックでも」と、ラッセル氏は言う。「我々は広告のための撮影、宣材制作、発信、パッケージングをすべて自前でやっている。多様なスキルセットを備えたチームであり、非常に多くのことを成し遂げられる」
ところで、ラッセル氏とファーマケアのマーケターチームは、どのようにして、完全インハウスのクリエイティブチームを構築したのだろうか?このプロセスの第一段階は、まずは強固な基盤をもつチームをつくることだった。そしてチームが成熟してくるにつれ、ラッセル氏は、ワークフローを効率化するため、個々の能力を強化するとともに、一部業務の自動化を検討しはじめた。マーケティングチームとハイブの関係は緊密だと、ラッセル氏は言う。誰もが同じオフィスに勤務し、定期的に顔を合わせているからだ。
ラッセル氏は「チームは、ブランドと、ブランドがどのような事業展開を目指しているかを熟知している。そのため、我々はブランド自体をこのチームの延長線上にみている」として、「極めて協働的で、チームメンバー全員が、明確に定義された役割と責任の範囲でお互いを助け合っている。我々は1つの大きなパズルだ。各チームは、それぞれの役割をまっとうするためにお互いを必要としており、チームからチームへリレーすることで、仕事を次のチャプターへ進めることができる」と説明した。
加えて、家族経営であるファーマケアにとっては、価値観とカルチャーは非常に重要な要素だ。ラッセル氏によれば、チームがひとつの大きな家族であると思えることが大切なのであり、インハウス化の利点の一つは、チーム全員が1つのユニットとして価値観を共有し、同じ目標に向かってまい進できることだという。
ハイブを共同で統括する2人のトップは、業界経験が豊富で、ブランドと事業について熟知している。パッケージングチームは、当初ファーマケアのマーケティングチームの傘下にあったが、現在はハイブに統合された。さらに、チームの選抜メンバーたちがさらなるスキルアップを目指している。
ハイブの内部に組織されたデジタルマーケティングチームはまったく新しいもので、専門技術の需要の高まりに対応していると、ラッセル氏は言う。ハイブは、自社チャネルと配信コンテンツの強化のために、1年足らずの間に、デジタル関連業務に新たに5人を採用した。この事実は、同社がデジタルマーケティングとEコマースを、今年の主要課題と位置づけていることとも重なる。
ラッセル氏によれば、完全インハウス化のメリットは、市場展開のスピードとブランドへの深い理解だ。
同氏は、「外部に指示を出す通常のやり方に比べて、ハイブのリードタイムは非常に短い」と指摘し、「また我々はブランドチームとも極めて近い距離にある。そのため、ブランドチームを支援し戦略を形にするための知識は、せいぜい年に数回しか会うことのないエージェンシーのそれよりも、はるかに豊富で優れている」と述べた。
しかし、インハウス化したとはいえ、ファーマケアも他の多くの企業と同様、業界共通課題の人材難は避けられなかった。ラッセル氏によれば、ファーマケアと価値観を共有するクリエイティブ人材を見つけ出すのは容易ではなく、適切なチームの構築にはさらに多くの時間を要したという。しかし今では、チームの役職は元エージェンシーの社員や社内専門家で完全に満たされており、ハイブで「大量離職」は起こっていないという。
「これこそ我々がチームとして目指す姿であり、我々は自分の仕事が日々インパクトを生み出していることを実感している。通常のエージェンシーの場合、同時に多くのクライアントと仕事をするため、こういったインパクトを実感しにくくなってしまう」と、ラッセル氏は言う。
インハウス化の際、しばしばマーケターが直面する課題の一つが、イノベーション、テクノロジー、業界の変化のスピードに対応できる人材を育てることだ。これに関して、ファーマケアでは、チーム内で最新のベストプラクティスに基づいたスキルアップを実施していると、ラッセル氏は言う。「チームがもう少し成熟してきたら、社内研修や社外研修も実施し、さらなるスキルアップを図ることになるだろう。デジタル世界は日進月歩であり、今日の知識は明日にはがらりと変わるものだからだ」と、同氏は述べた。
コスト課題に関しては、ラッセル氏はインハウス化をコストとは考えておらず、むしろ付加価値をもたらすものとみていると語った。