昨年10月、ユニクロ(親会社のファーストリテイリングは売上高が2兆円を突破)がインド・ニューデリーの高級ショッピングモール内に同国初の店舗をオープンさせた。訪れた人々は最初の数日間で推定4万人。その後続けて2店舗をオープン(さらに数店舗の出店計画が進行中)、真のグローバル化を目指す同社は新たな一歩を築いた。「ユニクロ」ブランドは売上高のおよそ3分の1を海外市場が占める。
同社は今後2年で、インドを含めた東南アジア市場での売上高を2倍の3000億円に伸ばす目標を立てている。2019年には、海外市場の売上高が初めて1兆円を突破した。
こうしたユニクロの大胆な海外進出に触発されるように、多くの日本の小売企業 −− 無印良品から楽天、ドン・キホーテ(ドンドンドンキ)まで −− が海外戦略に注力し始めている。ネペンテス、45R、スノーピークといったファッションブランドも同様だ。ホテル業界では、アパグループや星野リゾートなどが海外の市場開拓に意欲を示す。さらには、花王やライオンといった日用消費財メーカーも然り。これら2社の動きを後押しするのは、海外事業が売上高の約3分の1を占め、さらなる成長が予測されるパーソナルケアブランドのコーセーだ。
「進化」なくして成長なし
過去半世紀余りの間、日本のブランドが世界で轟く「うねり」が幾度となく起きた。日本ブランドの長所は言うまでもなく、先端技術を駆使した製造工程と品質の高さだ。それを最初に示したのはトヨタなどの自動車メーカーであり、次に日立やパナソニックといった電機メーカーが続いた。
長年、これら企業は豊かな国内市場 −− 人口1億2700万人、2019年の国内総生産は5兆米ドル −− を対象とした事業で利益を享受してきた。しかし既存の方程式が崩れ去った今、その運命は海外市場に託されている。これまで効果を発揮してきた長所を、異質なオーディエンスに向けて見直さなければならないのだ。
韓国や中国のライバル企業との競争が激化する中、「今でも日本企業は『日本』というブランドの強みを生かせる」と指摘するオブザーバーは少なくない。長年広告界に従事してきたデビッド・メイヨ氏は、「自動車や電気機器といった分野で品質の高い製品を生み出してきたレガシーは、依然大きなアドバンテージになる」という。
「過去40年間、日本企業は国内市場を席巻することでグローバルなリーダーシップを獲得してきました。しかし、もうそれは成功を呼び込むゲームプランではないのです」。こう話すのは、アジアのブランドと市場の進化を見つめてきたマーケティングの専門家、ニューヨーク大学教授のアニンジャ・ゴース氏。「日本のビジネスエグゼクティブたちが真の意味でグローバルになるには、居心地の良い『安全地帯』から抜け出し、組織やマーケティング、戦略への考え方を劇的に変える必要があります」。
「変革」は様々な形や規模で起こる。楽天は早々と10年前から着手、社内でのコミュニケーション手段を英語に切り替えた。昨年5月からはライブ動画配信サービスを開始、ネットフリックスやディズニー、アマゾンなどと匹敵するサービス機能を持ちつつある。
日本の名高いビールであるアサヒドライは、3年前に1億ケース(1ケースは大瓶20本換算)という国内販売の同社基準値を下回った。これは約30年振りのことで、それ以降減少は止まらず、成長回復のため新たな戦略を開始した。
海外市場での売上を伸ばすために、インドネシアや中国、韓国といった市場でプレミアム商品の販売に注力。欧州では110億ドル(約1兆2000億円)を投じて現地ブランドの買収を実現させた。さらに今年1月には、マクギャリーボウウェンを初のグローバルエージェンシーに指名した。
あるブランド専門家は、「海外市場での成長を目指す日本企業には各国に適した多様な戦略が求められる。今はその課題に四苦八苦している状態」と話す。例えば中国ならばアフィリエイトマーケティング(報酬型広告の活用)やキュレーションサイト(特定のテーマに絞った情報をまとめたサイト)、台湾では消費者が作るブログ、米国ではサーチエンジンマーケティングの活用が欠かせず、ローカリゼーションのプロセスは大きく異なる。
同時に、海外ビジネスを展開するための駐在員を置く必要もなくなるだろう。その市場に関する高度な知識を持っていたり、日本とは異なる最適なクリエイティブを考案できる人材であれば別の話だが。
日本の単一文化に対応してきたブランドは、多様な市場に向けたマーケティング戦略や予算編成の見直しが必要なのだ。例えば米国ではイースターやハロウィーン、クリスマスのシーズンに消費がピークを迎える。しかし中国ではそれが旧正月であり、インドならば祝祭日が続く年末になる。
「品質の高さなど、日本のブランドが持つ肯定的なブランドエクイティを生かせる企業は成功の可能性が高い」と話すのは、香港に拠点を置くブランドコンサルティング会社プロフェット(Prophet)の共同経営者でアジアを統括するジェイ・ミリケン氏。「メイドインジャパンの製品は今も高い評価を受けています。しかし、以前ほどの輝きはもうない」。
海外市場を狙う日本企業は、「こうした二面性を正面から打破しなければならない」と多くの専門家が指摘する。世界的な経営コンサルティング会社LEK日本法人代表の藤井礼二氏は、「欧米市場で成功を目指すブランドは強いアイデンティティを持っていなければならない。しかし、日本のブランドは固有の長所である『質』だけに注力しがち。商品の質が直に問われる食品小売業の企業などが、その一例です」と話す。「一方で日本ブランドを前面に出すことは、アジア市場では成功につながる。一般的に日本に対する肯定的なイメージが強いですから」。
レガシーからの脱却
現在、中国から世界に広がる新型コロナウイルスは日本企業の海外戦略を根幹から揺さ振る。これら企業にとって海外市場での成功に欠かせない要素は、依存度の高い中国の製造業だからだ。中国の都市や工場の閉鎖が大きな試練であることは、言うまでもないだろう。
しかし、こうしたマイナス要因にかかわらず、「一部のレガシーから脱却し、変革を志すことで日本のブランドは海外市場におけるビッグプレイヤーになれる」と、日本企業と協働するエージェンシー幹部たちは話す。
「各市場のコンテクストを重視しつつ、あらゆるマーケティング活動で多国籍性を打ち出すことが大切」と話すのは、ADKホールディングスグローバル事業センター事業戦略部長の末松真人氏。「ブランドアフィニティ(親近感)やブランドロイヤルティといった質的観点から、日本のブランドが市場で大きな影響力を持てる可能性は十分にあります」。
コスメティック業界を代表する資生堂は、既に世界120カ国で事業を展開している。時代にそぐわなくなった欧米のライバル各社を凌駕する、「アジア発の新たなブランド」というイメージを築き上げたと言えよう。
「我々にとって重要なファクターは中国、トラベルリテール事業、そして目覚ましい経済成長を遂げるEMEA(欧州、中東及びアフリカ地域)。既存店ベースの売上高は中国で21%、トラベルリテールとEMEAで24%増です」。資生堂の2019年度第4四半期決算の際、CFO(チーフ・ファイナンス・オフィサー)のマイケル・クームス氏はアナリストたちにこう説明した。「こうしたポジティブな勢いは、日本におけるビジネスの減速の埋め合わとなる。我々のグローバルブランドも堅調な成長を続けています」。
2019年、「SHISEIDO」ブランドは同社初の2000億円ブランドとなった。
また、海外ブランドを買収してグローバルなエンティティに変革させる取り組みにも挑む。その一例が3年前に買収した米化粧品ブランド「ローラ メルシエ」で、今では米国よりも海外での売上高の方が多い。
「独自性」を生かす
独自の製品を持つブランドは、海外でアドバンテージがあるだろう。「我々の商品開発の根底にあるのは、日常生活の基礎を成すもの。それらの不必要な複雑さは排除します」。無印良品のスポークスパーソンはこのように話す。「日本だけでなく、世界の消費者にシンプルで快適な生活を届けることが目標」。
同ブランドの売上高は、37%強が海外市場。天然水をアレンジしたスキンケアシリーズや収納用品、文房具などが世界的人気を博し、「さらなる成長を見込んでいる」(同スポークスパーソン)という。
コーセーの場合は高級ブランドの「コスメデコルテ(Decorte)」が中国で顕著に売上を伸ばし、ヒット商品となった。同社スポークスパーソンは、「安全かつ高品質な商品を開発・提供できる能力」をその要因として挙げた。
日本のブランドは依然として世界各地で好意的評価を受けている。その一方で、マーケターは海外の消費者の目線で自社ブランドを見つめ直すことが重要だ。
「日本は『アジアのフランス』とも言えるでしょう。文化的アイデンティティの強さや独自性、長年の伝統への誇り、極めて繊細な感受性、そして単一言語市場としての排他性……こうした要素を共有していますから」と藤井氏。「日本人が世界市場における自分たちの独自のポジションを理解しているとは思えません。自分たちのことを小さな島国の外から見たことがありませんから」。
こうした自己評価を変えることこそが、日本ブランドにとっての最大の課題なのかもしれない。
(文:ラウル・サチタナンド 翻訳・編集:水野龍哉)