苦難の時期を体験すると、それが避けられたかどうかにかかわらず、心理的正当化のために「痛みなくして得るものなし」ということわざが乱用されがちだ。しかし、2020年の苦難はほぼ全員が避けられず、大半の業界関係者はすぐに動き出して奮闘する他なかった。
ビジネスにおいて、2020年は前例のない試練の年となった。そして、前述のことわざの通り、ハードワークは痛みとともに大きな利益をもたらした。12月8日に開催されたライブストリーミングイベント「Campaign Connect」のオープニングを飾るパネルディスカッションでは、APACのリーダーたちがそうしたプラス面の影響について語った。
アジリティ(機敏性)
モンデリーズでグローバルのメディア投資を統括するシンドゥジャ・ライ(Sindhuja Rai)氏は、「戦略に超長期の視点を盛り込みながらも、組織内部の筋肉として鍛えた力が、業務遂行上の機敏さをもたらしたので、これはとても興味深い旅だったと言えるだろう」と話す。「例えば、Eコマースへの移行だけを見ても、主流メディアへの出稿を抑えつつ、Eコマース機能を素早く構築し活用することで、消費者にリーチができていることを実感した。なぜなら、消費者はEコマースに向かっているからだ」
エージェンシーはブランドのこうしたEコマースへの移行を支援し、キャンペーンを適応させる必要があった。さらに、自社の組織のディスラプトも行ったため、その変化は急だった。
グループエムのAPAC CEOを務めるアシュトシュ・スリヴァスタヴァ(Ashutosh Srivastava)氏は、「第1四半期は厳しい学習体験だった」と振り返る。ただし、マーケターが新しいシナリオをつくり、スタッフは素早く適応したという。「第3四半期に入る頃には、皆がテクノロジースキルを十分習熟し、完全な実行モードに入って多数のキャンペーンを展開していた」
旅行/観光業ほど大きな打撃を受けた業界はない。特に旅客航空会社は、あらゆる点で厳しい規制が敷かれる中、より迅速に対応することを求められた。
キャセイパシフィック航空でブランドインサイトとコミュニケーションを担当するゼネラルマネージャー、エドワード・ベル(Edward Bell)氏は「航空会社は関与する人が非常に多いので、必然的に、ビジネスとしては石油タンカーのように重たいものになってしまう」と説明する。「非常に多くのチームが関わっているため、即座に舵を切ることは極めて困難だ」
「皆がアジリティ(機敏性)について語ってきたが、それは我々の合言葉にもなっている。ただし、我々はアジリティをマインドセットとして捉え、それをすぐに実行可能な戦略に変えた。具体的には、市場の状況を考慮し、いくつかのトリガーを設定した。例えば、エアトラベルの機運が醸成されたら、すぐに開始ボタンを押せるようにしている」
協業
そうしたボタンを設定することの難しさは過小評価されるべきではない。エアトラベルの機運を見極める難しさのひとつは、考えられるありとあらゆる種類のテスト対象を常に明確化しておくことだった。
「必然的に、旅行の機運は4~6の当事者が関与するプロジェクトとなり、旅行プランのために2地点の往復を行う航空会社にとっては膨大な量の組織力が必要になる」とベル氏は話す。今回の場合、当事者は香港政府観光局、シンガポール政府観光局、シンガポール航空、キャセイパシフィック航空、香港国際空港、シンガポール・チャンギ空港だった。
「この調整の難易度は、オリンピック級の皿回しのようなものだ」。ベル氏はそう例えながらも、計画は必要に応じて凍結、再稼働、拡大できるので、努力が無駄になることはないと指摘する。
Campaign Connectに参加したAPACのリーダー全員が、企業はより機敏になることを迫られた結果、社内外の双方でより強固な関係とより良い協業を構築することを求められたと考えている。
アクセンチュア・ストラテジーの、成長およびイノベーション担当マネージングディレクター、ソニア・グプタ(Sonia Gupta)氏は「コロナ禍はさまざまな意味でアクセルの役割を果たしている。ただし、こうしたことは単独では起こらない」と述べ、2020年は遠隔医療分野のクライアントが急成長したと指摘した。
グプタ氏は医療政策、診療報酬政策、政府のプログラム、関連技術、病院と医師の労働慣行が変化を余儀なくされたことや、伝統的な業界の転換を支援するスタートアップコミュニティに新たな投資が向かっていることに言及した。
「サービス提供という観点では、官民の関係はレベルアップしていると思う」と、ベル氏も同意する。「言い換えれば、おそらく互いに少しだけ親切になり、理解力と忍耐力が少し高まったということだ」
もしコロナ禍が組織間の協業を促しているとしたら、組織内にも大きな影響を与えている。
「危機をきっかけに、皆の距離がかなり縮まった」とライ氏は述べ、モンデリーズではすべてのリーダーが以前に比べよりチームメンバーと関わり、世界レベルで頻繁にコミュニケーションをとり、より協業が生まれやすいよう事業部門の間口を広げるようになったと説明した。
「我々の組織で起きたことは、皆が当事者意識と説明責任を共有するようになったことだ。また、それにより明らかになったのは、リーダーは必ずしも課題解決の推進役を務める必要はなく、むしろ皆に適切なやり方で実行する自由を与えるべきだということだ」
消費者とより直接的につながる
オープン性と協業が求められる理由はもちろん、顧客により良いサービスを提供するためだ。変化の時代にそれを実行するには、消費者が何を考え、感じているかを知る必要があり、そしてより直接的でオープンな関係や新しい形のマーケティングが必要になる。その結果、一貫したコミュニケーションとパフォーマンスマーケティングに注力する傾向が一層強まった。
航空会社の場合、新しいサービスやオファーを数多く打ち出すことができないために、変化を余儀なくされた。
「状況が変わった」と語るベル氏は、従来ならキャセイパシフィックは旅行商品や目的地に合わせて年間を通じてキャンペーンを実施してきたが、今は不可能になったと説明した。「そこで我々は、ソーシャルネットワークを通して日々のコミュニケーションの量と種類を大幅に増やし、消費者に生産的な再考を促した。」氏は、具体例として、同社が「キャセイケア」という新たなオンラインコンテンツを立ち上げ、感染対策や清掃の手順を顧客に伝えていることを挙げた。
一方、日用消費財ブランドなどが最も求められたのは、製品の品質について、安心感を与えるメッセージを顧客に伝えることだった。信頼あるブランドへの回帰が起こっていたからだ。
「我々が決定したことの1つは、ブランドに関わる投資のペースを落とさないことだった」とライ氏は話す。「このような時期こそ、消費者と親身に関わることが重要だと感じたからだ。だからこそ、我々は広告への投資を継続した」
同時に、先のライ氏の言葉にあったように、モンデリーズはより多くの消費者が存在するEコマースを通じ、商品を入手しやすくする必要があった。グループエムのスリヴァスタヴァ氏によると、FMCGブランドはEコマースプラットフォームへのトラフィック誘導に多くの資金を投じるようになり、Eコマースの方がはるかに成果を測定しやすいことに気づいたという。
「そのため、強力なブランディングやより短期的な成果へのフォーカスに代わり、Eコマースへの支出とパフォーマンス重視のキャンペーンが急増したのが分かった」と、スリヴァスタヴァ氏は話す。ただし、コロナ禍がブランド認知を高めた事例もある。
「いずれは、適正な投資のバランスが見つかると考えている。なぜなら、良いマーケターは必ず正しいマーケティングの原則に従うからだ」