Surekha Ragavan
2022年9月23日

「パタゴニア株譲渡」は、究極のブランドパーパスか?

先週、米アウトドア用品大手パタゴニアの創業者イボン・シュイナード氏が、同社の全株式を環境団体などに寄付したことを明らかにした。この大胆な決断は、他企業にとって社会貢献の手本となるのか。コミュニケーションの専門家たちに聞いた。

香港にあるパタゴニアの店舗(写真:Getty Images)
香港にあるパタゴニアの店舗(写真:Getty Images)

シュイナード氏は自身とその家族が保有する約30億ドル(約4300億円)の全株式を、環境保護に取り組む特別なトラストと非営利団体に譲渡。このニュースは先週、世界のメディアが一斉に報じた。今後、同社の利益は全て気候変動と自然保護の取り組みに生かされるという。

同氏はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューにこう語る。「社会が一部の富裕層と多くの貧しい人々という構図にならないよう、この決断が資本主義の新しい形につながっていくことを願っています。今後は、地球を救うために積極的な活動をしている人々に最大限の資金援助を行っていく」

ソーシャルメディア上には同氏の決断を称賛する声があふれ、マーコム業界でも「真のプランドパーパスを実現した」と評価する意見が強い。シュイナード氏の決断は、他の大企業や資産家たちにとって社会貢献の「輝かしき前例」となるのか。

ジャニッサ・ウン
(シンガポールのコミュニケーションエージェンシー『スパーウイング・コミュニケーションズ』 シニアアカウントディレクター)

気候変動から食糧危機に至るまで、今日我々が直面する地球レベルの課題にはその規模にふさわしい対応が求められています。企業には、個人では成し得ない影響力や人材・資金力がある。多くの企業がサステナビリティを唱えていますが、パタゴニアは実際に行動することの規範を示したのです。

シュイナード氏の大胆な決断には、世界中で好意的な反応が起きました。これは、消費者の企業への注文が根本的に変わったことを示唆します。つまり、営利活動にはパーパスが伴わなければならないということ。パタゴニアは株主だけでなく、ステークホルダー(利害関係者)にも利益と価値をもたらす具体的方法を示した。より注目しなければならないのは、コミットメント(誓約)を明確な形で実践するコミュニケーションの影響力です。それが口約束をはるかに凌ぐことは言うまでもありません。

ブキ・ブシャシノビッチ
(豪PRエージェンシー『スリング・アンド・ストーン』 CEO)

シュイナード氏とパタゴニアのニュースは先週のハイライトでした。世界中の人々の心を捉えるストーリーテリングはまさに一流で、ニュースのあとパタゴニアの検索数が飛躍的に伸びたことをグーグルトレンドは示しています。今回の件からブランドが学べるのは、ストーリーテリングにおける整合性の大切さ。これまで言行一致を貫いてきたパタゴニアの軌跡を辿れば、この寄付は完璧に筋が通っています。

こうした戦略的ナラティブを絶えず発信する手法も、ブランドにとっては学びになる。余談ですが、パタゴニアがお好きな方にはチャック・フィーニー氏(デューティーフリーショッパーズ創業者)の伝記『無一文の億万長者(The Billionaire Who Wasn’t)』をお薦めします。彼は数十年間にわたって80億ドル以上の資産を慈善事業に寄付してきた驚くべき人物で、「Giving while Living(生きているうちに与える −− フィーニー氏の言葉)」の先駆者的存在です。

ジュリア・ホイ
(豪コミュニケーションエージェンシー『セフィアーニ』 サステナビリティコミュニケーション担当責任者)

「私たちの故郷である地球を救う」ことを社是としたパタゴニアは、これまで一貫してサステナブルな事業を牽引し、業界を革新してきました。今回の決断は素晴らしい前例をつくったと思います。資本主義を再構築し、世界がこの問題と真剣に取り組まねばならないことを強くアピールした。今年初め、マイク・キャノン・ブルックス氏(豪・資産家)は電力大手AGLエナジーの分割案を阻止しようと4億6100万ドルを投じました。気候危機を乗り切るにはスピード感とイノベーション、勇気と巨額のお金が必要だからこそ、彼らはこうした行動に出たのです。

非営利団体「クライメート・ポリシー・イニシアティブ(CPI)」が最近出した試算によると、気温上昇を1.5度に抑えるには2030年までに毎年4兆1300億ドルの支出が必要です。近年の気候対策への支出は、そのわずか15%に過ぎない。大企業や大富豪たちができることはまだまだたくさんあるのです。大きな目標に向けて、ゆっくりと歩を進めている場合ではない。世界経済フォーラムによれば、「気候変動対策に強い影響力を発揮できる企業のうち、まだ3分の2が何もしておらず、科学的根拠に基づく具体的目標すら掲げていない」。大企業や大富豪がシュイナード氏に啓発され、有言実行することを期待します。

リナ・リー
(シンガポールの医療従事者専用SNS『ドククイティ』 コミュニケーション及びマーケティングディレクター)

このニュースに驚きはありませんでした。パタゴニアは近年、企業理念に沿ったブランドアクティビズム(積極行動主義)をスピーディーかつ賢明に推し進めてきた。多くのブランドが社会貢献を口にするなかで、パタゴニアは実行に腐心してきたのです。その効果は企業価値や収益、社会資本など様々な面にはっきりと表れています。自分たちの活動の正当性を証明する手法は説得力があり、感動的ですらある。「地球が唯一の株主」というシュイナード氏の言葉の実践に他なりません。

多くの大企業やその経営陣は、社会貢献をしたいという意志があるでしょう。しかし重要なのは、コミットメントと実行性。そうしたビジョンを社内に浸透させ、持続可能なビジネスモデルを世に示し、社会の信頼を得なければならない。パタゴニアは我々に、思考と優先課題を直ちに根本から見直さねばならないと訴えかけたのです。

ベン・ピーコック
(豪コンサルティング会社『リパブリック・オブ・エブリワン』創業者)

素晴らしいニュースです。パタゴニアは企業による社会貢献の領域と、人々の日常的思考の可能性を常に広げてきた。その究極的な実践が今回の決断です。大富豪であろうとなかろうと、人間がこの惑星でずっと生きていけるかどうかが徐々に疑わしくなっている。シュイナード氏のような人々が全て、富と影響力を行使して変革を主導すれば、本当に素晴らしいことです。

(文:スレーカ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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