David Blecken
2017年8月15日

ブッキング・ドットコムの成長戦略

旅行予約サイト「ブッキング・ドットコム(Booking.com)」でPR責任者を務めるレスリー・カファティー氏が来日した。日本市場やローカリゼーション、データ活用の重要性など、同社の成長要因について語った。

レスリー・カファティー氏
レスリー・カファティー氏

世界最大のオンライン旅行会社(OTA = Online Travel Agency)が、米・コネチカットを拠点とする「プライスライン・グループ」であることはほとんど知られていない。だが、プライスラインの主要ブランド「ブッキング・ドットコム」の名は既にお馴染みだろう。その創業は1996年だが、本格的に広報活動を始めたのはまだ3年前に過ぎない。

プライスライン・グループ、そしてブッキング・ドットコム両社でグローバルコミュニケーションの責任者を務めるレスリー・カファティー氏。先日都内でCampaignの取材に応じ、競争が激化する市場でのブッキング・ドットコムの目標、グローバル戦略とローカリゼーションのバランスの難しさ、協力を重んじる企業文化の大切さなどを語った。同氏はブランドマーケティングとコミュニケーションで出遅れたことを認めつつ、これまでは「商品のクオリティーに集中していた」と強調。今後はビジネスの成熟化と、日本や中国、インド、米国といった主要市場での成長を目指す。ブッキング・ドットコムやPR業界に関するカファティー氏の興味深い見解を、以下に要約した。

ブッキング・ドットコムのブランド力は、日本でまだ不十分
訪日観光客の伸びでブッキング・ドットコムは明らかに恩恵を受け、「日本市場は世界で最重要市場の1つ」と語る同氏。最近ではOTAがホテルグループに対抗するため、様々な体験やユニークな宿泊施設を提供する。ブッキング・ドットコムもこうした特徴をもっと日本国内で認知させるべく、ロングテールの商品を揃えて個性的なサービスの提供を試みる。「それでもまだ、一般のホテルと同じだと思われています。残念ながら、我々が業界で最も知られたプレイヤーでないことは確か」。同社は今、宿泊以外のサービスや予約がすぐにできる利便性を広めることに注力する。潜在的なライバルは他のOTAやハイテク企業だが、単にそれらと張り合うのではなく、「市場の隙間を見つけてスムーズなサービスの提供やコミュニケーションの実現を図ることが重要」。「エクスペディアやAirbnbが何をしているかではなく、『今の市場にないもの』を常に追求しています」。

グローバルな視点だけでなく、ローカル市場を理解する努力を
「効率性や一貫性を考えると、どの市場でも画一的なグローバルコミュニケーション戦略を安易に展開してしまいがち。でもそれは正しくありません」。画一的なキャンペーンが成功することもあるが、ほとんどの場合は内容を若干修正し、各市場に適応させる必要がある。例えばある市場でインフルエンサーに合わせた戦略が成功しても、別の市場では同様のアプローチがまったく機能しないこともしばしば。「グローバル戦略以外では、何がその市場のROI(投資対効果)を最も高めるかが投資の基準になります。そこで重要になるのが現地チームの役割。我々が着目するのはデータです」。

「古いタイプのマーケターはブランドをコントロールしたがるので、こうしたやり方には適応しにくいでしょう。マーケターの手法も一理ありますが、顧客に指図をするようなビジネスの進め方はすべきでないと考えます。ですから、日本の顧客がブッキング・ドットコムとどのような関係性を望んでいるか理解したら、それを戦略の基本とします。結局は、それがブランド価値の向上につながりますから」。

可能な限りデータでPRを裏付ける
カファティー氏は広告料金換算値(AVE = advertising value equivalency)の信望者ではないが、メディアへの露出量は考慮する。ブッキング・ドットコムのPR機能が顧客をどれだけサイトに誘導したか、全てが測定可能ではないにしろ、できる限り具体的に把握することが肝要だ。そのプロセスの1つが、データアナリストとの協働。「私はPR畑出身なのでコピーライティングやコミュニケーションは学びましたが、データ分析はできませんので」。データはまた、インフルエンサーとのコラボレーションやメディアとのコンテンツ制作といった“グレーゾーン”への投資でもカギとなる。「顧客がサイトに誘導され、最終的に行動を起こすまでのトラフィックに着目しています。その過程こそビジネスチャンスの宝庫で、とてもエキサイティングですから。我々の企業規模は大きいので、正しい方向性を見出せばどんどん投資を増やしていきます」。

協力し合う文化が成長の要
大企業内部では、PR担当者がしばしば孤立感を抱くことがある。ブッキング・ドットコムではそれを防ぐため、PRとマーケティング担当者にデータ交換を義務づけている。同社のマーケティング部は、データとインサイトに基づいて平均で年に2回ほど改編されるという。「スタッフは常に戦略的かつスマートに思考するよう求められています。ですから『これは自分たちのプロジェクト』と考えるだけでは不十分。(協力を促進するため)多くのチームとデータを共有するのです。全ての部署間で風通しの良いコミュケーションができているか、旧態然としたサイロ化した組織になっていないか、確認を怠らないことが大切」。社内に協力し合う文化が生まれた要因の1つは、フラットな組織体制だという。それと、「企業のルーツがオランダであることも関係するでしょう。小さな市場で起業したので、すぐにボーダーレスな展開をしましたから」。

代理店は「頭脳」ではなく、むしろ「手足」
「その企業のビジネスを社内の人間より理解している者は、社外にはいません」。PR担当者はブランドに関わる「楽しい仕事」から、製品や税法に至る全ての面を把握していることが重要。広告代理店の価値は、メディアとの強いつながりや各地の市場を深く理解することにある。戦略やクリエイティビティーも大切だが、それらに比べれば重要度は低い。広告やメディアを問わず、「全ての代理店には仕事のプロセスをスピードアップして欲しい」。「彼らはまだ『こういう仕事はこうするもの』という固定観念にとらわれています。我々は少しでも迅速にビジネスを展開したい。だからよりデータに基づいたやり方であれば、なおさら良いのです」。さもなければブランドは、「世界と直接的につながるため、グーグルやフェイスブックをもっと活用するようになるでしょう」。

カンヌライオンズの受賞者は、必ずしもPR業界のクリエイティビティーを象徴しない
最後のポイントは、広告代理店でキャリアアップを目指す人々に水をさすかもしれない。「受け身の姿勢に終始し、クリエイティビティーの力を示す機会を逃している代理店のクリエイティブがたくさんいます。もっと多くの人々がクリエイティブであるべき。PR担当者全てがそう考えているわけではありませんが、少なくとも優秀なPRはそう考えています」。同時に、カンヌライオンズのような賞が業界のクリエイティビティーの証しではないとも。「とどのつまり、受賞が会社や顧客、損益面にどのような貢献をしているのかよく理解できません」。「クリエイティビティーは常に生まれています。賞を受けていなくてもクリエイティブで良い仕事をしている人々はたくさんいるのです」。

(文:デイビッド・ブレッケン  翻訳:高野みどり  編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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