AIは決して、全く新しいタイプのテクノロジーではない。世界初のプログラムはすでに1951年に考案された。だが、生成AI「Chat(チャット)GPT」の登場は飛躍的な進歩と言える。
AIアプリケーションはすでに我々の日常生活の一部だ。グーグルの検索エンジン、ユーチューブやネットフリックスのおすすめ番組など、その活用は様々なところで見られる。
PR・マーコム業界でもAIの重要性は増している。WPPは先頃、「AIはビジネスの根幹」であり、「その果てしない可能性は実にエキサイティング」とコメントを出した。
同社では業務の自動化やコンセプトの具現化、クリエイティブワークの制作にAIを活用する。今、PR・マーコム業界が重視するAIツールは「AIアート」やチャットGPTだ。
AIの活用法
「我々はAIに一切の業務を委ねているわけではない。効率を高めるために利用するのです」と話すのは、英コミュニケーションエージェンシー「サードシティー」のアカウントマネージャー、イゾベル・シップリー氏。
同社では主として事務的な作業にAIを使う。ミーティングでのやり取りの文字起こし、専門用語の多い文書の平易な要約、プレスリリースの校正といった作業だ。
「人間の力が求められるPR業務はまだまだ多い」と同氏。「クリエイティブなアイデアやメディアとの関係性、戦略の展開などは人手抜きでは成り立ちません」
英「アンビシャスPR」の創業者でディレクターのリス・アンダーソン氏は、「AIが役立つのは、幅広いテーマのリサーチやプランニングといった手間のかかる仕事」と話す。それでも、「出てきた結果を人間がチェックする作業は欠かせません」
「PRのプロはコンテンツ制作をAIに一切任せるべきではない。クリエイティビティーと繊細さが求められるPR活動やコンサルティングは今も人間が主導だし、現時点ではそうでなければなりません」
「我々が求めるレベルのコピーライティングはまだAIには出来ないし、ブログ用の適切な情報源を見出だす能力も不十分」
「AIが作るコピーは不完全で、編集作業は不可欠です。私はAIが作るコピーや、選び出す情報源を信用しない。個人や企業に関する情報収集でもそう。極めてランダムな印象です」
メディアとコミュニケーションを専門にする「ZECCOMSエージェンシー」の創業者エフゲニヤ・ザスラフスカヤ氏は、「AIはコンテンツ生成に利用すべき」と話す。
「基本的なアイデアやドラフト(草稿)を素早く、効率的にまとめられる。文章だけでなく、基礎となるコンテンツ作りにも有用。それを人間の手で改良して、クライアントに合うよう仕上げていく」
「コンテンツの再利用にも役立ちます。異なるオーディエンスをターゲットに据える際、メッセージのトーンを正しく調整してくれる」
昨秋、マイクロソフトがチャットGPTを公開すると、月間アクティブユーザー数はいきなり1億人を記録した。これまでで最も急成長したアプリだ。英国政府もAIの重要性を認識する。先月、スナク首相はAI開発のためのタスクフォースを設立、1億ポンド(約170億円)を投じると発表した。
AIはPRのプロに取って代わるか
日常業務にAIを活用するマーコム業界。だが「AIはPRのプロをサポートしているのであって、彼らに置き換わるわけではない」とザスラフスカヤ氏。
「繊細なニュアンスや情感、コンテクストといった重要な要素は、AIは完全に理解できませんから」
英マーケティングエージェンシー「アンリミテッド」は、独自に開発したAIツール「LUCA」を利用する。
同社「ヒューマンアンダースタンディングラボ」でディレクターを務めるサイモン・コリスター氏は、LUCAが持つ最大の特徴をこう説明する。「同じことの反復が多い事務的な作業から人間を解放し、人間の行動の価値を高める。効率性を最大化するのです」
例えば、調査報告書の要約。最近、同社ではサイバーセキュリティーに関する報告書の綿密な分析をLUCAを使って行った。またクライアントのプレゼンテーションにも活用し、独創的なPRアイデアを生んだ。
「煩雑なコンセプトをいち早く具現化するという点で、AIは非常に効果的。クライアントの潜在力を高めることもできます」とコリスター氏。
同氏も、AIを使う際には人間のサポートが欠かせないという。「AIが出した答えに、人の解釈や知性を幾重にも重ね合わせる。特に長文のコピーは、AIの作ったものをそのまま使うことは決してありません。ソーシャルメディアの広告用には優れたコピーを作ってくれますが」
「AIの作品はすでに物議を醸している。多くのクリエイティブがそう思っているはずです」と話すのは、英「Wコミュニケーションズ」のクリエイティブディレクター、スコット・ディンブルビー氏だ。
「AIのロジックは往々にして冷たく、硬質的。だからこそ人間のクリエイティビティーが求められる」
同氏も前出の2人同様、チャットGPTが全ての課題を解決できるとは考えていない。それでも、「使い古されたアイデアしか出ない時に新しい発想を伝授してくれる。事務的作業のサポートという点でも貴重です」
AIとクリエイティブ
PRエージェンシー「レッドハヴァス」も「Copy.AI(コピーAI)」やチャットGPT、画像生成AI「Midjourney(ミッドジャーニー)」といったツールを様々なクリエイティブに利用する。
これらのツールを使えば「プレゼンの事前段階でクリエイティブの方向性が明確になり、クライアントの意向に沿ったアイデアをいち早く把握できる」と話すのは、同社エグゼクティブクリエイティブディレクターのアンドリュー・スティーヴン氏。「生成AIは我々の仕事の具現化と独自化に役立っています」
プランニングにおいては、複雑なテーマの分析や要約、体系化にチャットGPTは極めて有用だという。
英「ミッシヴPR」の創業者でチーフクライアントオフィサーを務めるニコラ・コロンカ氏も、「AIはテーマを瞬時に特定できる。それによって議論が活性化する」と効能を説く。
だがAIの普及によって「ブランドはよりパーソナルで、人間味あるストーリーを求め始めた」
「こうした状況は、人間とテクノロジーのユニークな協働を生んでいます。我々はAIを活用して情報の収集・整理を行う。一方、ストーリーテリングとクリエイティブなコンテンツで真の価値を提供するのは、コミュニケーションのプロである我々人間。人間だけでもテクノロジーだけでもない、両者の合作なのです」
ピッチとリーチ
メディアのリーチには、AIはどのような影響を及ぼしているのだろう。ターゲティングに注力したAIソフトウェアが「PRophet(プロフェット)」だ。開発したのは米戦略・PRエージェンシー「KWTグローバル」の創業者、アーロン・クウィットケン氏。プロフェットは会議の要点をまとめることもできる。同社エグゼクティブバイスプレジデントでグローバルクリエイティブディレクターを務めるジェレミー・ペイジ氏は、プロフェットは「これまでジャーナリストが書いた記事に基づいてピッチを改訂し、そのテーマに興味を持ちそうなエディターを特定できる」という。
PRマネジメントプラットフォーム「Muck Rack(マックラック)」も、ピッチの制作過程をサポートする、ジャーナリストに焦点を当てたツールを発表した。
「PressPal.ai(プレスパル・ドットエーアイ)」というこのツールは、プレスリリースの中のキーワードから関係性のあるジャーナリストを選び出す。プレスパルを使ってプレスリリースを作成するユーザーは、マックラックの持つデータをもとに、コンテンツに興味を持ちそうなジャーナリストを特定できるのだ。
法的課題
テクノロジーが様々な形で応用され、イノベーションが進化すれば、その裏で法的規制も強化される。今後どのような規制が敷かれるのか懸念する声は多い。
「PR業界が最も気にかけているのは、知的財産権の問題」と話すのは米クリエイティブヘルスケアエージェンシー「リアルケミストリー」の欧州・中東・アフリカ担当ビジネス開発ディレクター、ブロンウェン・アンドリュース氏。
「生成AIが起こす知的財産権の問題は単純ではない。AIを活用するコミュニケーション業界の人々にとって、所有権の遵守と保護は大きな課題になります」
ただ、この問題がAIにとって致命的なものになるとは同氏は考えていない。「AIの未来を築くのは我々。その過程を、コミュニケーション業界は徐々に明らかにしていくでしょう。法規を守りつつ、ユニークでイノベーティブなコンテンツをつくる手段は必ず見出せるはず」
「カスタマイズこそがAIの強みです。高い安全性を確保する最善の策は、所有権の明確なAIシステムを確立すること。そうすればクライアントの指針に沿ったコンテンツを提供でき、機密性も守られる」
多くの課題はまだ残るものの、AIの出現はPR業界が新たな時代に突入したことを意味する。ロボットが人間に取って代わってしまう、と考える必要はないのだ。
(文:エリザベス・ウィレドゥ 翻訳・編集:水野龍哉)