PR・コミュニケーション業界はディスラプションをこよなく愛する。
急激な変革をもたらし、新たな思考とコミュニケーションを生み出すディスラプション。簡単に言えば、コミュニケーションの世界は再び活気づくだろう。今、新たな破壊者として登場したAIは業界に新たな興奮と不安を巻き起こしている。
最良のパートナー?
生成AIの登場は、コミュニケーションのエコシステムに画期的な変革をもたらした。人間のイマジネーションとAIの創造力 −− クリエイティビティーが重視される分野で、このコラボレーションの可能性は無限大だ。
利点としてまず挙げられるのは、コンテンツ制作やデータ分析、ソーシャルメディアのスケジューリングといった日常業務がAIテクノロジーによって自動化され、効率化されることだ。業界では誰もがこの点を喜んでいる。
これはPRチームにとって時間と労力の大きな節約となり、その分を戦略や収益改善といった課題に費やすことができる。同時に、ディープラーニング(深層学習)のアルゴリズムは既存のコンテンツから同じようなスタイルやトーン、言語を学ぶため、キャンペーンをコンセプト化する際にはAIがブランドメッセージを整合化してくれる。
また、AIが生むインサイトは意思決定や作品のクオリティー向上にも役立ち、クライアントに新たな価値をもたらす。
つまりAIツールはクリエイティブの過程で人間の能力を向上させ、最良のパートナーとなる潜在力を秘めているのだ。
求められる慎重さ
とは言うものの、他の最新ツールと同じく、AIの活用には落とし穴もある。
弊社(アヴィアンWE)は南カリフォルニア大学アネンバーグ大学院PRセンターと共同でAIに関する意識調査を行った。対象は米大手コミュニケーション企業の幹部。その結果は「強い関心」と「不安」が入り混じったものだった。
PR業務にAIを導入することに関し、回答者がもっとも懸念しているのは「事実誤認及び誤報」(61%)。次いで「偽情報」(58%)、「データプライバシー」(45%)、「情報の安全性」(44%)、「予期せぬ法律上のトラブル」(43%)と続く。
生成AIはコンテンツ所有権の侵害や盗作、偽情報拡散の可能性といった倫理的問題を引き起こした。AIによるコンテンツは意図せずとも偏見や誤報を含んでいる可能性があり、ブランドの評価・信用を貶めかねない。PRのプロたちは、コンテンツの正確性を十二分に検証する必要がある。
さらに、カスタマーデータや知的財産といった機密情報を保護する適切な措置も強化していかねばならない。
人間のさらなる可能性
AIへのさらなる懸念は、雇用への影響だ。
AIが職場から人間を追い出してしまう……いや、それはやや大げさな考え方だろう。
PR・コミュニケーション業務の本質は人間によるクリエイティビティーやクリティカルシンキング(批判的思考)、人間同士の関係性構築にある。
AIは文章作成で人より優っているかもしれないが、繊細な感情や文化的ニュアンス、ストーリーテリングの芸術性といった要素は理解できない。Chat(チャット)GPTが素晴らしいストーリーを書いたとしても、どのようなトーンがオーディエンスに直接的に訴求するか理解できるのはPRのプロたちだ。優れたPRキャンペーンを見てみれば、「感情」が重要な要素であることは言うまでもない。
さらにメディアやインフルエンサー、クライアント、一般大衆などを含めたステークホルダー(利害関係者)との関係性構築は、PR・コミュニケーション業務の基本的要素だ。個人的ニーズや嗜好を理解し、丁重に物事を進める能力は人間こそのスキルであり、AIが取って代わることはできない。
したがって、AIは人間の仕事を奪うのではない。人間に新たな役割を与えるのだ。人の持つ特定の能力を伸ばすことで、AIはさらに有効活用される。そしてパートナー、コラボレーターとしての可能性が解き放たれる。AIが大きな役割を果たす未来では、分析判断や感情的知性、バイアスの認識と対応、AI操作、そしてAIシステムの洗練化や一体化、実行管理といったスキルが求められるようになるだろう。
AIと人とのバランス
PR・コミュニケーション業界のAI導入は始まったばかりで、その未来は間違いなくエキサイティングだ。
しかし今、エージェンシーが最優先すべきことは安全性への考慮と適切な安全対策の実施にほかならない。それを完璧に行った上でカギとなるのは、AIの能力と人間のクリエイティビティーとの正しいバランスを見つけること。その上でAIを活用すれば、AIと人とのパートナーシップは業界を一新し、コミュニケーションの新たな時代を切り開くことになるだろう。
(文:ニティン・マントゥリ 翻訳・編集:水野龍哉)
ニティン・マントゥリ氏はインドのコミュニケーションエージェンシー「アヴィアンWE」のグループCEO、「WEコミュニケーションズAPAC」のエグゼクティブマネージングディレクターを務める。