David Blecken
2016年11月04日

ブランドにとってのフロンティア市場、eスポーツ

ビデオゲームが、スポーツ競技として日本でもブームを巻き起こそうとしている。若年層への訴求を図るブランドにとっては、この新しいスポーツを一刻も早く理解することが必要だろう。

今年の「リーグ・オブ・レジェンド」世界大会決勝戦は、NBAファイナルの2倍近い視聴者を集めた。(写真提供:「リーグ・オブ・レジェンド」)
今年の「リーグ・オブ・レジェンド」世界大会決勝戦は、NBAファイナルの2倍近い視聴者を集めた。(写真提供:「リーグ・オブ・レジェンド」)

多くのグローバル市場で、既に大規模な観客を動員しているeスポーツ(対戦型ビデオゲームをスポーツ競技として捉えたもの)。その人気がとうとう日本でも火がつきそうだ。様々な分野のブランドにとって、この兆候は重要な意味を持つ。

調査会社「ニューズー(Newzoo)」が最近出したグローバルレポートによれば、eスポーツのファンは現在1億4,800万人。市場規模は5億米ドルに迫る勢いで、2019年にはさらに11億米ドルにまで成長する見込みだという。

現在、eスポーツの主要市場は韓国、米国、欧州、そして中国だ。特に米国では急激にプロリーグのような形態になりつつあり、既存のスポーツのリーグと競合するまでになってきた。ニューズーの調査では、野球など従来型のスポーツ観戦の時間が減り、eスポーツの視聴時間が増えたという回答者が4分の3に上っている。実際、今年の「リーグ・オブ・レジェンド」世界大会の決勝戦は3,600万人もの視聴者を集めた。この数字は米国の男子プロバスケットボールリーグ、NBA優勝決定戦の視聴者の2倍近い。

ゲーム大国である日本で、eスポーツがこれから普及しようとしているのは意外かもしれない。ゲーム業界専門のクリエイティブ・エージェンシー「プレイブレーン」の創業者であるマイク・シータル氏は、その主な要因として「カウンターストライク」や「バトルフィールド」といった欧米発のタイトルが対戦型ゲームの主流だったことを挙げる。世界的に人気を博すライブストリーミング配信プラットフォーム「Twitch(ツイッチ)」のCOOであるケヴィン・リン氏も、「日本市場は確かに潜在力が高いのですが、日本で人気のあるゲームは他の市場で親しまれているゲームと大きく異なっています」と言う。それでもeスポーツの世界的規模での広がりを考えれば、「日本でも盛り上がるのは確実」と予測する。

「全てが今、動き始めています」と言うリン氏。プレイヤーたちは独自のブランドを作ればプロのゲーマーになれることを知り、ゲーム開発者たちは観衆を意識したゲーム作りを始めている。同氏はこの傾向が向こう5年でより顕著になると見込んでいる。

今こそが変革期

もちろんeスポーツが日本で近い将来、プロ野球のような実際のスポーツに取って代わることは考えにくい。だがシータル氏は、eスポーツが既存のスポーツリーグと同レベルで認知されるようになるのは間違いないという。それを実現するには、ブランドからのスポンサーシップによる資金注入が欠かせない。ブランドの立場からすれば、eスポーツに早々に参入することが得策だろう。

eスポーツが他のスポーツの観戦時間を減らしても、潜在力のある若年層を開拓してアピールすることは優先事項だ。シータル氏は、従来型のスポーツ観戦をする人々の年齢層は高くなっていくが、eスポーツに興味を持つのは15歳から25歳までの層が中心であることに着目する。eスポーツファンは圧倒的に男性が多いが、女性ファンもいないわけではない。市場が拡大しコンテンツが多様化すれば、女性ファンがもっと増えていく可能性を秘めている。

eスポーツはライブイベントのほか、「オープンレック」、ニコニコ動画、アメーバTVの「フレッシュ」、さらに最も新しいところではツイッチといった、ストリーミングチャネルや後から動画を楽しめるプラットフォームで視聴されている。視聴者にとっての楽しみは、普段スクリーンの横に流れるライブチャット機能だ。コメントが矢継ぎ早に飛び交い、その多くは辛辣でユーモアたっぷり。Campaignが話を聞いたある東京のゲームファンは、eスポーツが日本で成功するカギとなるのは、「こうしたシニカルさをそのまま生かし、あまり行儀良くならないこと」だと言う。

では、ブランドはこのeスポーツの世界とどのように関わっていけるだろうか。ゲーム開発会社やハードウェアのブランドがプレイヤー、あるいはトーナメントのスポンサーになることはもちろんたやすく想像できる。シータル氏は、スポンサーシップには金銭的支援から技術的支援まで、はたまた何もしないといった選択肢も含めて様々な形があるという。最近ではゲームにまったく関係のない分野のブランドもeスポーツへの関心を高めているそうだ。世界的格闘ゲーマー・ウメハラこと梅原大吾選手とレッドブルがスポンサー契約を結んだ例を同氏は挙げ、「日本で今、変革が起きようしているところです」と言う。

一般的にブランドは、個人ではなくチームのスポンサーになることが多い。シータル氏は、「日本では集団力学が強く作用するため、チームスポンサーとしてのアプローチが主流になるでしょう」と予想する。スポンサーの負担は様々で、単にゲーム機器を提供するだけということもあれば、何十万ドルという大金を注ぎ込むこともある。選手の契約上の義務も、スポンサーブランドを身に着けることからツイッチなどのチャネルへの出演、サイドストリーミングまで多岐にわたる。

「15歳から25歳までの層がトレンドを生み出し、周りに影響を与えることを考えれば、どのような若者向けブランドでもeスポーツに参入することはメリットにつながるでしょう」とシータル氏。だが従来のスポーツと同様、投資するチームに関しては注目度や将来性とともに、その本質を見極めてブランドの価値観と合っているかどうか、よく検討することは必須となる。「良い契約ができれば将来的に大きな利益が得られ、プレイヤーとも良好な関係を築くことができます。今はeスポーツの黎明期で、スポンサーは影響力を最大限に発揮できるときですから」と同氏。「資金提供は、スポンサー活動の半分に過ぎません。その見返りに何を得たいか、チームのためには何ができるのかということを明確にする必要があります」。

「洗練さ」を上回るもの

ゲーマーにとっての一大関心事である攻略ノウハウは、ブランドにとってもコンテンツマーケティングと捉えられる。攻略法を扱うサイトやフォーラムは多々あるが、いずれもニッチでそれほど洗練されてはいない。シータル氏のプレイブレーン社では、プレイヤーの議論を活性化する戦略プラットフォーム「Dekki」を現在準備中だ。「効果の低いバナー広告を越えて、ブランドがもっと深くゲームに関われるようにしたいのです」。インフルエンサーのコンテンツ制作を支援することも、ブランドの露出度を格段に高める手段の1つだという。

eスポーツのファンの心を掴むには、彼らの興味や行動をよく理解する以外に方法はない。だが、それができているブランドはほとんどない。ツイッチは、動画配信の前や最中に流す広告で視聴者とどのように適切なコミュニケーションをとれるかという、ブランド向けのトレーニングを実施している。「広告に込められたメッセージに説得力と信ぴょう性があるならば、ユーザーはちゃんと受け入れてくれます」とリン氏。ゲームの世界で生きていくためのルールは、決して難しいものではないのだ。ユーザーの関心にきちんと応え、そのタイミングを理解し、かつ斬新であること。そうすれば、高い費用をかけて練り上げた広告よりもずっと大きな効果が得られるだろう。

その好例がある。PCゲームを徹底的に楽しめるようにチューニングしたゲーム専用パソコン「G-tune」だ。「リーグ・オブ・レジェンド」の大会で流した広告のタグライン「スピード・アンド・パワー(Speednpower)」は、期せずして視聴者の合い言葉となった。シータル氏はこう語る。「控え目に言っても、この広告は実に陳腐なものでした。しかしタイミングが絶妙だったために、視聴者はそのメッセージを真摯に受け止めて熱狂的に支持したのです。広告は必ずしも洗練されている必要はありません。視聴者の心に響くものを作ることが大切なのです。彼らはいつも情熱的で、新しい相互コミュニケーションの機会を求めていますから」。

「このような相互コミュニケーションは、プログラムに基づいた計算で実現できるものではありません。ライブストリーミングと並行するチャットから自然に生まれるインタラクションなのです。これこそが、バナー広告では実現できない本当のブランド認知と言えるでしょう」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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Campaign Japan

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