この2月、ジョン・キング氏に代わってピュブリシスワン・ジャパンのクリエイティブ責任者となったエリック・ロサ氏。ブラジル出身で、ポジティブながら謙虚で気取らない印象を与える同氏は、日本の文化や広告に強い興味を抱く。
「ブランドは“オールウェイズ・オン”である必要はなく、その企業なりのやり方で顧客と向き合えばよい」というのが同氏の考え方。「広告界の人間はデスクに張りついてばかりいるのではなく、自由な時間を大いに過ごすべきです。広告に四六時中、神経をすり減らさなくてもいいように」。
現在の課題は他のピュブリシスワン幹部同様、様々な企業から集まったスタッフを1つにまとめ上げることだ。同氏はそれを過激な手法ではなく、「民主化」によって成し遂げようとしている。400人を超す全社員にクリエイティブブリーフを配布し、自由に意見を求めるのもその一例だ。
「クリエイティブでも営業でも、あるいはPRのスタッフでも構いません。アイデアを出すチャンスは誰にでも公平に与えられています」。中でもプランナーが出すアイデアを高く評価する。「最高のクリエイティブと言わないまでも、社内で最も優れたクリエイティブの何人かはプランナーです。私が目指すのは、社内の見えざる壁を文字通り打ち破り、それを我が社の象徴とすること」。
国内では驚くほど多くの広告代理店が社内に仕切りを設けているが、同氏はこれを全て取り払った。アイデアを生むためには「摩擦」と、ある程度の「雑音」が必要と考えるからだ。社員が自分のアイデアに固執しすぎないようにするのも狙いだという。
社内でプライバシーをなくしたことへの反応は、これまでのところ上々。「今では皆の動きを見ることができます。2、3人をパッと1つの部屋に集め、ブリーフを作成させることも簡単です」。こうした職場環境を、「社交的で民主的」と表現する。
またロサ氏は、「日本だけの特性」に刺激を感じるという。「その側面が、まさに日本独自の広告スタイルを育んだのだと思います。常に完璧に理解できるわけではありませんが……」。日本語のスキルはまだ不十分だが、それでも毎日一定の時間はテレビを見て勉強に励む。「様々な国の文化や人々、多くのトレンドを吸収するシンガポールとは違います。日本は独特な存在です」。
だからと言って、日本は世界のトレンドから完全に隔離されているわけではない。フリーランスで仕事をするクリエイティブが増えていることもその一例だ。この流れを仕事上の妨げと見る代理店マンもいるが、ロサ氏は逆に「新風を吹き込む」と考える。「クリエイティブが特定のブランドと密になりすぎるのは、良くありませんから」。
また、在宅勤務への要望の高まりも代理店の働き方を変えつつある。ピュブリシスも今、そのシステムを取り入れつつあるところだ。同氏がかつて働いていたシンガポールでは、幼少の子どもを持つ母親に生活に合った働き方を選ばせたところ、より良い成果が出るようになったという。
「代理店は柔軟性があるので、社員がいつも9時から6時までデスクに座っていなくてもすぐに適応できると思います」。だが、まだ全ての代理店にこの言葉は当てはまらないだろう。
今ではテック企業にも門戸が開かれるなど、クリエイティブの就職先には数多くの選択肢がある。良い人材を代理店に集めることが難しくなってきているのは、同氏も否定しない。「今の状況は否定できません。唯一の解決策は、それに適応することです」。
その一例が、ピュブリシスが導入したAIプラットフォーム「マルセル」。これを活用することで、10年前に共にポルトガルで仕事をし、今はシカゴに住む元同僚と再び仕事ができるようになった。「彼女はこれまで私が出会った中でも最も優秀なクリエイティブの1人でしたが、仕事の関係は途絶えていました。だが今ではマルセルのおかげで、ボタン1つで彼女と仕事ができます」。
メルボルン・ビジネススクールで教鞭をとるマーケティングの第一人者マーク・リットソン氏は、マルセルを「出来の悪いリンクトイン(LinkedIn)」と表現したが、ロサ氏はそれに反論する。「リンクトインが人をつなぐやり方はマルセルとは異なります。なぜなら、マルセルには知的能力がある。私が誰とどのように仕事をしているのか、これまで何をしてきたのか こうしたことを学んでいるのです。ですからリットソン氏の言葉は賢明ではないでしょう」。
ブランドでインハウスの職を得るクリエイティブが増えていることも今の傾向だ。多くの代理店はこれを競争と見なすが、同氏はインハウスクリエイティブを「他のポジションにある人々(例えばマーケティング責任者)よりも代理店との働き方を知っている、“トロイの木馬”だと思っています」。「彼らもかつては我々と同じ立場にいた。ですから我々を出し抜くような競争相手と見るのではなく、良い関係を築くことが代理店にとって得策でしょう」。
影響を受けた広告作品
ロサ氏がこれまで強い影響を受けた広告とは何か。同氏はキャリアをスタートした頃に「衝撃を受けた」2つの作品を挙げる。その1つは、1980年代にブラジルの新聞が展開した「ヒットラー」。例え真実でも、偏ったストーリーはその真実を歪曲しかねない。そうした前提の上で作られたこのストーリーは、現実性という点で今も当時の輝きを失わない。
もう1つが、ホンダの「Grrr(ガルルル)」。「はじめて見た、車の走っている姿をスローモーションで見せない車の広告でした。あらゆるルールを打ち破っており、おそらくこれまでの広告で最も好きな作品ですね」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)