バイデン政権が米国内でTikTokを禁止すると表明し、州政府や地方自治体も追随するなか、TikTokに注力してきたエージェンシーは、TikTokを利用できなくなった場合の対応策を検討している。
Movers+Shakersの共同創業者兼CEO、エヴァン・ホロウィッツ氏は、TikTokの禁止措置が現実になったとしても、他のソーシャルメディアプラットフォームが同等のサービスを提供しているため、TikTokからの移行は可能だと話す。
メタが「リール」でTikTokを忠実に模倣するメリットは、ミレニアル世代とZ世代をターゲットに、ブランドを成功に導いてきたMovers+Shakersのようなエージェンシーが、TikTokが禁止された場合でも、リールなら移行が可能だと考えてくれることだ。
若年層にフォーカスするMovers+Shakersも、リールやユーチューブ「ショート」で、一般を対象としたウェビナーの開催やブログ記事の投稿も行っており、クライアントのソーシャルメディア戦略に合わせたランチタイム勉強会やセミナーも実施している。同社は常々クライアントに対し、ソーシャルメディアプレゼンスを多様化し、新興プラットフォームについても最低限テストだけはするよう推奨している。例えば、その一例として、エルフ・コスメティックス(e.l.f. Cosmetics)に、BeReal(ビーリアル)を最初期に採用させている。Movers+Shakersでは、TikTokが禁止される潜在的リスクを考慮して、最近は特に多様化を奨励しているのだとホロウィッツ氏は説明する。
同氏によると、Movers+Shakersのクライアントのうち、TikTokについてアドバイスを求めてくるのは3割程度だが、Z世代やミレニアル世代とのつながりを求めるクライアントは7割を越えるという。
「当社は、TikTok専門エージェンシーだとは思われたくない」とホロウィッツ氏は言う。「社会からも、今はそのようには見られていないと思う」
バイデン政権は、TikTokの中国側オーナーであるバイトダンスに対し、TikTokの株式を売却すれば、同アプリを禁止しないことを伝えている。3月、TikTokのCEO、周受資(ショウ・ジ・チュウ)氏は、同社に疑惑の目を向ける米議会の公聴会で証言し、TikTokが若いユーザーの精神に悪影響を及ぼすという非難に対し、未成年者の安全を優先させると回答した。4月上旬には、英国個人情報保護監督機関(ICO)が、英国の未成年者100万人以上のプライバシーを侵害したとして、TikTokに1270万ポンド(約21億1900万円)の罰金を科している。
周氏は、TikTokは米国ユーザーのデータを中国政府と共有しておらず、要請されたこともないと、議会で証言した。この公聴会に先立ち、周氏は、同アプリが米国内に1億5000万人超のユーザーを抱えていると、TikTokに投稿していた。
@tiktok Our CEO, Shou Chew, shares a special message on behalf of the entire TikTok team to thank our community of 150 million Americans ahead of his congressional hearing later this week.
♬ original sound - TikTok
3月には、クリエイターらが米連邦議会議事堂前に集結し、TikTok禁止の動きに抗議した。同月上旬には、アメリカ自由人権協会(ACLU)が、TikTokの禁止は憲法修正第1条に違反するとの見解を示す声明を発表している。
TikTokをメインに、クリエイティブとメディアバイイングを手がけるエージェンシーのGassedは、最近になってサービスの範囲を拡大し、メタもカバーするようになった。しかし、この決定はTikTok禁止の動きに呼応したものではないと述べている。
Gassedの共同創業者でプレジデントを務めるディーン・ロハス氏はこう語る。「当社は今でもTikTok専門エージェンシーとして認知されることを望んでいる。ただ、ポリシーを少し変更し、TikTokファーストではなく、UGCファーストを目指すことにした」
すでに多くのブランドがTikTokとリールの両方に短尺動画コンテンツを投稿している。Gassedもメタへの傾倒を強めており、メタとTikTok両方にクリエイティブを配信することをデフォルトとし、すべてのクライアントが両プラットフォームでパフォーマンスを比較できるようにする予定だ。
「かつてはその都度、案件ごとに追加していたが、今後は常に両方に配信されることになる」とロハス氏は説明する。
パーパスに特化したコミュニケーションエージェンシー、フェントン(Fenton)は2023年初頭、TikTokで存在感を高めたい団体向けの入門書をアップデートした。TikTokの禁止は、それ以外のソーシャルメディアではプレゼンスのないクライアントに最も影響を及ぼすため、同社は、提携する財団や非営利団体に対し、リールやユーチューブショートにも対応する短尺動画コンテンツを作成するよう奨励している。
「当社は、より直接的なコミュニティを構築することを奨励し、こうした事態に備えてきた」と、フェントンの最高デジタル責任者を務めるシャキーラ・ヒル・テイラー氏は語る。「メール、ディスコード(Discord)、その他のマイクロコミュニティを通じて、人々の集まりをより直接的にコントロールできる」
テイラー氏はまた、エージェンシーがクライアントに、TikTokが禁止された場合の準備について情報提供する際にも、積極的な社内コミュニケーションが必要だと話す。
「今はみんなに、とにかく落ち着くようにアドバイスしている」とテイラー氏は言う。「現時点では、まだ誰も乗り換えを考える必要はない。ただ、動画をホストする場所はTikTokだけでなく、別のところに置くことも検討すべきだ」
リールは今のところ、TikTokに比べてマネタイズや関心を集めることに苦戦している。しかし、もし最大の競争相手が失速するなら、メタにとっては好材料となる可能性が高い。
メタにとってチャンスである一方、TikTokファーストのエージェンシーにとっては、移行に際して不都合な点もある。メタの方が広告単価が高いため、クライアントの費用対効果が下がるおそれがあるのだ。フィナンシャルタイムズは1月、VaynerMediaが1000インプレッションを獲得するのに要した費用は、TikTokでは、リールの半分だったと報じている。
「これを受け入れるのは大変だろう」と、TikTokエージェンシーを率いる広告業界幹部は語る。「だが思うに、クライアントはリールに予算を投じることを、受け入れざるを得ないはずだ。というのも、私が予想するように、クリエイターがこぞってリールに移行し、ユーザーもその後を追うなら、オーディエンスに対価を払うという原則に従う以上、それを受け入れざるをえないからだ。オーディエンスが他の場所に移動するなら、料金体系や仕組みが少し変わっても、その後を追うことになるだろう」
この幹部はまた、TikTokが禁止されれば、エージェンシーがクリエイターへの予算を、残りのプラットフォームに投じることになり、TikTokクリエイターへの投資の大部分はメタに流れることになるだろうと予想する。ただし、TikTokで活躍するクリエイターが必ずしも他のプラットフォームで活躍できるとは限らないため、提携するクリエイターは見直す必要があるかもしれない。
「特定のプラットフォームに大きく依存しているクリエイターとの関係は、多少損なわれるかもしれない」と前出の幹部は指摘する。「ブランドにも、多少不満や困難はあるだろうが、クリエイターや彼らと契約するエージェンシーにとってはさらに厳しいことになるだろう」
2020年の大統領選の頃、Movers+ShakersはTikTokでキャンペーンを実施しようとして拒絶されたことがある。当時は、TikTokの言論の自由に関するルールが厳しかったからだ。同社はそのコンテンツをリールに投稿し、提携していたクリエイターとの仕事は継続することができた。だが、オーディエンス規模に応じてインフルエンサーに支払う金額は再調整する必要があった。
キャンペーンを実施している最中にTikTokが禁止された場合には、「損失を受け入れなくてはならないケースも出てくるはずだ」とホロウィッツ氏は指摘する。
直面している政治的な逆風にもかかわらず、2023年には、TikTokにさらに多額のメディア費が投じられるとアナリストらは予想している。世界広告研究センター(WARC)は3月、TikTokの2023年の広告費予測を、約20億ドル(約2690億円)上方修正して152億ドル(約2兆420億円)とした。また、マーケターの4分の3が今後TikTokの活用を増やす予定だとしている。つまり、TikTokは2022年比で広告収入が52%増加し、メタ傘下のインスタグラムの広告事業のほぼ3分の1の規模に達すると予想されている。
禁止される可能性があるにもかかわらず、ホロウィッツ氏は引き続き、TikTokを若いオーディエンスとつながるための最善のプラットフォームと位置づけており、クライアントにはTikTokへの広告支出を増やすように勧めている。
同氏は、禁止の可能性にもかかわらず、クライアントはソーシャルメディア予算を変更していないと指摘する。Movers+Shakersは、エルフ・コスメティックス、ナーフ(Nerf)、ニュートロジーナ(Neutrogena)などの、TikTokバイラルキャンペーンを手がけ、2022年半ばには、売上が倍増し3800万ドル(約51億500万円)にまで達していた。
「TikTokは、今でもカルチャーを広める最高のツールであり、当社は引き続き投資を増やすよう勧めている」とホロウィッツ氏は語る。「TikTokが存続するのがあと10日であれ、あと10年であれ、どんな変化があったとしても、当社はクライアントの戦略アドバイザーであり続け、若者文化とつながりを築く方法や、その最適なツールについてアドバイスしていくだろう」