83.9% −− これはW杯組織委員会が発表した、日本国内での大会への認知度を示す最新の数字だ。試合が開催される12都道府県での平均認知度は85.2%に及ぶ。第1回の調査が行われた2015年9月は全国平均で51.2%、昨年9月には68.3%だったことを思えば、大会のPRは確実に成果を上げてきたと言える。
これまで日本におけるラグビーの最大のプロモーションは、前回イングランド大会における「スポーツ史上最大の番狂わせ」(欧米メディア)、対南アフリカ戦の日本の勝利に違いない。だが、ラグビーが文化として根付いているとは言えないこの国で、その後ラグビーへの関心も浮沈した。
W杯開幕まで1週間を迎えた先週あたりから、メディアはこぞってラグビーをはやし立てるようになった。ここに来てやっと認知度に見合った全国的な盛り上がりが感じられるようになったのは、やはりまだ日本がラグビー先進国ではないことの証か。今更ながらラグビーのルールを特集する新聞記事やテレビ番組が、その象徴でもある。
今回のW杯で、日本は世界の3大スポーツイベント −− ほかの二つは五輪とサッカーW杯 −− を全て主催することになる。これを成し遂げた国はほかには英国(イングランド)とフランスぐらいで、マーケティング的観点からしても日本にとっては大きな「勲章」だ。今大会の協賛企業は最高位のワールドワイドパートナーがエミレーツ航空、ハイネケン、ランドローバー、マスターカード、ソシエテ・ジェネラル銀行、DHLの海外企業6社。その次に位置するオフィシャルスポンサーはキヤノン、TOTO、セコム、大正製薬(リポビタンD)、三菱地所、NEC、ヒト・コミュニケーションズ、大成建設という日本企業8社。
ハイネケンやランドローバーのように、世界を舞台に継続的にラグビーと関わってきたワールドワイドパートナーはさておき、日本ブランドの取り組みはどのようなものなのか。オフィシャルスポンサーの中で日本の社会人ラグビーの最高峰であるトップリーグ、及びその下部リーグにチームを所有しているのはキヤノン、セコム、NECの3社だ。いずれも1980年代に創部、最も古いNECは40年近くの歴史がある。そして今回、いかにも日本の美徳を感じさせる「縁の下の力持ち」的取り組みが目立つのがキヤノンとNECだ。
キヤノンは、試合が行われる12会場全てにサービスブースを設置。世界各国から取材に訪れるプロのカメラマンたちの徹底的なサポートを行い、最新のニーズを掘り起こす。更に、映像に関するさまざまなソリューションを提供。「自由視点映像生成システム」や5Gを用いた報道写真の伝送実験といった最新テクノロジーの活用でアピールを行う。これまでのPR活動の結果、「大会のテレビ中継機材の多くにはキヤノンの放送レンズが使用される」(同社広報部)。一般消費者向けには大会期間中、4つの会場近くに設けられるファンゾーン(パブリックビューイングなどを行うエリア)に出展。動画体験や写真のプリントサービスを実施する。また各自治体と協働し、全国80カ所以上でこれまでのW杯の写真を展示する「ウォールギャラリー」も展開中。写真は大会の進行とともにアップデートされる。
NECが掲げるのは、「大会運営の円滑化とおもてなし向上」(同社広報室)。東京・横浜の2会場のメディア関係者入り口で顔認証システムを提供、本人確認を実施して不正入場を防ぐ。この技術は全国のファンゾーンでも活用、笑顔の採点をする「笑顔パワーゲーム」で一般消費者への訴求も図る予定だ。また、大会ボランティア募集サイトでは同社のサービスが採用され、ボランティア業務の円滑化に寄与。このサービスは日本航空など数社にも導入された。更に東京会場で次世代型の業務用無線システムを試験提供したり、競技会場のある自治体と提携して多言語音声翻訳サービス「NEC翻訳」を提供したりと、多岐にわたる細やかなサポートを行う。
セコムも「安全性」という見地からの取り組みが中心だが、先の2社よりもテレビCMの露出が多い。昨年10月より放映してきたCMは大会期間中、より集中的に流される。SNSを活用した防犯・防災への啓蒙活動や、会場での社員ボランティアにも積極的。同社は男女日本代表(15人制及び7人制)のオフィシャルパートナーでもあり、世界最高峰リーグ「スーパーラグビー」に挑む日本選抜チーム「サンウルブズ」のオフィシャルスポンサーでもある。「ひたむきに前に突き進むというラグビーの特性が我々の企業風土に合致しており、W杯への協賛もごく自然な流れ」(同社コーポレート広報部)。「これまで培った警備の実績やノウハウを今大会で生かし、新たに得る知見を(オフィシャルパートナーである)東京2020大会をはじめ大規模イベントで更に活用していきたい」(同)。
セコムのテレビCM、「その裏で、セコム / RWC2019」。2パターンあるものの一つ
「縁の下の力持ち」ということで最も際立つのはTOTOだろう。B to Cにおける目標は、「海外におけるブランドイメージ向上」(同社広報部)。ラグビーとの直接的な関連性は薄いため、会場や公共空間におけるトイレの快適性を高めることで訪日客への訴求を図る。同社は既に国内での認知度は抜群。海外でも欧米やアジアで一定の認知を受けているものの、今大会の強豪国である豪州やニュージーランド、南アフリカ、アルゼンチンといった南半球諸国では販売・製造拠点がない。こうした国々からの訪日客にハイテクトイレのクオリティーを訴えることが特に喫緊の課題だ。大会期間中に限らず、同社の合言葉は「日本を世界のショールームに」。過半数近くの競技会場でトイレの改修を行い、日本の玄関口である成田空港や訪日客に抜群の人気を誇る広島・宮島にもショールーム的なトイレを設置した。
2002年から欧州やオセアニアの代表チームを招く「リポビタンDチャレンジカップ」を主催してきた大正製薬も、ラグビーとの関わりは比較的長い。日本代表チームのトレーニングの模様をフィーチャーしたテレビCMを1年以上前から放映しており、大会に合わせて日本代表応援キャンペーンをウェブ上やコンビニエンスストアで展開する。記念ボトルやフェイスタオルなどが一緒になった「応援パック」の販売、ラグビー発祥の地・英国への旅行などを景品として用意。更に、詳細は未定ながら日本代表の試合に合わせ参加型キャンペーンも実施予定という。従来型の「王道」的戦略だろう。
6月のCampaign JapanのラグビーW杯に関する記事で「最も意欲的」と記した三菱地所は、「丸の内15丁目プロジェクト」をよりスケールアップして推進していく。同社が開発した丸の内の高級商業エリアでは、引き続き多くのイベントや展示を開催。マッキャンエリクソン制作本部長ECDの中村猪佐武氏は、「単純にスポンサーとしての広告活動を行うだけでなく、不動産会社の強みを生かして丸の内をラグビーファンが集う街に変え、ラグビーの魅力を伝える聖地に変えてしまったのが印象的」と話す。開幕に向けて目玉となるのは「丸の内ラグビー神社」の建立と、日本代表チームのユニフォームを象徴する赤白のボーダーをさまざまな商品に生かした「ボーダーうぇいプロジェクト」だ。全48試合のパブリックビューイングも実施。「これまでは『ラグビー×街づくり』がテーマでした。今後はラグビーに限らず『スポーツと言えば三菱地所』という企業イメージの醸成を図り、不動産事業に結びつけていきたい」(同社広報部)。
9月より放映されている三菱地所のテレビCM、「新しい匂いのする街 / 丸の内のラグビー熱篇」
この8月、駆け込みでオフィシャルスポンサーとなったのが大成建設とヒト・コミュニケーションズ。大成建設は特にキャンペーンの予定はなく、「会場となるスタジアムの建設に携わった関係上、スポンサーになることを決定した」(同社広報部)。ヒト・コミュニケーションズからは回答がなかった。
こうしてまとめてみると、日本企業のキャンペーンはテクノロジーを駆使したきめ細やかなサポートから街のお祭り気分を盛り上げるものまで多彩だ。スポーツマーケティングを専門とするオクタゴンのビジネス・デベロップメント・ディレクターの牧健氏は、以下のように総括する。
「これまでのロゴや企業名の露出、テレビCMといった伝統的手法から、ビジネス的にターゲットにリーチ / エンゲージするマーケティング手法への過渡期といった印象を受けます。ラグビーというスポーツを自分たちの製品やサービスに落とし込み、どのようにマーケティングに活用し、最終的にビジネスにつなげるかといった問題意識が担当者レベルに生まれているのでしょう」
では、問題点は何か。「グローバルスポンサーに比べると、アクティベーションやキャンペーンは深みやコンセプトといった面でまだ学習すべきことがあると思います。また今回は、ラグビーに関わる広いターゲット層にリーチできる機会。訪日客に対する視点が全体的に若干足りないのではないでしょうか」。「観戦チケットを利用したキャンペーンは多くの企業が実施すると思いますが、何を達成したいのか、狙ったターゲットにリーチできるのか、そして観戦してもらったことで企業のビジネスにどうつながるのかといった課題を道筋立てて検証できる仕組みをつくるべき。独自のアイデアが詰まった観戦プログラムを提供することで、スポンサーシップの回収、更にはマネタイズまで行き着けるのではないでしょうか」。
そして、注目点として以下の事柄を挙げる。「ラグビーのスポンサーシップはB to Bの活用が想定されるので、会場でのホスピタリティーやショーケーシングに注目しています。オフィシャルスポンサー以外の企業も東京2020大会を控えてさまざまな施策やテストを実施すると思うので、そちらにも注目していきたい」。
(文:水野龍哉)