David Blecken
2017年2月02日

任天堂の未来を占う、「Switch」

京都に本社を置く任天堂は来月、社運を賭けた新型ビデオゲーム機を発売する。その成否を左右するのは、過去の失敗から得た教訓とマーケティングだろう。

任天堂の未来を占う、「Switch」

任天堂ブランドの資産価値の推移を見ると、同社が安定経営を享受していたのはもうずいぶんと昔のことになる。昨今の停滞の一因は、以前からのブランドイメージかもしれない。任天堂と言えば、懐かしいゲーム黎明期を思い出させるお馴染みのブランドだ。だが10年以上前にWii(ウィー)で大成功を収めて以来、画期的な製品を世に送り出すことはなかった。

昨年は、社会現象にもなった「ポケモンGO」効果で同社の株価は一時的に急上昇した。が、実は「端役」としての役割しか果たしていないことが知れ渡ると、株価はすぐに元の水準まで落ち込んだ。公平を期すためにあるオンライン評論家の言葉を付記すると、「ポケモンGOが脚光を浴びたのはほんの短い期間に過ぎなかった」。それにしても、任天堂がモバイルゲームの分野にチャレンジしようとしないのは、大きなチャンスを逃しているように思えて仕方がない。もっとも、アップルとアンドロイドのデバイスに適応した賛否両論の“ガチャ”ゲーム、「ファイアーエムブレム」の世界的発売は、その努力の表れとも言えるだろう。

いずれにせよ、ゲーム機の大量販売に固執する同社の姿勢は、多くの人々の目に時代遅れと映る。2012年に発売したWii U(ウィーユー)の売上台数は1,400万台だった。Wiiが1億台だったのに比べると、大失敗だ。3月に発売されるSwitch(スイッチ)がどういう結果を出すのか、大いに注目を集めるところだろう。

期待、そして課題

ブランド的観点からすると、「2017年は任天堂にとって非常に重要な1年になる」と言うのは、東京のゲーム・コンサルティング会社「カンタンゲームス」のCEOサーカン・トト氏。Switchには既に好材料が揃っている。万人に愛されるブランドから発売される、ユニークで魅力的なデザインの新製品。事前注文の多さにもそれが表れている。

ブランドコンサルティング会社「プロフェット」のアソシエイトパートナー、デヴィッド・ブラビンズ氏は「任天堂にはヒット商品が必要なので、Switchは大きな賭け」と語る。「ブランド的には任天堂のいつものやり方ですね。意外性があって楽しく、親しみやすい。任天堂はこれまで据置型と携帯型、両方のゲーム機で実績を上げてきましたが、今回はそれらを一体化して勝負することになります」。

しかし、Switchへの投資家たちの当初の反応は盛り上がりに欠けた。シームレスで「持ち運びができるゲーム機」というコンセプトはこれまでなかったが、スマートフォンやタブレットが主流になった今日、携帯型ゲーム機にどれほど将来性があるのか疑問視する声は多い。コミュニケーションから価格、ゲームソフトの品揃えに至るまで、マーケティング全般が新製品の成否を握る鍵になるだろう。

Switchが直面する課題は明らかだ。第一に、携帯型ゲーム機としてスマートフォンの代わりになるのではなく、「スマートフォンとともに持ち運ばなければならないこと」とブラビンズ氏。「携帯型ゲーム機の分野は不発だった製品で溢れています。例えばプレイステーション ヴィータのように」。Switchは「手軽にゲームを楽しみたいスマートフォン派と、既にPS4(プレイステーション4)やXbox(エックスボックス)を持っているような本格的にゲームを楽しむ家庭用ゲーム機派の間で、どっちつかずになりかねません」。

Switchの発売で、「任天堂はゲーム市場のトレンドから遅れていないことを人々に認識させなければならない」と話すのは、ゲーム業界専門のクリエイティブエージェンシー「プレイブレーン」の創業者兼CEOマイケル・シタール氏。だがSwitchはスマートフォンよりかさばり、PS4やXbox Oneに比べてパワー不足で、苦戦を強いられる可能性がある。

肝心なのは、Wii Uのマーケティング上の失敗から任天堂が何を学んだかということだ。シタール氏はまず、Wiiと比較して発売のタイミングが非常に悪かったことをあげる。モバイルゲームが台頭し、家庭用ゲーム機の競合各社が飛躍的に質を高めた時期だったからだ。加えて、Wii U自体にも特に目新しさはなかったこと。だがそれら以上に、任天堂がWii Uの良さを十分に伝えきれなかったことが大きな敗因だろう。Switchのプロモーションでは、その特徴をユーザーにきちんと理解してもらう必要がある。

「Wii Uの発売時に任天堂が犯した過ちは、具体的にどんなゲーム機なのかターゲット層に説明できなかった点」とトト氏。だからこそWii Uは期待外れの結果に終わった。「今回のSwitchのメッセージはより明快で、『持ち運べるテレビゲーム機』であるということ。これは明らかに、競合他社の製品やWii Uとの違いを打ち出せます。ゲーム機メーカーがこうしたコンセプトで製品を送り出すのは初めてで、説明しやすいのも確か。気になるのは、どのようなユーザーをターゲットにしているかという点ですが」。

「みんなのニンテンドー」

任天堂にとってその答えは簡単だ。つまり、ターゲットはあらゆる人々。だが今は、(そうしたコンセプトで良かった)2006年ではない。新型ゲーム機を楽しみにしている新しいターゲット層に訴求できるよう、任天堂は「マーケティングを進化させる必要がある」とシタール氏。「しかし簡単には行かないでしょう。既に誰もがアップルのiPhoneやアンドロイドのスマートフォンを持っている。彼らのサイト名のような『みんなのニンテンドー』という考え方は、もはや通用しません」。

Switchの価格は300米ドル(29,980円、税別)。350米ドルから(驚くことに)一度も価格を引き下げなかったWii Uよりも安い。しかしトト氏は、一度スマートフォンやタブレットの手軽なゲームに流れたユーザーにとって、「この価格でも納得してもらうのは難しい」と言う。ゲームソフト1本あたり60米ドルが別途かかることを考えれば、なおさらだ。消費者の心をつかむのに何よりも大切なのは、体験。Switchが提供できる体験を明確にアピールする必要がある。

「タブレットのゲームよりも格段に素晴らしい体験でなければなりません」とブラビンズ氏。「任天堂のWiiのプロモーションは実に独創的でした。プレイヤーの身ぶり手ぶりや顔の表情を前面に出したことで、ジェスチャーで操作する『Wiiリモコン』の特徴が際立ち、楽しさ溢れるゲーム機というポジショニングを確立しましたから」。

また同氏は、3月3日の発売までに任天堂が「Switch独自の体験」を徐々に公開し、「ゼルダの伝説」や「スーパーマリオ」といった同社のIPコンテンツを楽しむ際の魅力を伝えていく必要があると指摘する。既に米国のソーシャルメディア上では「アームズ」や「ゼルダの伝説」、「スーパーマリオ オデッセイ」といった新作ゲームソフトを披露し、話題作りでは一定の成功を収めている。だが任天堂のターゲットは「デバイスでゲームをする機会がほとんどない幅広い層の人々」であることから、「マーケティングはテレビ中心の展開になるでしょう」。

任天堂は広告展開を始めたばかりだ。ドイツ向けの広告スポットでは、トイレにいる間も「マリオカート」に夢中になるプレイヤーが登場する。ターゲット層が絞り込まれていないことは広告にも表れており、家族で楽しむ様子はもちろん、真剣勝負やeスポーツ(対戦型ゲームをスポーツ競技として捉えたもの)としての側面、暗黒世界や攻撃性を想起させる表現など、あらゆる要素が垣間見える。シタール氏の言葉を借りれば、「支離滅裂」だ。

現実的に考えれば、SwitchがWiiほどの成功を収めることはないだろう。しかしトト氏は、Wii Uよりはずっと良い結果を出すだろうと楽観視する。任天堂はWii Uで技術面での期待を裏切ったが、Switchで同じ轍を踏むのは避けたいところだ。シタール氏は、据置型と携帯型を兼ねた「持ち運べるテレビゲーム機」の長所を最大限に生かせる革新的なゲームソフトを揃える必要がある、と指摘する。確かにそれは、本体が発売された後の重要なポイントになろう。ユーザーが任天堂に抱く郷愁や親近感だけに頼って競争に生き残れるほど、もはや時代は甘くないのだから。

「最終的には、家庭用ゲーム機は売れるのです」とシタール氏。自身もSwitchの事前予約をしたという。「本当にプレイしたいゲームがあるからゲーム機を買う、という人々がほとんど。Switchならば、『ゼルダの伝説』でしょう。今のところそれ以外のゲームは迫力に欠け、脇役クラスになって興味をそそられません。任天堂が今後ユーザーをあっと驚かせるようなゲームソフトをもっと投入すれば、それだけで競争力を取り戻せると思います」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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