「日本の従来の広告代理店のあり方や、国民性といった枠組みを超えることができたからでしょう」
「PARTY NEW YORK(以下、パーティー)」社がアメリカで成功を収めた理由について、清水氏は簡潔にこう語る。グローバル市場で躍進する日系企業の多くも、同様のブランド戦略を展開していると彼は指摘する。
日本の広告代理店に対してだけでなく、彼は広告主に対しても多くの提言を行う。曰く、自らの手で物事を構築すること、自分自身の立ち位置や成功の定義を見直すこと……等々。
最近はクライアントにグーグルやスポティファイといったブランドを加えたパーティー。ユニークな個性を放つ代理店であることは間違いない。
PARTYをニューヨークで創業した理由は何ですか?
日本国内だけでなく、国外でもインパクトを与える仕事がしたかったのです。ニューヨークで大きなインパクトを与えることができれば、世界中に知れ渡ることになる。
日本の閉鎖的な広告業界に比べ、ニューヨークは多様性に溢れています。こういう刺激的な環境に飛び込むことで、今までとは異なるやり方で自分自身に挑戦してみたかったのです。
インパクトを与えることが、なぜあなたとPARTYにとって重要なのですか?
まず、我々は意義のあるものを作らなければならないと思っています。
賞をとるようなクリエイションは、論理的に説明できるものですが、一般の人々にとってはあまり意味がありません。
賞のことを考えなければ、もっと意義のある仕事ができる。
例えば、ピカソの作品です。ピカソの絵がなぜ素晴らしいのか、誰にも説明はできません。文学や絵画には、論理では説明できないものがたくさんある。もちろん私たちはアーティストではなく、広告を作っているのですが、説明のできるクリエイションにこだわって自分たちを縛る必要はないと思っています。
論理で説明できないクリエイションとは、どういうものなのでしょうか?
例えば、我々は「Disco Dog」を作りました。これは世界初の愛犬用LEDベストで、スマートフォンアプリ経由でアニメーションや文字が表示できるようになっています。
愛犬の夜の散歩は時に危険ですが、このベストを着ていれば車や自転車に注意を促すことができ、安全性が増す。愛犬が迷子になったら、ベストの表示が変わって周囲の人に知らせることもできます。
このプロジェクトを始めた時は、「論理」などありませんでした。ただ単に、愛犬用のウェアラブル機器を作りたかったのです。クライアントからの仕事ではありませんでしたが、愛犬家の方々や我々にとって意義のあるプロジェクトだと考えたのです。
これを「キックスターター」のプロジェクトとして始めたところ、大きな反響を呼んで実に多くの問い合わせをもらいました。全米で最も人気の高い番組である「グッドモーニング・アメリカ」や「ディスカバリー・チャンネル」、CNNなどの全国的なメディアでも取り上げられたのです。
「Disco Dog」のおかげでアメリカの大手企業からも注目を浴び、仕事を受注することができました。ビジネスやクリエイションを拡大していく、PARTYならではの新しいやり方と言えるでしょう。
PARTYの起源が日本にあることは、ニューヨークで活動するうえで重要ですか?
PARTYは日本の会社ではないのです。ニューヨークに拠点を置く多様性のある会社で、これが大事なポイントになります。
もちろん私は日本生まれですが、今はニューヨークで働く一人の人間にすぎません。私が日本人かどうかは問題ではないのです。我々が雇う人間は、国籍を問いません。
PARTYがニューヨークで受注する仕事の70%は、グーグルやスポティファイ、それとまだ公表できないクライアントも含め、アメリカ企業からのものです。残りの30%が、トヨタやソニーといった日系企業です。
クリエイティブ・テクノロジストをどのように定義しますか?
クリエイティブ・テクノロジストとは、通訳のような存在です。
クリエイティブ・ディレクターは、素晴らしい作品をマーケットに送り込み、世界にどれだけインパクトを与えられるか見極めたい人々です。
一方、プログラマーのような技術者は、たいてい物事のプロセスに興味をもっています。もちろん結果に興味をもつ技術者もいますが、彼らにとって一番大事な要素は技術の構築の過程にあります。
クリエイティブ・テクノロジストは両者の言葉を話し、お互いのやりたいことを翻訳して伝えることのできる人です。ですからクリエイティブ上でも技術的プロセスでも、両方の難題をしっかりと把握できる必要があります。
この業界ではクリエイティブ・テクノロジストを自称する人が多いのですが、コーディングのできない人がクリエイティブ・テクノロジストの仕事を全うできるはずがありません。自分でコーディングをして作品を完成させてこそ、クリエイティブ・テクノロジストなのです。しかし、今そう呼ばれている人たちの95%はそれができないと思います。
クリエイティブ・テクノロジストの概念は他の業界でも通用するでしょうか?
新興の分野では、多くの人々がその概念で仕事ができると思います。賃金や仕事のやりがいという意味でも、広告業界より新興分野の方が職場環境が良いですしね。
こうした分野の企業と本気で競うのであれば、広告代理店には職場環境の大幅な改善が必要です。
例えば 「R/GA」社では、社内で自分たちのウェブサービスを始めたチームがあります。こういう挑戦ができる「自由」が、あの会社にはあるのです。
従来の広告代理店では、社員に自由を与えるようなことはしません。それに、プロセスの重要性も無視されます。
R/GAのR&D(研究開発)チームは製品を作るようなことはありませんが、会社はその重要性をしっかりと認識しています。
多くの広告代理店ではプロセスは重要なものと認識していないので、外部のテクノロジストに魔法のようなアイデアを要求したりしますが、テクノロジーは魔法ではありません。
テクノロジーはプロセスの一種ですが、従来の広告代理店はこのことを理解していませんね。
日本のブランドが海外で成功するのに、「日本」のアイデンティティーは大事でしょうか?
海外進出を検討しているすべての日系企業が、まず「日本の企業」であるという意識を捨てるべきだと思います。
多くの場合、日系企業は国内の本社から海外の支社をコントロールしようとしますが、これは不可能なビジネスモデルです。
日系であることにこだわらず、アメリカやヨーロッパ、どこの国の支社長にも自主性を与えればいいのです。そういう意味では、トヨタは非常にうまくやっている。アメリカ本社はかなりの自主性をもっているようですから。
では、日系ブランドが海外で成功する秘訣は何でしょうか。
製品に柔軟性をもたせることです。
寿司のことを考えてみてください。今や寿司は世界中で愛されていますが、柔軟性にも富んでいます。カリフォルニアの寿司と日本の寿司とでは全く違うでしょう。まるでオープンソースのプログラムみたいなものです。
つまり寿司は、環境に応じて自由に変化する。我々は寿司そのものを輸出したのではありません。あくまでも、寿司という「概念」を輸出したのです。
ユニクロもまさに同じで、コンセプトを輸出している。製品や販売方法、ブランドの売り方まで、マーケットに合わせていつも変化させていきます。
多くの日系ブランドは、ブランドそのものや製品を現地のニーズに合わせる柔軟性をもち合わせていません。このことが、海外での成功の妨げになってしまうのです。
PARTYのクリエイティブ・プロセスで、最も重要な要素は何ですか。
我々のクリエイティブ・プロセスは、我々自身がもつスキルの組み合わせが基盤となります。
例えば、私自身はプログラマーであり、デザイナーであり、クリエイティブ・ディレクターでもあります。テクニカル・ディレクターのジェイミー・キャレイロは、電子回路も映像のディレクションも担当します。皆が様々な役割をこなすのです。
ですから我々は、広告代理店のようでいて制作会社でもあります。
先ほどお話したディスコドッグも、外部のリソースは一切使っていません。ハード部分はジェイミーが作り、iPhoneのアプリは私が開発しました。全てが社内で行われたのです。
我々はクリエイティブ・プロセスを、自らの手を使って始めます。デザインもプログラミングも、すべて自分たちでやります。
だからこそ外部の人たちとコラボレーションをする時は、どのように仕事をするべきかがはっきりとわかっているのです。
(編集:水野龍哉)
筆者のバリー・ラスティグはコルモラント・グループのパートナーで、アジア・太平洋地域のブランド・マーケティング戦略コンサルタントを務める
併せて読みたい「パソコンを捨てよ、町へ出よう」~ 鏡明