David Blecken
2017年1月12日

広告業界の「働き方改革」に向けて

電通・新入社員の過労自殺が労災認定された昨年の10月。以後、広告業界では働き方の見直しが急務となった。Campaignでは業界から幅広い参加者を募り、この課題を討論する場を設けた。そこから見えてきたものとは。

広告業界の「働き方改革」に向けて

Campaign Japanとワイデン・アンド・ケネディ東京は昨年12月、有志による非公式の討論会を主宰した。参加していただいたのは、広告業界で異なるキャリアや役職を持つ10名の方々。彼らの生の声を聴き、どうすれば広告業界はよりバランスの取れた持続可能なものとなるかを話し合ってもらった。

討論をできる限り率直で活発にするため、参加者の氏名や所属企業は伏せることとした。グループは日本人、日本で働く外国人、日本と海外で働いた経験があり、両方の文化を理解する人々などで構成された。

彼らの所属先の内訳は、国内最大規模の広告代理店が2社、複数の国際的広告代理店、独立系の国内広告代理店、大手グローバルテクノロジー企業、国際的制作会社、広告業界に特化した人材コンサルティング会社等々。

会場は都内某所で、世界のオフィスで社員に柔軟な働き方を奨励するワイデン・アンド・ケネディが提供した。では、討論の主なポイントをまとめてみる。

広告代理店の営業担当者は、広告主側に転じようと必死。彼らの多くは特に35歳を過ぎると、代理店の過酷な労働条件や自身の成長機会がなかなか得られないことに限界を感じ始める。広告のプロがフリーランスとして活躍できる場は日本にはない。よって、彼らが広告主側のマーケティング担当部署で転身を図ろうとするのは自然なことだろう。しかしそれも簡単に得られる職ではない。一方、営業に比べるとクリエイティブの転職への意欲はずっと低い。中には転職するクリエイティブもいるが、新しい職場では仕事に生きがいを感じられなくなるケースが多いようだ。一旗揚げようという気概のある若手クリエイティブにとっては、キャリアを伸ばすため充溢した幅広い機会を提供してくれる広告代理店は、とりわけ魅力的な働き口に違いない。

未熟なマーケターや不適格な管理職の人々が、過剰労働の元凶。東京のある大手多国籍企業のマーケティング部は、「営業から左遷させられた人々で溢れ返る鶏肉工場」に例えられる。日本の広告主には、真に高いスキルを持ったマーケターが不足している。広告主が広告主としての仕事を明確に理解していなければ、広告代理店にとって課題解決は容易ではなく、効率性の足かせになってしまう。また、代理店からの転職組が「最悪の広告主」になってしまうケースもある。彼らは専門的スキルをほとんど身に付けていないにもかかわらず、プレッシャーを受けてそうであるかのように振る舞わなければならないからだ。実際のところ、広告代理店の管理職は管理職教育をほとんど受けておらず、業務プロセスの合理化のためにコンサルタントの手を借りようともしない。こうした側面も、部下たちにとっては問題悪化の要因だ。女性管理職、特に子供のいる女性管理職の割合が増えれば、広告業界はより良い印象を持たれるようになるだろう。当然ながら、家庭を持っている人の方がより賢い働き方を心がける。尊敬される人物は職場での手本となり、良い効果をもたらすことができる。

「請求」に新たな思考を取り入れる。指導的立場にある人々は、長時間労働ではなく賢い働き方の模範を示し、広告主からの過度の要求に対して異議を唱える役割が求められている。端的に言えば、広告主に仕事の領域を認識させるのは広告代理店の役割なのだ。そうすることで不当な搾取を防ぎ、広告枠だけではなくアイデアや労力に応じた対価を相手が納得できる形で請求できるだろう。近年、マーケティング業界では「常時接続」が流行語となっているが、それは個人に当てはめるべきものではない。担当するプロジェクトが果てしなく続くものではないと社員に認識させ、彼らが仕事から完全に離れてオフになれる時間をきちんと設定しよう。そうでなければ、彼らはいずれ燃え尽きてしまうだろう。また、ある時間以降は電話もメールも控えるというルールを設け、広告主にもそれを順守してもらうことが大切だ。

各人が適切な仕事に就けるよう、手を差し伸べる。広告業界の門戸を叩く人々の多くが、この業界で具体的に何をしたいか明確な目標を持ち合わせているわけではない。その結果、興味のない分野を任せられ、そこから抜け出せなくなることがしばしばある。そして時間の経過と共に、収入を失うことより辞めて地位を失うことへの恐怖心が強くなるのだ。だが、情熱の欠如は非生産性に直結する。こうした状況を変えるためには、広告代理店が「社員を大切にする気持ち」を明確に示し、社員の個性と長所を理解してそれらを伸ばすよう努めなければならない。

何が本当に社員のやる気を引き出すのか、見極めることが大切。ちょっとしたことで、社員の満足度と仕事の遂行能力に大きな変化が生まれることが多々ある。必ずしもそれは金銭だけに限らない。一例を挙げると(広告代理店の例ではないのだが)、ある会社では優れた実績を讃えるためにネームタグを導入したところ、社員の間で大変な好評を博したという。にわかに信じ難いことだが、素晴らしい仕事をした社員に心からの謝意を示し、称賛することが大きな効果をもたらすというのは納得できる話だ。それは、どういう仕事をどう進めるかという「自由度」を社員に与えることにも通じる。こうした点では、大手代理店よりも独立系代理店の方がはるかに先を行っている。詰まるところ、必ずしも労働時間を減らせば良いというのではなく、時間の管理を社員の自主性に任せ、やりがいを見出す仕事をさせる柔軟性が大切なのだ。

こうした改善はいずれも、意思決定者が職務説明書に明記しない限り実現しない。おそらく最も重要なのは、構造改革は上層部から始まり、中間管理職層を通して徹底的に実行されなければならないということだ。健全な労働環境を実現し維持することを管理職のKPI(重要業績評価指標)として設定し、それを達成できないときは罰則の対象にする。そうでもしなければ、状況は何も変わらないだろう。

もちろん、働き方を向上させるのは簡単ではない。だが、率直な話し合いの場を持つことは一つのきっかけとなる。影響力の大きい企業は、是非率先して模範となってほしい。電通は最近、数々の善処策を発表した。業務の負荷が特定の部署に偏らないようにし、あらゆる部署の社員からのフィードバックにしっかりと耳を傾けるといったものだ。これらが電通の新たな経営陣のもとで着実に実行され、業界全体の働き方改革につながることを期待してやまない。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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