Surekha Ragavan
2020年11月11日

日産が目指す「顧客ターゲット」と「エージェンシーモデル」

サイロ化したエージェンシーの刷新、車に興味を持たない消費者層を狙ったメディア戦略 ― 日産自動車アジア・マーケティング担当VP(ヴァイスプレジデント)ニルマール・ナイール氏が語る。

日産が目指す「顧客ターゲット」と「エージェンシーモデル」

日産は3年前、長年のパートナーであるオムニコムと7億5000万米ドルの新規契約を締結。メディアとクリエイティブ部門のサイロ化にメスを入れ、エージェンシーモデルを刷新した(共同エージェンシー『ニッサン・ユナイテッド』を設立)。その結果、マーケティング業務は統合され、各車種のエンドツーエンドのカスタマージャーニーにより効果的な注力が可能に。エージェンシーとのこの新たな協働スタイル −− アリソン・ウィザースプーンCMO(チーフマーケティングオフィサー)が推進 −− で事業は迅速になり、他の多くのエージェンシーとの連携も不要になった。

日産のアジア・オセアニア地域マーケティング担当VPニルマール・ナイール氏にとって、この変革は大きな前進だった。「これまでメディアプランナーとクリエイティブプランナーが別々に機能していたのが、カスタマージャーニーの下で一本化された。担当者の役割は我々が顧客に求めるカスタマージャーニーを理解し、インサイトを活用してそれを広めることです」。

そこで重要になるのは単なるメディアバイイングやコンテンツ制作ではなく、「消費者の実態を把握すること」。


「プランナーのステータスを壊すのは容易ではありませんでした。メディアとクリエイティブ、二人のプランナーの役割が一つになる。処理しなければならないことは山ほどあり、我々の業務も大きく変わった。しかし、目に見えて成果が上がっています」

コンテンツを各市場に適合させるためには、それぞれのインサイトに基づいたガイドラインを作成し、その上でグローバルコミュニケーションに沿った規範やトーン、形式を当てはめる必要があるという。「コンテクスト(文脈)が合っていなければ、顧客を失ってしまいます」。

コロナ禍は一時的弊害

コロナ禍は日産のマーケティング支出に影響を与えていない、とナイール氏。「過去2年間で、すでに予算の大半をデジタル変革に投入した。唯一変わったのは、新型モデルの発表会やショールームへの予算が減ったこと」。だがこうしたイベントや機能は、自動車メーカーにとって極めて重要な役割を果たすものだ。

「イベントは自動車業界で常に中心的役割を果たしてきた。開催できないのは痛手でした。イベント抜きで、潜在的な顧客と新型モデルに関するコミュニケーションを図っていかねばなりませんでした」

課題は、バーチャルのイベントを通じて消費者のエンゲージメントを維持することだった。成功例の一つとしてナイール氏が挙げるのは、タイにおける小型SUV「キックスeパワー」のローンチだ。エンゲージメントにはLINE、ライブストリームにはフェイスブックを活用。また、視聴者からの質問にはコンテンツモデレーター(インターネット上の不適切なコンテンツを監視する業務に携わる人)がリアルタイムで答え、KOL(キーオピニオンリーダー)は難解な車の専門用語を噛み砕いて消費者に語りかけた。


「マーケターとして、異なるプラットフォームのカスタマージャーニーを常に考慮しています」。自動車業界はエンジニアや販売員、ディーラーといった多くの人々によるサプライチェーンから成り立っており、全体の円滑な流れが消費者にスムーズなカスタマージャーニーを提供する。「時期や時間帯にかかわらずそうしたカスタマージャーニーを提供できれば、ブランドとして健全に機能します」。

「我々はすでにデジタル重視になったので、コロナ禍でもマーケティング支出が変わっていないことは先程お話ししました。ここで重要になるなのは、カスタマーエクスペリエンスがすべての中心という我々の考え方。ゆえに、馬鹿げた失敗でカスタマージャーニーを途切れさせてはならない。それが私にとって、これまでで最大の学びと言えます」

マーケティングはデモグラフィックよりも行動分析

国や地域にかかわらず、消費者の購買行動を定義するのは価値と目的 −− 近年立証されつつあるこの説を、ナイール氏ももちろんよく理解している。特に車の購入では、消費者は感情に左右されやすい。メーカーはメッセージを送ってくる消費者や、製品ないしブランド価値に感銘する消費者との関係構築が必須だ。

そのため日産は、主要オーディエンスを年齢層などによるデモグラフィックではなく、以下の3つのグループに類別する。

*  インマーケット・コンシューマー:今後3カ月以内に車を購入するであろう人々

*  ニアマーケット・コンシューマー:子どもの誕生や大きな家への転居など、近い将来ライフスタイルが変わる可能性があり、今後半年から1年の間に車の購入を検討するであろう人々

*  フューチュアマーケット・コンシューマー:車関連のコンテンツを消費するが、今の段階で車を購入する予定はない。それでも、今後1年から2年の間に購入を検討する可能性がある人々

「消費者や潜在顧客に関しては、デモグラフィックなターゲティングを廃し、行動分析によるターゲティングを導入した。関係性の構築にはその方が正しい手法だからです。もし20歳の億万長者の少年がいたとしたら、デモグラフィックによるプロファイリングやターゲティングでは見逃してしまいますから」

同じく、特定のブランドに皆が共感するとも限らない。「世界規模で我々のブランドオーディエンスを特定し、『冒険家(adventurer)』と名付けました。テクノロジーやスポーツ、アウトドアなどを好む人々です。今試みているのは、日産の価値のグローバルな定義をアジアやオセアニアのコンテクストに適応させること」。

上記の3つのグループの中では、消費者の地理的条件も考慮する。さらにアドテクを活用し、自社のウェブサイトやブランドキャンペーンでインタラクションを重ねてきた潜在的顧客にターゲットを絞り込む。

「潜在的顧客層には、彼らが我々にアプローチしてきた時と同じプラットフォームを使ってフィードバックを送り、対話をつないでいく。そして、前述のように特定のデモグラフィックで判断するのではなく、何に興味を示しているかをチェックし、適切なコンテンツを送ります。私はマルチメディアの信奉者なので、今は動画に注力しています」

行動分析による戦略の一つが、「人類に貢献する先進テクノロジー」というブランド理念の活用だ。これは電気自動車の促進とあいまって、今や日産の象徴となった。

アジアでは初となる「ブランド重視」の動画(上)は、「ブランド理念を広める機会になった」。「このキャンペーンのコンセプトは、交通死亡事故ゼロとゼロエミッション(廃棄物の排出をなくすエンジンや車の開発)の実現を目指そうというもの。我々が伝えたいメッセージはまさにそれです。ですから消費者が車の購入を考える段階では、すでに我々の価値観が伝わっているはず」。

そして、最後にこのように付け加える。「マーケターとしての究極の目標は、製品ではなくブランドのナラティブ(物語)をすることです」。

(文:サレハ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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