不況は、消費者にとっても事業者にとっても厳しいものであり、生活費の増加に対抗するため支出を抑制せざるを得ない。特にシンガポールの企業の場合、企業の広告予算の精査が以前よりも厳しくなっており、顧客の確保や顧客との関係維持がとても重要になっている。
しかし、単純な現実は、この常時接続された世界にあっても、チームを整備し、顧客にリーチすることが、かつてないほど難しくなっているということだ。
ユーガブ(YouGov)が最近実施した、シンガポールの消費者とビジネスリーダー1,300人を対象とした調査によると、ビジネスリーダーの96%が、見込み客や既存顧客にアプローチすることが、1年前よりもさらに難しくなったと考えている。
これにより、企業は、キャッシュを確保すべきか、それとも顧客獲得に投資すべきか、どちらの取り組みに集中すべきか、というジレンマに直面している。それは単に収益を維持するためではなく、生存競争を生き残るための決断だ。
顧客との関係を考える上では、「古いものを捨てて新しいものを受け入れる」ということが、常に事業成長を促進または維持するための最善策になるとは限らない。現在の厳しいマクロ経済の状況が、シンガポールの企業が顧客ロイヤルティ戦略で価値を生み出すことに注力せざるを得ない大きな理由のひとつになっている。
確かに新規顧客の獲得は成長にとって不可欠だが、本当に重要なことは、既存顧客を維持し、リピート客を育成する方が、コスト効率が高く、収益性の高い長期戦略になるということだ。最近の景気後退局面でも見られたように、先見の明のあるブランドは、新規顧客の獲得より、既存顧客のライフタイムバリュー(LTV)を優先することで時代を先取りしている。
顧客のモーメントを活かす
顧客ロイヤルティとは、顧客が自ら望んでブランドと交流し、繰り返しブランドの製品を購入するということだ。顧客がブランドに忠実になるのは、彼らがそのブランドと交流する中で、魅力的で特別な体験を受けたことがあるからだ。
こうした体験をした顧客は、競合他社の低価格に惑わされにくくなり、サービス改善のためのフィードバックも積極的に提供し、そのブランドの信奉者になる可能性が高い。
B2Cブランド向けのロイヤルティプログラムは、ソーシャルメディアとeコマースの利用者の急増に支えられ、東南アジア全体で大幅な成長をみせている。最近の調査では、86%と92%の人が、取引にロイヤルティプログラムが組み込まれている買い物を好むと回答している。
しかし、B2Bのロイヤルティ施策の場合には、対象となる顧客の性格により、単なるインセンティブを超えた、やや異なるアプローチが必要になる。ロイヤルティプログラムにも確かに価値はあるが、顧客との関係を構築し、長期的な信頼を獲得し、リピート購入を促進するためのひとつの要素に過ぎないのだ。
B2Bの顧客体験を向上する確実な方法は、販売前と販売後の両方で、カスタマージャーニーをできるだけシームレスで充実したものにすることだ。一般的に、B2Bの購買プロセスは長くて複雑だが、それだけではなく、取引後も、顧客との関係を長期に渡って維持する必要がある。
ブランドは、顧客満足度調査や商談会、カスタマーサクセスチームとの会話を通じて、顧客に関する知識を蓄積し、顧客ごとの特定のニーズに対処することで、つながりを維持し、継続的に顧客を育成しなければならない。エンゲージメントやコミュニティ感はB2Bの顧客にとっても重要な要素だ。顧客をイノベーションやプロダクト開発の中心に置けば、顧客の忠誠心と支持を育むのに役立つだろう。
ただし、今どきの顧客は、以前よりも疑い深くて期待値が高く、選んだブランドには単なる取引関係を超えた深いつながりを期待している。この傾向を認識し、成長する企業は、自社のビジネス戦略を変革し、弊社の「フライホイール・モデル」(顧客の推奨が新たな顧客を呼び込む循環型ビジネスモデル)を採用するなどして、マーケティングやセールスの取り組みをアップデートしている。
この新しいビジネスモデルは、満足度の高い顧客のモーメントを利用して、小さな成功を重ねることを基本にしている。摩擦(非効率な社内プロセスや、顧客と社員との認識の不一致など)を低減すれば、常に優れた顧客体験を提供することができる。その結果、顧客のロイヤルティを維持しながら、リピート購入や顧客の紹介にも結びつけることができ、持続的な成長が図れるのだ。
成功の歯車を回わし続ける
長年、企業は従来のマーケティングファネル理論を基にビジネスモデルを構築してきており、それもそれなりに効果があった。しかしそのモデルは、コンバージョンばかりに焦点を当て、顧客を結果としてしか扱っていないことに限界があった。それとは異なり、フライホイール・モデルでは、顧客のことを単なる結果ではなく、ブランドの成功の核に据えている。このモデルでは、従来のファネルを逆さまにして、顧客をブランドの頂点におき、ビジネスの原動力として活用する。
経済的な逆風や獲得コストの高騰に直面しているシンガポールの企業は、積極的なアプローチで顧客ロイヤルティを醸成し、顧客をブランドの支持者に変える必要がある。顧客とのつながりは、購入してくれたから終わりというものではなく、関連サービス、コンテンツ、サポートを継続的に提供し、顧客を喜ばせることで、フライホイールを回し続けることなのだ。
マクロ経済環境が厳しい時でも、企業は短期的な取引のために長期的な顧客との関係を犠牲にすべきではない。今日、創造的破壊を最も体現している企業は、社内KPIに固執せず、顧客を成功の要と位置づけている。そして、単に規模を拡大するのではなく、最も大切な人々の喜びとロイヤルティを、持続的に促進することを目指している。
長期的な成功を目指す
現代の消費者は、あらゆる場面で、ブランド体験が高度にパーソナライゼーションされており、関連性が高く、コンテクストに沿ったものであることを期待している。そのため、最も成功する企業は、データによるインサイトと人工知能を、カスタマージャーニー全体にわたって活用できる企業だ。
データインサイトは、顧客体験を向上させるだけでなく、持続的な成長のためのつながりをもたらす顧客戦略を描く上でも不可欠な要素だ。
つながりを生む顧客体験こそが、顧客ロヤルティの未来だ。これまでにもあった、さまざまな社会変革と同様、企業は、それに適応し、適切に対処できるよう準備を進めておくべきだろう。
ダン・ボグナー氏は、ハブスポットの日本およびアジア太平洋地域のマネージングディレクター兼バイスプレジデント