「大離職時代(The Great Resignation)」の波が、マーケティング分野の幹部らにも及んだのだろうか?
2022年の最初の1カ月間に話題となった、著名なCMO(最高マーケティング責任者)の辞任、異動の発表数をみると、どうやらそのようだ。
1月下旬の1週間を振り返るだけでも、IBM、薬局チェーンのウォルグリーン、ファーストフードチェーンのポパイズ・ルイジアナ・キッチン、TikTokといった大手企業のマーケティング責任者が、就任からそれほど時間を経ずに退任したり、解任されたりしている。
こうした動きはCMO職に限った話ではなく、マーケティング分野に近い役割の幹部であれば同様だ。例えばウォルマートでは、2018年に最高顧客責任者として招聘されたジェイニー・ホワイトサイド氏が、今年1月に辞職している。
こうした大きな動きから結論を急ぎたくなるのも無理はないが、まずはそれぞれの企業における文脈に注目することが重要だ。
IBMは、このところ事業のダウンサイズ化を通して構造改革を進めてきており、コミュニケーション部門の配下でマーケティングを展開してきた歴史がある。ウォルグリーンの親会社ウォルグリーン・ブーツ・アライアンスでは、2021年3月にCEOに就任したロズ・ブリューワー氏が、新設の最高顧客責任者としてトレイシー・ブラウン氏を招聘し、CMOの役割を瀬戸際まで追い込んでいる。
「この2つの例は、それぞれの企業に特有の事情によるもので、より広範な組織構造の変革に関連した動きだ」と、幹部人材のヘッドハンティング事業を手がけるスペンサー・スチュワートの、マーケティング・営業・コミュニケーション部門を率いるリチャード・サンダーソン氏は指摘する。
一方で、マーケターの役割を再定義し、マーケターとして長期的な成功を収めることを難しくする、より広範な大変革も進行中だ。
パンデミックが続き、人々が自分の人生とキャリアを見直している今、マーケティングも変わらざるをえない。一方では、人々は現状に疲れ切り、何か新しいものを求めている。また一方では、株価が最近まで史上最高値で推移するなか、キャリア後半期の幹部たちが早期退職の機会をうかがっている。サンダーソン氏は、今まさにそうした早期退職のトレンドによってもたらされた幹部募集の案件を2つ抱えていると明かす。
ただし、マーケターの役割がますます複雑化する傾向は、パンデミックの前から底流としてはあり、パンデミックによってこの状況に拍車がかかったといえる。デジタルトランスフォーメーションは、コロナ禍のかなり前からマーケターにプレッシャーを与えていたが、導入の必要性はこの2年間でさらに急速に高まった。マーケターは突如として、クリエイティブの達人であるだけでなく、有能な技術者、顧客体験の専門家、そしてデータサイエンティストであることまでが求められるようになったのだ。
また、CMOの役割が複雑化するにつれて、その定義も拡大している。かつては、クリエイティブとブランドマーケティングが中心的な役割だったが、今では5つから6つの分野にまで広がっている。しかもこれらの役割は、相互に関連しながらも、それぞれまったく異なるスキルと思考力を必要とするものだ。
「一人がすべてを担うことはますます難しくなっている」とサンダーソン氏は話す。
さらに、利用できるデータが増えたことで、マーケターは収益を上げる能力を細かく評価されるようになり、これまで以上に成果を求められるようになった。スペンサー・スチュワートが2021年に調査したところ、CMOの平均在籍期間は平均でわずか40カ月となり、2009年以降最も短くなっているという。
このことを裏付けているのが、最近の相次ぐCMOの退任だ。IBMのカーラ・ピニェイロ・サブレット氏は、就任から1年と経たないうちに辞職した。ウォルグリーンのパトリック・マクリーン氏も2019年に入社したばかりだが早くも辞任し、ポパイズのブルーノ・カルディナリ氏も就任から2年で退いている。2020年にTikTokに入社したニック・トラン氏も最近会社を離れたばかりだ。
企業によっては、ハイアット・ホテルズやジョンソン・エンド・ジョンソンのように、変化へのプレッシャーに対応すべく、CMOの役職を廃止したところもある。また、マーケティングの役割をコミュニケーション部門に組み込んだ企業もあれば(その一例がIBM)、最高顧客責任者、最高体験責任者、最高変革責任者、最高成長責任者といった肩書きに置き換えた企業もある。
サンダーソン氏によると、大きな成功を収めているCMOは、特定の分野に対して深い専門知識を持つ人ではなく、複数の専門知識をうまく組み合わせることができる人だという。
これまで見てきたように、CMOの役割に起きている変化は、マーケティング、コミュニケーション、顧客体験といった業務がいかに進化し、拡大し、重なり合っているかを示す縮図だ。これは、とどまることのない変化であり、しばらくは企業幹部にさらなる動揺をもたらすだろう。
それでも、この困難な状況に立ち向かう人には、組織の成長と収益のすべてをコントロールする大きなチャンスがあるはずだ。