電通グループは世界に4万5000人の従業員を擁し、広告代理店グループとして世界第5位の規模を誇る。その海外事業を統括する電通インターナショナル社が、「2030年までに絶対炭素排出量を46%削減し、加えて温室効果ガス除去プログラムの推進を通じて残りすべての排出量の相殺を目指す」と宣言したのは昨年10月末だった。
果たして、今の進捗状況はどうなのか。同社のソーシャルインパクト部門グローバルヘッドを務め、サステナビリティー事業を牽引するアナ・ラングリー氏がCampaignのインタビューに応じ、サステナビリティーとD&I(ダイバーシティーとインクルージョン)を包含した施策の社会的影響、クライアントや提携企業のエコシステム改善策などについて語った。
同社のソーシャルインパクト戦略はWPP同様、温室効果ガスの排出量の多いクライアントとの協働を避けるのではなく、それらのエコシステムを改善していくことに主眼を置く。
「科学的知見に基づいた」社内における温室効果ガス削減目標を設定した初年度、電通インターナショナルは36%の削減を達成した。これはスコープ1〜3で46%削減という、2030年までの目標値の78%に相当する。
スコープ1とは電力消費(自社発電による)や物流、移動における直接排出量。スコープ2はエネルギーなどの間接排出量、スコープ3はサプライチェーン全体における間接排出量を指す。
ラングリー氏によれば、同社はまず自社建物や人の移動、テクノロジー利用などにおける原材料消費の実態を精査。それらを再生可能エネルギーに変換したり、排出量の多い交通手段(飛行機など)を使った移動を減らすなどして大幅削減を達成した。
同社は5億ポンド(約760億円)のリボルビング・クレジット・ファシリティ(ESG指標に融資条件が連動する契約)を締結しており、ESGに関するKPI(重要業績評価指標)もその幅広い戦略と脱炭素化の一環だ。
そんななか、飛行機の利用による排出は2030年までに65%の削減を目指す。
「移動については、より賢明な手段を誰もが考えるべき時です」とラングリー氏。「例えば、我々が最も頻繁に使うルートはロンドン・アムステルダム間。その移動に飛行機ではなく鉄道を使えば、90%の削減を達成できる」
クライアントにとどまらず、セールスフォースやマイクロソフト、フェイスブックといった提携するテック企業とも協働し、再生可能エネルギーへの変換などで排出量の削減に取り組む。
クライアントのエコシステム
社内における温室効果ガス削減とともに取り組むのが、グループ企業の広告・メディアプランが大きな影響を及ぼすクライアントの排出量削減だ。
排出量が最も多いのはメディアサプライチェーン。そのなかでも、メディアの伝送と消費に最も多くのエネルギーが使われる。
「そこで、メディアの伝送・消費で排出される二酸化炭素を測定するシステムを開発しました。モバイルが優先される今の世界では、メディア関連の排出量の83%は伝送によるものです」
解決策の一つが、再生可能エネルギーを使ったデジタルプラットフォームの活用をクライアントに促すメディアプラン。二酸化炭素排出量を測定するシステムは現在、主要クライアント2社が試験的に利用中。その効果を見極め、今後世界で展開していく予定だ。
「二酸化炭素の問題には様々な対応手段がある。それらによってメディアプランを向上させ、最適化する。経験と知識に基づくパフォーマンスを企業間でいかに増やしていくか。今後我々が学び、確立すべき課題です」
行動変革
電通が推進するもう一つの改革が、2030年までに10億人の消費者がよりサステナブルな行動を取れるよう、クライアントを後押ししていくことだ。
「ネットゼロ(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること)達成のカギの半分を握るのは人であり、その社会的な行動変容。企業が社内で取り組むだけでは不十分です。したがって我々の企業活動が社会に及ぼす影響力を考慮し、行動せねばならない」
「自動車メーカーであれば、電気自動車への転換を加速しなければならない。でも、消費者が実際にそれを購入しなければ意味がない。それゆえ我々は、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やゼネラルモーターズ、ジャガー・ランドローバーといった企業と協働し、その脱炭素化やマーケティング戦略をサポートしていく必要があるのです」
多くのクライアントが苦慮するのは、どのような手段を使えばサステナビリティーの向上を効果的に消費者にアピールできるかということだ。
電通はP&Gやネスレ、ターゲット(米小売チェーン)などと協働、消費者を感化し、ブランドを変革する9つの「サステナブルな行動」を導き出した。
具体的には消費の抑制やリサイクル、リユース、動物由来の食品を植物由来に置き換えた代替食品の推進などを指す。
「我々が導き出そうとしているのは、ブランドエクイティや消費者の需要とともに、世界が必要としている行動やモノの『第3の外部性』をどう構築するかという戦略。それによって、最大の成果をもたらす『スイートスポット』を見つけ出すことです」
「例えば、クローガー(米大手スーパーマーケットチェーン)とは食品廃棄物をテーマにしたキャンペーンを行い、イケアとは『バイバックフライデー』という家具の買取りキャンペーンを行った。これらは消費モデルの構造を変えました。さらには、これら企業の配信サービスを最適化し、ウェブサイトの脱炭素化も実現しました」
電通のエージェンシーにとっての課題は、サステナビリティーを「偽装」するクライアントをどう減らしていくかだ。
英国では「グリーンウォッシング」(環境に配慮しているような見せかけ)への警戒心が、広告関連の組織や広告賞の主催者たちの間で高まっている。
「サステナビリティーの進捗度はクライアントによって段階が異なる。ブランドは目標とナラティブを事業モデルとどう結びつけるべきか、よく考える必要があります」
「すべてのクライアントに対して話すのは、どのように信頼性をアピールするかということ。それが欠けていれば、消費者との絆は生まれません。我々は常に、社会に真の価値を創造する手段を考えてほしいと提言します」
「これまでは自社の事業モデルとあまり結びつかないナラティブを実践したり、課題を掲げたりしたブランドが多かった。こうしたブランドに社会での真の価値を理解し、それに則った活動をしてもらうことが我々の務めです」
消費主義の弊害
広告業界はクライアントや社会に対して、何を一番訴えられるのだろうか。それは、最小限の快適さを唱えることでもあろう。
広告は過去何十年にもわたり、制限のない消費主義を煽り続けてきた。「広告業界がこうした考え方を改め、脱炭素化をいち早く達成するために最大限の貢献をしなければならない」。言うまでもなく、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて1.5度以下に抑制することが目標だ。
「広告業界は消費の成長のなかで、サステナブルな行動への変革を促す役割を果たさねばならない。我々はまだ、実行するキャンペーンのエンドツーエンドの社会的影響力において完全な責任を果たしていません。実現可能な計画のプロセス作りに今すぐ着手せねばならないのです」
「これは、常に多売だけを考えてきた業界にとって大きなクリエイティブ的チャレンジになる。正しいモノだけを売り、クライアントの事業モデルを活性化するサポートこそが重要なテーマです」
(文:アーバインド・ヒックマン 翻訳・編集:水野龍哉)