私のクライアントのビジネスを、彼らより私の方が上手に営業できるといったことがよくあります。顧客に提供できるはずのバリュー(価値)の重要性をほとんど認識できていないクライアントや、そのバリューを顧客に伝えようともしない営業担当者を抱えているクライアントもいます。このようなクライアントは、顧客に正当な対価を要求していなかったり、バリューではなく商品を「地位の低いバイヤー」にひたすら売り込んでいたりするのです。
地位の低いバイヤーとは、自分が要求すべき項目のチェックリストに照らし合わせながら見積書や提案書を集め、それを誰か別の人に渡す役割を与えられた人たちです。彼らは提案に「ノー」とは言えても、「イエス」と言うことは許されていません。提案を入手するという役割の根本であるビジネスニーズを全くと言っていいほど理解していないため、彼らにバリューを伝えようと試みても耳を傾けてはもらえません。バリューとは顧客のビジネスを成功させるもので、あなたが提供する商品やサービスそのものではありません。もしもあなたの目の前のバイヤーが商品、サービス、企画、価格そして納期についてしか話したがらないのであれば、バリューについて論ずることは止めたほうがよいでしょう。彼らにとって何の意味も持たないからです。彼らが関心を持っているのは、チェックリストにある要求項目のみ。あなたのオファーも含む全てが、彼らにとってはただのコモディティーでしかないのです。
最も成功している私のクライアントは「地位の高いバイヤー」とのみ取引をしています。地位の高いバイヤーとは、利益を生み出すことはもちろん、事業のシェア拡大にまで責任を持つようなビジネスリーダーたちです。彼らは目的達成のため何かを購入する際に、誰かに許可を求める必要はありません。彼らの唯一の関心事は、あなたがどのような事業改善の提案をしてくれるかという一点であり、あなたの商品やサービスではないのです。彼らはコストには関心が無く、注目するのはROI(投資利益率)のみ。ROIの低いプロジェクトの予算を削り、それを予定外のビジネスチャンスに振り向けることもします。うまくいけば、この人たちとはバリューについて話すことができるでしょう。
もしあなたの会社が、地位の高いバイヤーと定常的に取引していないのであれば、下請け的な存在になっているかもしれません。1990年代、当時の情報システム企業は顧客の決定権者とビジネスを論じ合えるスタッフを持たず、地位の低いIT担当者とだけ商談をしていたため、その領域にコンサルティング企業が入り込んできました。その結果、これらの情報システム企業は、適切な決定権者とバリューについて前向きに論ずることのできるコンサルティング企業の、下請け会社となってしまったのです。私の言うことが信じられないというならば、なぜIBMがPwCコンサルティングを買収したのか、なぜNTTデータが仏キャップジェミニの日本法人を傘下に収めたのか、考えてみてください。
無論、これらは広告やPR業界、マーケティングのプロたちとは無関係のことでしょう。なんといってもマーケティングのプロはその道の達人ですから、自分たちを売り込む術を心得ているはず。もしあなたがその一人ならば、この先を読んでいただく必要はありません。何も得るものは無いでしょうから。
では、そうでない方たちに、私がお伝えしたいこととは――。
アクセンチュアなどの営業部隊は、顧客の決定権者とバリューについて論ずることに慣れています。そのバリューをもたらすのがITであろうと、広告、マーケティング、PR、その他何であろうと関係ありません。決定権者との商談の原則は、あらゆる業界で共通です。アイデアや戦略が合意されれば、実作業は広告会社や制作会社に安く下請け発注すればよいのです。
地位の高いバイヤーをクライアントとして取り込むことができる会社は、一番大きな分け前を得ることができます。重要なのは顧客を獲得する能力であり、どのような成果物を納品するかではないのです。
さて、あなたの会社の広告、PR、あるいはクリエイティブビジネスはどんな様子でしょうか。業界の中で、下請け的な役割に甘んじていませんか? 利益は上がっているものの利益率は不十分だとか、競争が激しいとか、事業規模を拡大するためにはスタッフを増やす方法しかないという状況に陥っていませんか?
あなたの会社の営業担当は、顧客の事業責任者と論じることなく、上司に渡す見積書や提案書を集めるだけの担当者とのやりとりに終始していませんか? 事業責任者と刺激的かつ説得力のある話題を論じ合うことなく、マーケティングの一施策についてのみ話していませんか? 顧客がテレビCM枠について問い合わせてきた際に、それが必要だと考えた真意を確認することなく、どれだけの枠が欲しいのかとだけ聞いていませんか?
これらの質問にあなたが一つでも「はい」と答えたのであれば、私からもう一つ質問があります。誰があなたの会社の領域を脅かしている、あるいは脅かそうとしていると思いますか?
(文:スティーブン・ブライスタイン 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)
スティーブン・ブライスタイン氏は企業成長と組織改革のスペシャリストで、東京に拠点を置く企業コンサルティング会社「レランサ」のCEO。近著に『Rapid Organizational Change(急速な組織改革)』(未邦訳、ワイリー社)がある。