インドネシアの親たちは代々、子どもたちに「忍耐強い人が成功する」と教えてきた。今でも忍耐は美徳とされているが、今日のインドネシアでは新しい力学が働いている。消費者はブランドがアプローチしてくることを求めており、その逆はないのだ。
ジャカルタは交通渋滞が悪名高く、人々はどうしても出掛ける必要がない限り、街に出たがらなくなっている。レオ・バーネット・インドネシアのプランニング・ディレクターであるヘンリー・マナンピリング氏は、これを「動くのを面倒がる文化」と表現する。
この特性を上手く利用したのが、バイクタクシーをレベルアップさせたスタートアップ企業「ゴジェック」だ。ジャカルタとスラバヤで、バイクタクシーの予約をスマートフォンのアプリからできるサービスを初めて提供した会社だ。
バイクタクシーのドライバー(オジェック)は、渋滞の中でも自動車の間をすり抜け、狭い路地を走り回ることができる。時間の節約を売りにするゴジェックは、バイクタクシー以外にも商機を見出し、宅配サービス、キャッシュレス決済、出前サービス、バス運行ルート企画、さらにはコンサートのチケット販売なども手掛けている。
「ここでは、せっかちさがお金に変わる」とマナンピリング氏は話す。
VMLインドネシアでデジタル分野の責任者であるピョートル・ジャクボウスキ氏は、ゴジェックを「補助的な機能を提供するユーティリティーアプリが画期的に進化した、興味深い事例」と評する。クラウドベースのリアルタイム渋滞情報アプリ「ウェイズ」も、渋滞で足止めを食らうのを避けたいインドネシアの消費者に人気だ。
ジャクボウスキ氏はまた、混沌とした現実社会が消費者の、ブランドの対応力への期待を飛躍的に高めていると言う。「特に問題やクレームが発生したとき、ブランドはもはやその対応に時間をかけてはいられない。多くのブランドがソーシャル戦略を強化し、即応できる体制を作っている」
例えばテルコムセルは、世界最速を誇るカスタマーサービスチームを設け、顧客からの問い合わせにTwitterで数分以内に対応し、何時間も待たせない。
都市部で生活する上位中流階級のミレニアル世代にとって時間は「貴重なコモディティー」だと話すのは、IPGメディアブランズ・インドネシアの技術アドバイザーであるプラディープ・ハリクリシュナン氏。この世代を「仕事上の成功であれ、アップル新製品の購入であれ、とにかく今すぐ満たされたい、早く物事を成し遂げたいと欲する世代」と評する。
このせっかちさは、コミュニケーションのあり方にも変化をもたらしている。通信、eコマース、テクノロジーなど、さまざまな分野のブランドが「今、ここで」をテーマに、ミレニアル世代の関心を引こうと競い合っている。
マッキャン・インドネシアの戦略プランニング・ディレクターであるマナシ・トリヴェディ氏は、「夢を実現する自信と前向きさ」の波に素早く乗った好例として、清涼飲料水マイゾーンの「今がそのとき」キャンペーンと、通信会社XLアクシアタの「今できる」キャンペーンを挙げる。同様の傾向は、YouTubeで才能を開花させたイシャナ・サラスワティやGAC(バンド)などといった、ソーシャルメディアのスターの台頭にも表れている。
一方、男女の平等の観点ではインドネシアの広告はまだ立ち遅れている。ほとんどの広告ではいまだに女性を従順な存在として扱っており、実態とかけ離れている。
「インドネシアの歴史を振り返れば、教育の道を切り開いた女性の改革者たちがおり、女性の大統領もいた。しばしば女性が強い影響力を持ち、意思決定をし、発展を推進してきた。国が変わりゆく中、女性の役割がもっと認められるべきだ」(トリヴェディ氏)
同氏はまた、こうした考えを持つインドネシアの女性が増えているとも言う。ヒジャブ(イスラム教徒の女性が顔を隠すために用いるスカーフ)スタイルがファッションショーのランウェイを歩き、女性起業家たちが「ガラスの天井」を突き抜けて活躍していることが、そのよい例だ。
女性の地位向上が話題になっているにも関わらず、ほとんどのブランドは感度が低く、対応も鈍いとトリヴェディ氏は指摘する。これはマーケターにとってはチャンスだが、のんびりはできない。インドネシアのソーシャルメディアの利用者は、Facebookが約7000万人、Twitterが約2900万人、Pathが約400万人だ。こうしたプラットフォームでは、消費者がブランドに対して好意的にも、特に社会的トピックについては批判的にもなり得ることを留意する必要がある。
さらに、ジャカルタが人口2億5000万人のインドネシアを代表していると考えるのも要注意だ。バーソン・マーステラ・インドネシアでデジタルとテクノロジーのディレクターを務めるハリー・デジェ氏は、5000もの島々からなるこの国のデジタルメディアの情勢は、まだ明確でない部分があると指摘する。
デジェ氏はまた、インドネシアは新しい技術をいち早く取り入れる市場ではあるが、地理的にも人口動態的にも地域差が大きく、メディア消費動向を一般化することはできないと言う。オンラインが当たり前になっている人々がいる一方で、まだインターネットに接続されていない人々もいるのだ。
つまり、商品を購入する消費者のことを、ブランドはもっとよく知る必要がある。スターコム・メディアヴェスト・グループ・インドネシアのマネージング・ディレクターであるヤシール・リアズ氏は、メディアからのデータ収集にばかり重点が置かれ、消費者の分析がなおざりになっていることを懸念する。
同氏によると、メディアのデータが速やかに入手できるようになったことで、静的なメディアプランニングの妥当性や効果が下がっているという。その一方で、データの価値を理解しているクライアントは、独自のデータ・マネジメント・プラットフォーム(DMP)でファーストパーティ・データを体系化し、必要に応じてセカンドパーティやサードパーティのデータで補完している。要するに、動きの速い消費者の望みを理解するために投資しない者は、機敏な競合相手から追い越され、取り残されていくということだ。
(文:ジェニー・チャン 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)