昨年11月に米コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーと伊アルタガンマ財団が発表した共同調査報告書「ラグジュアリースタディー」によれば、インドの高級ブランド市場は2030年までに売上高が現在の3.5倍、2000億ドル(約28兆円)に達するという。
さらに今年7月の米スナップ社とハヴァスメディアによる報告書では、高級ブランドの購買層の50%以上が「商品を探す際にソーシャルメディアを積極的に利用する」とも。また、85%は「バーチャルの試着が購入意思決定に欠かせない」と回答した。
「従来の高級ブランドは限られた購買層が対象で、規模も小さかった。今はブランドへのアクセスが容易になり、市場の動きが非常に速い。極端な違いです」。こう話すのはコンサルティング会社KPMGインドのパートナー、プニート・マンスカニ氏だ。
「高級ブランドは今、イノベーティブな戦略を駆使している。デジタルマーケティング、ライブストリーミングによるショッピングイベント、バーチャルのショールーム、ソーシャルコマース(ソーシャルメディアとeコマースを掛け合わせた販売促進)、インフルエンサー……。あらゆるチャネルで新商品をアピールしています」
ブームの要因
なぜ高級ブランドがブームなのか。広告会社チェイル・インドのチーフオペレーティングオフィサー(COO)、サンジーブ・ジャサスニ氏はいくつかの要因を挙げる。
「人々の可処分所得が増え、消費意欲の強い中産階級が増加した。さらにデジタルプラットフォームを通して世界のトレンドが身近になり、クオリティーの高い個性的な商品へのニーズが高まりました」
「可処分所得の増加とともに消費者の志向も急速に変化し、エクスペリエンスやストーリーテリングを重視するようになった。こうした分野は高級ブランドの強みで、消費者への伝達手段に優れています」
「食品価格が高騰しているにもかかわらず、コロナ後の反動で消費意欲と自己顕示欲が社会全体で高まった」と話すのは、市場調査・コンサルティング会社カンターでインサイト部門のチーフクライアントオフィサーを務めるソウミャ・モハンティー氏だ。
「地方の中小都市でeコマース(EC)が普及し、ブランド品が行き渡ることで、より良いライフスタイルを求める消費者の欲求に火が付いた。あらゆるレベルで豊かさがアップグレードしています」
インドの超富裕層は過去10年間で11倍にもなり、2021年にはその数が米国、中国に次いで世界第3位だったという(英不動産大手ナイトフランク『ウェルス・リポート2022』より)
ミレニアル、Z世代が牽引
ラグジュアリースタディーによれば、このブームを牽引しているのはミレニアル世代とZ世代(あわせて、1980年から2009年までに生まれた世代)。昨年の高級ブランド市場の成長は、「この世代の購買力によって支えられた」と同報告書は指摘する。さらに2030年までの市場成長率も、彼らの消費行動が大きな影響力を持つという。
注目すべきは、これら世代の人口の多さだ。インドは世界最大で、全人口の51%、7億人超に達するという(調査会社レッドシア調べ)。
モハンティー氏によれば、この世代は「消費に対して非常に積極的」。「最近の調査で、今のインド人の志向がはっきりとわかりました。若年層は成功と発展の証として、精力的にお金を使う。彼らは都市部に住むインド人の3分の1を占めています」
「さらにこうした若年層だけでなく、40歳以上の中高年層も今ではかつてない購買力を有している。総じて、今のインドの消費者は旅行やソーシャルメディア、インターネットを通じて知識を吸収し、快適さとスタイルの追求に惜しみなくお金を使う。高級ブランド品を購入していた最初の世代も含めてです」
「ニューエイジ」に向けたマーケティング
このブームに乗り、高級ブランドは幅広い層にパーソナルかつイノベーティブな手法でリーチする戦略を立案、エンゲージメントの構築に努める。
「従来型チャネルとデジタルチャネルの融合や、ターゲティングを絞るためのマーケティングミックス。またショート動画やインスタグラムのリール動画、ワッツアップ、ソーシャルメディアマーケティング、インフルエンサーマーケティング、ショッパブル広告といった新しいメディアフォーマットをできる限り活用しています」と話すのは、ECプラットフォーム「タタ・クリック(Tata CLiQ)」のゴーパール・アスサナCEOだ。
「今の高級ブランドにとって重要なのは、あらゆるプラットフォームやチャネルで存在感を示すこと。さらにAR(拡張現実)やVRといったテクノロジーを活用して、単なるショッピングエクスペリエンスを超えたサービスを生み出す。消費者に向けて、一貫性のあるエクスペリエンスを提供することが大切なのです」
高級ブランドのショッピングエクスペリエンスでは、パーソナライズ化が核心的要素となる。よってブランドは消費者とより正確なコミュニケーションを取るため、雇用統計にも注意を払う。
「ハウス・オブ・タタ」のダイヤモンド部門「ゾヤ(Zoya)」は先頃、ウェブサイト上でバーチャルジュエリーショップを立ち上げた。「オフラインショップ(実店舗)での贅沢で甘美なエクスペリエンスをオンラインで」というのがうたい文句だ。
ゾヤでビジネスを統括するアマンプリート・アルワリア氏は、「ダイヤモンドのような専門性の高い商品は、今でも実店舗で購入されるケースが多い」と話す。「それでもお客様には、オンラインで商品を選ぶプロセスを楽しんでいただいている。弊社ではオンライン上で、経験豊かなアドバイザーがお客様の商品選びにパーソナルかつ真摯に対応しています」
同ブランドはマーケティング予算の2割ほどをデジタル面に費やしているという。
不動産業界も、消費者の高級志向に対応する。「不可分所得の増加と急速な都市化、ライフスタイルの進化・多様化で、高級住宅を購入する人々が急増しています」と話すのは、不動産開発大手ロドハのマーケティング及びコーポレートコミュニケーション担当責任者ラウニカ・マルホトラ氏だ。
同社ではエクスペリエンシャル(経験価値)マーケティングと従来型広告を併用し、目の肥えた顧客へのリーチを試みているという。「富裕層向けの印刷物やデジタルメディア、OOH(屋外広告)などを活用し、彼らの関心を引くイベントを催しています。志向が共通する顧客同士が出会う場にすることも大切」
「高級不動産ブランドもデジタル化を進め、顧客の志向や行動の変化に対応している。どのブランドもデジタルを活用し、イノベーティブかつイマーシブ(没入感のある)な手法で物件を紹介しています。データ分析とAIによるインサイトで、ブランドは顧客の志向やマーケティング戦略、パーソナライズ化をより一層理解できるようになった。イノベーションに呼応することで、富裕層の顧客の要望に応えられるようになりました」
加えてこれらブランドは、「テクノロジーの活用によって急速に進化する市場で競争力を高めた」と話すのは、同じく不動産開発大手シロヤ・コープの創業者リシャブ・シロヤ氏だ。「テクノロジーに精通した若い顧客を魅了し、関係性を構築するためにはデジタル戦略が欠かせません」
「バーチャルのツアーや高品質なイメージ、インタラクティブなコンテンツでエクスペリエンスを強化すれば、実際に訪れなくても物件のことを顧客はよく把握できます」
さらに若い顧客向けに、ブランドは以下のようなツールを導入しているという。瞬時に顧客の要望に応えるチャットボット、ソーシャルコマース、透明性ある取引を実現するブロックチェーン、データ分析によるパーソナライズ化されたコンテンツ、ヴィジュアル志向と迅速な消費行動に合わせたワッツアップ(WhatsApp)やユーチューブのショート動画……などなどだ。
最新テクノロジーの活用
今日のビジネスモデルは実にダイナミックで、テクノロジー変革に際限はない。
KPMGのマンスカニ氏は、「これまで10年周期だった企業の大規模なテクノロジー変革が、今では5年周期になった」と話す。「今求められているのは、より迅速なシステム。すなわち需要の高い分野で効率を高めるソリューションです。幅広くマージンを取るリテーラーは、それに対処するため総収益の1.25〜2%をテクノロジーに投資している」
アドビ・インドでマーケティングディレクターを務めるアニンディタ・ダス・ヴェルリ氏は、「高級ブランドがデジタル力を強化し、競争力を高めているのは注目すべきこと」と話す。「デジタル化が普及し、高級ブランドは差別化のためにリアルタイムエクスペリエンスが欠かせないと理解し始めている」
「弊社のクライアントであるプラダがその代表例です。プラダは弊社のサービスで既存の膨大なデータと顧客のプロファイルを整理し、パーソナライズ化されたリアルタイムエクスペリエンスの提供を始めた。同様にアディティア・ビルラ・ファッション・アンド・リテール(ファッション大手)も顧客データを活用し、様々なチャネルでユニークなコンテンツを発信、パーソナライズ化されたエクスペリエンスを提供しています」
またルイ・ヴィトン、バーバリー、ヒューゴ・ボス、H&Mといったグローバルブランドがアドビのテクノロジーを活用し、様々なタッチポイントで高度にパーソナライズ化されたエクスペリエンスを提供しているという。「こうしたブランドはプロダクトデザインと視覚化のプロセスを向上させ、独創的で新しいカスタマーエクスペリエンスを提供している。バーチャルのフィッティングルームやパーソナライズ化されたユニークなECソリューションなどで、デジタルコンテンツへの需要増に応えているのです」
今後のソリューション
近年、ヴァレンティノ、マクラーレン(英・自動車)、ポッタリーバーン(米・インテリア)といった10を超えるインターナショナルブランドがインドで事業を開始した。さらにロベルト・カヴァリ、フットロッカー、ラヴァッツァ(伊・コーヒー)、アルマーニカフェ、ジャンバ(米・飲料)などがコロナ後の商機を狙い、進出を図る。
エベレスト(米・バッグ、小物)のエグゼクティブディレクター、ラウル・ベンガリル氏は、「消費者の憧れの対象と商品購入の動機がこの数年で変わったことをマーケターは理解せねばならない」と話す。「これまでインドの消費者は、ブランド物であれば何でも受け入れてきた。今ではブランドに信頼性を求めているのです」
カスタマーエクスペリエンスとストーリーテリング以外でブランドが留意すべき点は、インド市場への適合性だ。「多くのブランドがグローバルキャンペーンをそのままインドで展開すれば通用すると考えている。しかし我々は、ストーリーがインドのコンテクストにふさわしいかどうかを判断します。結婚式やお祭り、儀式はインドの文化にとって不可欠な要素。これらをストーリーに組み込むことが肝要です」とベンガリル氏。
高級ブランドのマーケティングは、どれだけパーソナライズ化できるか、そして独自性を高められるかが大きな差別化要因となる。消費者はエクスペリエンスに基づいて商品を選ぶ傾向にあるので、将来の鍵はやはりデジタル戦略だろう。
「長期的視点で見れば、高級ブランドのリテーラーはデータに基づいたインサイトを活用していく」とマンスカニ氏。「それによってパフォーマンスを改善し、コストの上昇を抑え、新たな市場や製品、サービスを見出していくでしょう」
「将来的にはEC関連の支出が増え、リテーラーはデジタルソリューションを強化していく。AI(人工知能)を搭載したエンジンで偽造品を排除しつつ、市場での存在感を高めていくはずです」
「AIの活用で、ブランドの浸透力は過去2年間で飛躍的に高まった。多くの高級ブランドは顧客との関係性を築く新たな手法として、メタバースの研究にも乗り出しています。製品の信頼性を保証するブロックチェーンネットワークへの支出も増えた。これはブランド保護への注力を示します。今後もブランドはテクノロジー、特にAIやAR、メタバースといった分野への支出を続け、『ラストマイル』(顧客にサービスが到達する最後の接点)とサプライチェーンの効率性向上に努めていくでしょう」
(文:アヌパマ・サジート 翻訳・編集:水野龍哉)