Staff Reporters Tatsuya Mizuno
2023年4月04日

エージェンシー・レポートカード2022:Dentsu X

クリエイティビティーと有効性の高いキャンペーンを生み出すDentsu X。だが昨年は中国で苦戦、経営陣のジェンダーダイバーシティ推進も求められる。

エージェンシー・レポートカード2022:Dentsu X

コンテンツや消費者エクスペリエンス、eコマース、データソリューションといった分野でエンドツーエンド(E2E)のサービスを提供するDentsu X。そのうたい文句は「統合的成長をサポートするパートナー」だが、クライアントが求める真に統合的、かつ測定可能なメディアソリューションを提供しているかと言えば疑問符がつく。

広告ブロックや消費者の主体性重視など、メディアのトレンドは目まぐるしく変わる。そんななか、ブランドの声を届ける新たな可能性を各メディアエージェンシーは切り開いているだろうか。「ビジネス課題を解決し、その先を行く」「クライアント、そして社会や環境にも持続的成長を促す」 −− Dentsu Xが自ら唱える利点は、ここではひとまず脇に置こう。

Dentsu Xはアジアで100件越の新規事業を獲得し、「従業員の定着率も高い」(同社)。調査会社RECMAは4年連続で「世界で最も急成長を遂げたメディアエージェンシー」に選んだが、その地位をアジアで守るには課題が残る。

カテゴリー 2022 2021
ビジネス成長 C+   C+
イノベーション C+ C
DEI&サステナビリティー C+ C+
クリエイティビティー&エフェクティブネス B- C+
マネジメント C+ C+
*2021年の評価は新たなポイント表に基づくもの。ポイント表についてはこちらから

ビジネス成長(C+)

Dentsu Xはアジア数カ国の新旧クライアントから100件超の新規事業を獲得(同社回答より)。インドネシアではいすゞ自動車やインテリアショップ「インデックス・リビング・モール」、eウォレット「トゥルーマネー」、インドでは自動車大手タタ・モーターズや自動車機器大手ボッシュ、タイではeコマースモール「ショッピー」や自動車金融「クルンシー・オート」などだ。

またクライアントの定着率は95%超で、マレーシアやインド、タイ、インドネシア、台湾といった主要市場では100%。「事業機会の創出に貢献している」と同社は自負する。

新たに獲得したクライアントは台湾のゲームソフト開発「ブリザード・エンターテイメント」、インドのボッシュ、オーストラリアの旅行大手「シーニック・ツアーズ」。契約が続いているのはシンガポールのフェイスブック、マレーシアのハイネケン、中国のアリババクラウド、インドネシアの味の素などだ。

調査会社R3のデータに基づくCampaign AIによれば、Dentsu Xは2022年「APACメディアエージェンシー」のランキングで8位。2021年から1つ順位を落とした。昨年度の総収益は1340万ドル(約17億4000万円)で、事業獲得数は184件。

Dentsu Xは姉妹会社のカラ同様、中国では苦戦する。厳格なコロナ対策の下、中国のクライアントはその圧迫でエージェンシーに迅速化を要求。「競争の激化につれ、質の高い戦略とサービスの提供がピッチにおける勝敗の分かれ目になった」(同社)。中国ではリーバイスなど、数社のクライアントがOMDチャイナ(オムニコムメディアグループ)の下に移った。今後は大手中国企業の獲得に注力し、クライアント維持に努めるという。

中国では思うような成果が出ていないが、他の国々では業績を上げ、「主たる目標を達成した」とも。最近のパートナーシップで注目すべきはインドネシアの「ゴートゥグループ」(経営統合した配車・決済サービスのゴジェックとeコマース大手トコぺディアの持株会社)と、香港のヘンダーソン・ランド・デベロップメント(恒基兆業地産)だ。両社はブランドパフォーマンスの向上を掲げ、インフルエンサーとデジタルデータの活用に積極的で、クリエイティブとメディア部門の統合に注力する。

だがビジネス成長に関しては、持株会社・電通の2022年決算にも着目すべきだろう。APACでのオーガニック成長率は両社とも中国が大きな足かせになっており、共に2.5%にとどまる。

中国での苦戦とAPACメディアエージェンシーのランキングが下がったことを鑑み、ビジネス成長の評価は「C+(平均)」とした。

イノベーション(C+)

Dentsu Xは昨年、いくつかの新しいツールの運用を始めた。「M1プランナー」「電通マーケティングクラウド(DMC)」などで、どれも利便性の高いものだ。

M1プランナーは様々なコミュニケーションに対応するクロスメディアプランニング用ツール。コミュニケーションの「潜在性を引き出し、最適化を可能にする」(同社)。製品のカテゴリーとターゲット層、予算、KPI(重要業績評価指標)などを入力すれば、最大効果を引き出すメディア予算の配分を割り出すものだ。

DMCはフェイスブックのデータとツールを用い、ターゲティングと予算を最適化し、費用対効果を高める。インサイト重視のターゲティングで、同じセグメントに属するオーディエンスが抱く興味をリアルタイムで察知、パフォーマンスを最適化する。タイのいすゞ自動車はこのツールを用い、CPA(顧客獲得単価)を15%向上させた。

また、「電通グッド」「電通インサイト」「電通ゲーミング」「電通クラウドスタジオ」といったグループレベルでのソリューションも活用。

昨年のトレンドだったメタバースも導入した。マイクロソフトと協働し、メタバースの生産性プラットフォーム「ヘッドオフィス・ドット・スペース」がつくった仮想の月世界「ムーンバレー」に電通キャンパスを構築。このスペースはアクセシビリティーが高く、スマートフォンやVR(仮想現実)などあらゆるウェブ対応のデバイスからアクセスできる。

電通キャンパスはクライアントとエージェンシーが協働し、「イノベーションを推進できる場」。様々なアイデアや実験を試み、テクノロジーの進化を会得しつつ、統合型キャンペーンや未来のビジネスモデルに活用する。だがメタバース熱が冷め、Web3(次世代の分散型インターネット)のROI(投資利益率)に注目が集まる今、やや魅力に欠ける点は否めない。

総合的に見て、「ゲームチェンジャー」とはいかないまでも幅広い領域のイノベーションに挑んでいることを鑑み、昨年から評価を上げて「C+(平均的)」とした。

DEI&サステナビリティー(C+)

Dentsu Xによれば、現在の正社員の60%は女性。だが経営陣にいる女性は20%に過ぎない。女性の採用は2021年から増えたが、2025年までに経営陣の50%を女性にするという目標はほど遠い。

それでもAPACのプレナ・メロトラCEOは、「2025年までに必ず目標を達成する」と話す。2022年の目標値だった36%は達成したというが、それを証明する客観的資料はない。

現況を変えるべく、中途採用や人材育成などに取り組んでいることは確かだ。経営戦略を担える人材育成のため、複数のイニシアティブも実施する。ジェンダーや人種・民族によって賃金格差が生じていないか、社内調査も今年実施する予定。

従業員でつくる様々なグループとの対話、社会的弱者へのアライシップ(擁護する行動)も継続する。職場で男性がどのように女性をサポートできるか考えるプログラム「WeMen for Women」もその1つ。日々のメンタルヘルスをチェックする仕組みもあり、自閉症への理解などに注力する。

サステナビリティーに関しては、姉妹会社のカラ(Carat)同様、グループレベルでの推進を図る。

Dentsu Xの取り組みも幅広い。従業員の航空機を使った移動を減らすCO2排出量削減、データの精度・透明性の向上、自社の脱炭素化、デジタル・シティズンシップ教育、人種差別撤廃運動への参加……などなど。

同社報告書によると、スコープ1(自らの温室効果ガスの直接排出)、スコープ2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)は2019年に比べて53%、2020年比で22%減少。二酸化炭素に換算して2021年の排出量は4450トン、2020年は5728トン、2019年は9416トンだった。

これは2021年の目標値8.4%減を大幅に上回るもので、2030年の目標値46.2%減を9年早く達成したことになるという。

経営陣の女性がなかなか増えないことを鑑み、評価は引き続き「C+(平均的)」とした。他のDEI分野で進歩は見られるが、まだ改善の余地は大きい。評価を下げなかった理由は、サステナビリティーにおける前進にほかならない。

クリエイティビティー&エフェクティブネス(B-)

各広告賞で目立った活躍はなかった。それでもCampaign主催の2022年度「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」では、中国メディアエージェンシー部門銀賞を獲得。同じく「デジタルメディア・アワード」では、ボルボのキャンペーンで「ベスト・パンデミック・レスポンス(コロナ禍に対応した優れた作品)」金賞を獲得した。

昨年最も目立ったのは、台湾で実施したポケモンのキャンペーンだ(動画・下)。これは「コロナ後」の外出を人々に促すもので、航空機や地下鉄にポケモンの世界を再現し、ソーシャルメディア上で大きな話題を読んだ。台北市政府とも協働、市内10カ所の写真映えするスポットを紹介することで、娯楽性を高めた。

このキャンペーンは開始からひと月足らずで、1万本の投稿がソーシャルメディアに。台北地下鉄の乗客は前年同月比110%増の507万人、MRT桃園空港線は同じく126%増の33万7000人となった。コロナ対策規制の緩和が主要因だが、ポケモンキャンペーンもひと役買っことは間違いない。

株式会社ポケモンの売上げはこのキャンペーンと直接的に連動しなかったが、任天堂スイッチが発売したポケモンの新しいゲームは台湾で過去最高の売上高を記録。世界的にも最高の売上高となった。

もう1つ目立ったのは、インドネシアの味の素が開発した調味料「マサコ」のキャンペーンだ。2000万人の消費者にリーチし、2022年1月から5月までの市場成長率を101%押し上げた。Dentsu Xの姉妹会社アイソバーが協働、ハイパーパーソナライズ(大量の顧客の行動データをリアルタイムで収集、ユーザーエクスペリエンスやコミュニケーションをパーソナライズ化)のキャンペーンに仕立てた。

またネスカフェのキャンペーンではテンセントの人気ゲーム「オーナー・オブ・キングス(王者栄耀)」とパートナーシップを組み、ゲームコミュニティーに向けた統合型キャンペーンを実施。ソーシャルメディアやインフルエンサー、プロダクトプレイスメントなどをフル活用した。動画再生回数は38億回に達し、1日の再生回数でも2億2300万回という新記録を打ち立てた。

これらのキャンペーンは大きな成果を上げ、各目標を達成。顧客エンゲージメントとブランドの話題性も高めた。よって昨年より評価を上げ、「B-(良い)」とする。

マネジメント(C+)

Dentsu Xは引き続き電通メディアAPACのプレナ・メロトラCEOが指揮をとり、業績を伸ばしつつある。

昨年は371人を新たに雇用したが、離職率も42%と非常に高かった。その一因はメタやグーグルといった利益の大きい、「従業員にとって魅力あるクライアントを獲得できなかったこと」(同社)。また、コロナ禍の厳しい規制措置で多くの従業員が中国やオーストラリアを離れたことも影響した。それでも現時点で欠員はなく、離職率は「大きく減少し、今年はさらに下がるだろう」という。

従業員に対しては、互いの関係性を自主的に深めるよう奨励。その一環として、ソートリーダーシップ(特定の課題や分野で革新的なソリューションを導き出すこと)をテーマとしたワークショップ「B-Side」を継続する。

昨年は世界70カ所のオフィスに所属する300人の従業員が交流し、クライアントやキャンペーンに関する意見交換をした。こうした活動は、「よりクリエイティブで密な労働環境を構築する」(同社)

また、「X5」という全従業員を対象とした認証制プログラムも実施。従業員のスキルアップを目指し、カスタマーエクスペリエンス重視のアイデアを促進して他社との差別化を図る。

社内調査では全社の従業員エンゲージメントが改善。3ポイント上昇して71点となり、2019年の調査開始以来最も高い数値となった。APACに限って言えば73点で、2021年から5ポイント上昇。回答率も95%で6ポイント上昇し、数値が下がったカテゴリーはなかった。

だがマネジメントの評価に関しては、姉妹会社のカラ同様、親会社である電通の東京五輪・パラリンピック大会を巡る汚職・談合事件を避けては通れない。東京地検特捜部の任意の事情聴取に対し、社長以下複数の社員が容疑を認めた。

電通はこの件に関し多くのクライアントから様々な質問を受けたと明かしたが、これまでのところクライアントに「誠実かつ明確な対応を取っている」とだけ述べる。

マネジメントの評価は従業員エンゲージメントの向上、経営陣の安定性を考慮し、昨年に引き続き「C+(平均的)」とした。だが、親会社の大きな過失と離職率の高さは懸念される要素だ。

消費者インサイト 40%
顧客インサイト 40%
ソリューションデザイン 20%

*事業概要に関する回答はなし。過去に寄せられた回答から特定

消費者インサイト
顧客インサイト
ソリューションデザイン

味の素
ガルデルマ(スイス、製薬)
本田技研工業
ジャガー
ネスレ
レキットベンキーザー(英、日用品)
スズキ
トヨタ自動車
ボルボ(吉利汽車)
ワイス (米、製薬)

B: 評価理由に関する回答はなし

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

関連する記事

併せて読みたい

1 日前

トランプ再選 テック業界への影響

トランプ新大統領はどのような政策を打ち出すのか。テック企業や広告業界、アジア太平洋地域への影響を考える。

1 日前

誰も教えてくれない、若手クリエイターの人生

競争の激しいエージェンシーの若手クリエイターとして働く著者はこの匿名記事で、ハードワークと挫折、厳しい教訓に満ちた1年を赤裸々に記す。

2024年11月15日

世界マーケティング短信:化石燃料企業との取引がリスクに

今週も世界のマーケティング界から、注目のニュースをお届けする。

2024年11月13日

生成AIはメディアの倫理観の根幹を揺るがしているか?

SearchGPT(サーチGPT)が登場し、メディア業界は倫理的な判断を迫られている。AIを活用したメディアバイイングのための堅牢な倫理的フレームワークはもはや必要不可欠で、即時の行動が必要だとイニシアティブ(Initiative)のチャールズ・ダンジボー氏は説く。