昨年、電通は世界各地で経営陣を刷新した。その目的はより統合的なサービスモデルを強化し、クライアントからのニーズに応えることだ。
Dentsu Xは主要クライアントを失い、Campaignの「エージェンシーランキング」でトップ20から転落。日本では依然として女性管理職の割合が極めて低く、海外事業の目標も達成できていない。
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ビジネス成長 (C)
2023年はDentsu Xにとって波乱の年だった。親会社のスキャンダルやビジネス戦略の転換、そしてクライアントのコスト削減を見据えた「One Dentsu」モデルの確立……。同社の詳細なデータは非公開だが、公表されたグループレベルのデータから様々な憶測ができる。
電通グループの2023年度の業績は決して芳しくなかった。売上高はわずかに1.6%増だったが、オーガニック売上高は4.9%減。要因は、カスタマートランスフォーメーション&テクノロジー(CT&T)における主要プロジェクトの遅れだ。
日本を除くアジア太平洋地域(APAC)でのオーガニック売上高の落ち込みはより深刻で、8.2%減。その要因はコストの見直しと、統合的戦略の再構築にあると見られる。一方、日本ではテレビやインターネット広告といったメディア事業の低迷にもかかわらず、1.6%増となった。
中国ではマクロ経済の課題に直面。インドではメディア事業で複数のクライアントを失い、スタートアップクライアントのプロジェクトの遅延やキャンセルも重なった。 オーストラリアとニュージーランドでは、マクロ経済の不確実性と競争の激化がクライアントの支出に影響。東南アジアではタイでの業績が回復、ベトナムも成長したが、インドネシアでは広告付き動画配信(AVOD)へのシフトが要因でクライアントの広告支出減に苦しんだ。
こうした状況が必ずしも、Dentsu Xに悪い影響を与えたわけではない。インドネシアでは食品大手インドフードをクライアントとして確保。その事業規模は推定4660万ドルとされる。また、米食品大手マコーミック&カンパニーとの関係も継続。同社とはすでに約10年の関係があり、世界市場での展開を担ってきた。新規では、香港観光局の事業を獲得した。
マコーミックではフルファネルマーケティング戦略やプランニング、メディアバイイングなどを担う。これによってDentsu Xの存在感は世界のFMCG(日用消費財)業界で高まり、専門性の強化にもつながった。シュワルツ(Schwartz)やフレンチズ(French’s)、デュクロス(Ducros)、フランクス・レッドホットといったマコーミックのサブブランド展開も担う。
しかし、主要クライアントも失った。ジャガー・ランドローバーはコンペの結果、オムニコムメディアグループのハーツ&サイエンス(Hearts & Science)がメディアのグローバル展開を引き継ぐことに。ジャガーはこれまで事業の柱で、Dentsu Xは英国や米国、中国、日本、豪州など世界25市場におけるプランニング、メディアバイイング(従来型及びデジタルチャネル)、データ、ソーシャルメディア、パフォーマンス戦略等を担ってきた。
インドでも、重要なクライアントだった自動車大手マルチ・スズキがグループエム傘下のマインドシェアに。消費財大手レキットも、1億ドル規模の事業を同じくグループエムのウェーブメーカーに委任した。
昨年、「Campaign Advertising Intelligence APACランキング」(COMvergenceのメディアデータを活用)で11位だったDentsu Xは、今年トップ20から転落。
事業が順調とは言えず、ランキングが再び上昇する要素も見当たらないため、今年の評価は「C」とする。
イノベーション(C+)
昨年の重要なイノベーションの1つは、「Dentsu Shop」の立ち上げだ。これは急成長するリテールメディアネットワークとコマースを結びつける、統合的リテールアクセラレーターを目標とする。
リテールメディアは今年、デジタル広告支出の約20%を占めるようになると言われる。そんななか、Dentsu Shopはリテールの活性化やブランドアクティベーション、コンサルティング、実用的イノベーションといったサービスを通じ、ファーストパーティーデータの収益化、メディアバイイング効果と顧客ロイヤルティーの向上を目指す。
電通はテンセント・マーケティング・ソリューション(TMS)とも協働。制作やデータ主導のマーケティングサイエンス、プロダクト開発、さらにアニメーションやeスポーツ分野でのコラボレーションを行う。
他のエージェンシー同様、生成AIサービスの強化にも注力。最近ではアマゾンウェブサービス(AWS)との提携を拡大、「Amazon Bedrock」「Amazon SageMaker」という2つの主要サービスを自社のレパートリーに組み込んだ。
またマイクロソフトとの長期的パートナーシップも進展。「Azure OpenAI」へのアクセスを企業に幅広く提供し、安全性の高い開発環境で成長・効率を高めるソリューション創出に努力する。
さらにグーグルクラウドとの長期的パートナーシップも強化。「Vertex AI」「Duet AI for Google Workspace」などを導入し、生成AI活用のイノベーションを進める。
クライアントに利をもたらすDentsu Shopの立ち上げやテンセントとの提携は評価に値する。だが生成AIの活用がクライアントにどう利するかはまだ未知数。よって、評価は昨年同様「C+」とする。
DEI&サステナビリティー(C+)
昨年電通が発表したDEIレポートによると、国内持株会社の女性管理職の比率はわずかに13.8%。一方、電通インターナショナルは女性管理職の割合が37.2%で、女性従業員の比率も54%に達する。同社は2025年までに女性管理職の割合を50%にする目標を掲げる。
それを実現するため、フェローシッププログラム「OWN-IT」など様々な取り組みを実行。OWN-ITは企業のエグゼクティブと女性創業者を結び付け、メンターシップを促進して業界内でのビジネスチャンスを広げることが目標。また、「Allyship Code」では個人にガイドラインを提供し、職場における女性を効率的にサポートする。
持株会社レベルでは、日本での同性婚の合法化を促すキャンペーン「Business for Marriage Equality」を支援。これは全ての従業員の公平性を実現し、インクルーシビティーを高める包括的取り組みの一環だ。地方自治体が発行するパートナーシップ証明書を重視し、人事・福利厚生制度の改定に取り組む。
昨年はサステナブルビジネスの実践が認められ、初めてS&Pダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス・ワールド(DJSI World)に選出された。DJSIアジア太平洋インデックスには8年連続で選ばれている。
ダウ・ジョーンズ・インデックスとロベッコサム(RobecoSAM)社が設立したこの投資家向けインデックスは、経済・環境・社会的持続可能性のパフォーマンスに基づいて世界の企業を査定。2023年には世界で321社が選ばれ、メディア・エンターテインメント業界からは11社、日本からは38社が選ばれた。
電通は選出された理由として、1) ESG対策におけるリーダーシップ 2) 統合的レポートやウェブサイトでの情報開示 3) CO2削減に対する取り組み 4) 税務コンプライアンスの透明化 5) 人権や人材開発へのコミットメントなどを挙げる。またDJSIに加え、FTSE4GoodやFTSE Blossom Japanにも選出されている。
電通は2030年までにCO2排出量を46%削減し、再生可能エネルギーの利用を100%にするという野心的なESG目標を設定。そのためにチーフガバナンスオフィサーを任命し、今年はグローバルチーフサステナビリティーオフィサー職を設ける予定だ。
しかし残念ながら、一部クライアントとの業務はこうした取り組みに逆行する。Dentsu Xタイはタイ石油公社(PTT)と協働し、地元の銀行と提携してロイヤリティープログラムを拡大。ブランドロイヤリティーと化石燃料の消費を促進するクレジットカードを展開する。
東京・世田谷での「農福連携事業」や「アップサイクリングプログラム」といったサステナビリティーへの取り組みは、コミュニティーの包括性やリサイクル志向の農業、オフィス製品のイノベーティブな再利用などが焦点だ。
サステナビリティーとDEIの取り組みには進展が見られるが、女性活用にはさらなる努力が必要。よって、評価は昨年同様「C+」とする。
クリエイティビティー&エフェクティブネス(B-)
Dentsu Xが手掛けたキャンペーンで、特筆すべきものを挙げるのは難しい。あえて言うなら、昨年の香港オーシャンパークのキャンペーンだろう。カスタムオーディエンスに向け、黄竹坑(ウォンツォクハン)周辺にジオフェンシングを設けた。
ターゲットオーディエンスが多いエリアでは、プログラマティックDOOH(デジタル屋外広告)専用プラットフォームのハイブスタック(Hivestack)DSPを展開。またフェイスブックを使ったリターゲティング戦略も展開し、プログラマティックDOOHとソーシャルメディアを組み合わせた包括的なオムニチャネルアプローチを行った。
その結果、オーシャンパークを訪れたターゲットオーディエンスはほぼ5倍に。インプレッションも190万回以上を数え、「認知」と「行動」で大きな成果を上げた。
Campaignが主催する「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2023」では、タイで「デジタルエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」のブロンズ、「メディアエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」のシルバーを獲得。2022年の無冠から躍進した。
カンヌライオンズやスパイクスでのさらなる健闘を期待し、評価は「B-」とする。
マネジメント(C+)
昨年もリーダーシップを発揮したプレナ・メロトラ氏は、APAC担当のチーフクライアントオフィサーにも就任。メディアサービス全般でクライアントエクスペリエンスを向上させた。
また、ジェニファー・タン氏が牽引して「グレーターノースクラスター(Greater North Cluster)」を設立。中国本土と香港、韓国、台湾におけるオペレーションを統合、これら諸地域の様々なパフォーマンスに対応して新たな成長機会を模索する試みだ。
目立った人事では、南アジア担当メディアCEOとして長い間実績を残したディヴヤ・カラニ氏に代わり、アニタ・コトワニ氏が任命された。
インドでは、ITコンサルティング会社ヴァルテック(Valtech)のシニアヴァイスプレジデントだったホセ・レオン氏をCEOに任命。Dentsu Xのビジョン、地域における運営能力の強化が同氏の専門的スキルに期待される。また、南アジアCEOにはハーシャ・ラズダン氏が就任。APAC CEOのロブ・ギルビー氏の下、4千人に及ぶチームを統率する。
中国では、戦略面で多大な貢献をしたデリク・ウォンCEOが「個人的理由」から離職。後任にはIBMコンサルティングやアクセンチュアで役職を務めた麦俊彦(チュン・イン・マク)氏が就任した。
マレーシアではキエン・エン・タンCEOが引退を表明。後任にはオードリー・チョン氏が就任。
醜聞もあった。海外事業に携わる役員の年収最高額が1480万ドルであることが明らかになり、社内における不公平性が議論になった。
この情報が出たのは、グローバルエージェンシーの役員報酬が話し合われていた最中。市場の状況が芳しくないなか、電通が難局を乗り切ろうとしていた時期だったのも混乱に拍車をかけた。
明るい話題は、エクスペリエンスデザイン責任者のジャッキー・シュー氏がCampaignの「Women to Watch 2023」に選ばれたこと。同氏は2021年にコンテンツビジネスデザイン(CBD)チームを創設、エクスペリエンスとエクスポージャー(露出)の融合を目指す。チームは様々な専門家から構成され、中国における新たなエクスペリエンスマーケティングのアプローチに貢献。初年度は売上高の10%を占めた。
経営陣の混乱はいまだに続き、新任のリーダーがどう機能するか判断するには時間が必要だ。評価は昨年と同じく、「C+」とする。
*事業概要に関する回答はなし
消費者インサイト 40%
テンセント * 主要クライアントに関する回答はなし。Campaignは公的な情報源からリストを作成した 自社評価に関する回答はなし |