今年のカンヌの受賞作品には新しい傾向が見い出せる。これまでクリエイティビティーでは、イノベーションや戦略性、実効性、そしてウィットといった点が重視されてきた。だが今年はAPAC勢がそれらに新たな要素を付け加えた。それは、社会に「優しさ」を実現する力だ。
この傾向はNGOに限らず、一般のブランドのキャンペーンでも見受けられた。重要な社会・環境問題をテーマに掲げる。各地の文化を反映させ、コミュニティーへの帰属感と優しさを表現する。人間同士のエモーショナルなつながりを深化させる −− こうした点でAPACの作品は他地域よりも際立っていたように思う。
では、その具体例をいくつかご紹介しよう。
グラス部門(性差別や偏見を打破する作品を審査する部門)でグランプリ、他部門でもゴールドとブロンズも獲得した韓国警察庁の「Knock Knock」。テクノロジーを斬新かつ巧みに応用したこのキャンペーンは、韓国社会に著しい変革をもたらした。
「あなたの声を、無言で届けよう(Make your voice heard voicelessly)」 −− 韓国ではこの8年間でDV(ドメスティックバイオレンス)の被害が7倍以上に増加。だが声を上げる被害者はわずか2%に過ぎなかった。そこで警察庁が考案したのは、被害者がスマートフォンを2回タップするだけで緊急通報できるシステム。連絡を受けた警察は通報者のスマホを通して現場の状況や位置情報を把握。さらにグーグル検索を模したページから、秘密裏に通報者とチャットもできる。
広告の潜在力を生かし、社会に多大なインパクトを与えたこのキャンペーン。クリエイティビティーとイノベーションの力が最大限に発揮された好例だ。
日本のJRのキャンペーン「My Japan Railway 」もグランプリと2つのゴールドを獲得した。同社がコロナ禍で直面したのは、人々が移動を控える中、どうすれば国内旅行を奨励できるかという課題。そこで編み出したのが、利用客が各鉄道駅への「思い」を強め、JRとエモーショナルなつながりを深められるスタンプラリーだ。
JRが開発したのは、アナログな木版をイメージさせる各駅のデジタルスタンプ。そのデザインは極めて秀逸で、単なる造形的美しさだけでなく、手作り感覚で「温かさ」も演出。利用客と各駅とのパーソナルな関係の深化を促進した。スタンプはカスタマイズも可能で、利用客にとっては特別な思い出づくりにもなった。
優れたアートディレクションはブランドと消費者の関係性を深化させる。そして、マーケティングではエモーショナルなつながりがいかに大切か、このキャンペーンは雄弁に物語っている。
同じく日本の相鉄グループの「A Train of Memories」も、ゴールドとブロンズを2つずつ受賞。通勤電車を舞台に12年間にわたる父と娘の思い出を描く動画は、温かさとインパクトを兼ね備える。
一見、優れたヴィジュアル効果が目を奪う。だが映像ではテクノロジーを効果的に活用、2人の心の機微を表現する。もしこれが単なるミュージックビデオなら、これほどのインパクトは生まれないだろう。意外性のあるヴィジュアルが父娘の関係の変化を繊細に表現、2人のストーリーを紡ぐ。
イノベーティブで斬新、かつユニークなプロダクション。温かみを醸す演出は見る者の心を揺さぶる。人間味とテクノロジーをどのように融合すればインパクトの強いキャンペーンをつくれるか −− その模範例と言えよう。
世界初、貝殻から生まれたヘルメット「Shellmet(シェルメット)」のキャンペーン(TBWA Hakuhodo) はゴールドを2つ、ブロンズを1つ受賞した。「貝は殻で外敵から自分を守る。そして今、人間の命を守る」 −− そのコンセプトは実に力強い。
人と地球の関係性を深化させるこのキャンペーンは、環境・経済の両面でウィンウィンのソリューションだ。廃棄された貝殻をエコフレンドリーなヘルメットに再生するというアイデア。そのデザインは日本的で、禅を想起させる。「我々の頭と地球を守る」 −− メッセージは至って明快だ。
大量に廃棄される貝殻の処分に頭を抱えていた、漁村の課題を解決すべく始められたこの取り組み。イノベーティブな思考が世界的課題を解決し、サステナビリティーを推進することを示す。
「The Well-Being Index(幸福インデックス)」はゴールド、シルバー、ブロンズをそれぞれ1つずつ受賞。各国の「成功度」を新たな視点から測る指標で、経済成長にとどまらず、多岐にわたる分野を測定、国民の真の幸福度を測る。狙いは各国にクオリティー・オブ・ライフの考え方を促進・浸透させることだ。GDP(国内総生産)と対照的に比較されるGDW(国内総充実)もこの指標に含まれており、社会の充実度を測るコンセプトとしては画期的。人と社会に新たな尺度、そして思考法を提示する。
他にも、同じコンセプトを持つキャンペーンはいくつか見られた。いずれもイノベーティブなソリューションを提示し、より良い世界の創造、社会との絆の深化を目的とする。
インドの通信会社エアテルの「Airtel 175 re-played」は、映像に記録されていない1983年のクリケット・ワールドカップをテクノロジーを駆使して再現したもの。国民のプライドとノスタルジーの再生作業でもある。菓子メーカー、レイズ・インドの「Lay’s Smart Farm」もイノベーティブなテクノロジーを駆使し、農業従事者をサポートすることで社会的責任の全うを図る。スウェーデンのクリエイティブ会社フォルスマン&ボデンフォルスは、世界初のダウン症のバーチャルインフルエンサー「Kami」を発表。社会におけるDEI(多様性、公平性、包摂性)の促進を目指す。
カンヌライオンズで賞を取るのは必ずしも中身の薄い、奇をてらったクリエイティビティーばかりではない。各地の文化を反映させ、社会的責任を果たすことでインパクトを高める −− こうしたキャンペーンは社会に「愛情」と「優しさ」を生み出すことを今年のAPAC勢は証明した。そして、クリエイティブ思考がポジティブな変革とより良い世界の創造につながることも示したのだ。
(文:マイク・チウ 翻訳・編集:水野龍哉)
マイク・チウ氏は博報堂香港のエグゼクティブクリエイティブディレクターを務める。