今年のカンヌライオンズは、改めて欧米エージェンシー中心のイベントであることを印象づけた。アジア太平洋地域(APAC)のエージェンシーは、2年連続でエントリー作品数と受賞数が減少。APAC勢の2021年の受賞数は前々回を下回る119だったが(2020年はコロナ禍の影響で大会は中止、2019年との比較)、今年は104にまで減少、歴代で最も悪い成績に終わった。
その中にあって唯一、大健闘したのがインドだ。インド勢は合計で48の賞を獲得、昨年の22から倍以上数を増やした。その中には3つのグランプリも。電通クリエイティブが手掛けたヴァイスメディアの『Unfiltered History Tour』(動画・下)、オグルヴィの『Shah Rukh Khan My Ad』、レオ・バーネット・インドによるP&Gの『The Missing Chapter』だ。さらに電通クリエイティブ・バンガロールは「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」にも輝いた。
インドの広告業界やエージェンシーは喜びに包まれている。「チタニウム部門での受賞やグランプリのハットトリック、そして数多くのライオン……本当に幸せな気持ちです」と話すのは、電通インドのクリエイティブチーフ、アジェイ・ゴーラ氏。「カンヌでインドがこれだけ多く受賞したことはかつてありませんでした。私だけでなく、インドの広告業界の誰もが喜びに浸っています」
その一方、他のAPAC諸国は成績が振るわなかった。Campaignは不振の原因について主要エージェンシーのクリエイティブ責任者たちに問うてみたが、ほとんど回答を得られなかった。
数少ない回答者の1人、オグルヴィ・アジアのチーフクリエイティブオフィサー(CCO)リード・コリンズ氏は原因について明言を避けつつ、このように話す。「日本とニュージーランドは前年の成績を上回ることができませんでしたが、近いうちにまた多くの賞を獲るでしょう。両国は今年前半に行われた国際的広告賞で活躍したので、カンヌの結果には少々驚きました」
インドとは対照的に他のAPAC諸国、特に日本や中国、豪州、ニュージーランド、タイといった主要市場の関係者たちは今回の結果を内省していることだろう。例えば豪州は昨年22の賞を獲得したが、今年は16に。同様に中国やニュージーランド、タイも受賞数を減らした。
だが、1年だけの成績でAPACのクリエイティビティーが低下したと決めつけるのは尚早かもしれない。レオ・バーネット・オーストラリアのエマ・モンゴメリーCEOは、同社が『One House Save Many』(動画・下)でイノベーション部門のグランプリを受賞するまでに3年を要したことを説く。
「このキャンペーンの制作には3年近くかかりました。我々エージェンシーとクライアント、そしてパートナーが三位一体となってソリューションを実現させた、真の意味のクリエイティブコラボレーションです。受賞によって、大きな影響力を発揮するクリエイティビティーはチーム力が生み出すことを証明した。スケジュール重視ではなく、結果を重んじる姿勢が革新的な成果を生んだのです」
APAC勢不振の原因を特定するのは難しいが、いくつかの要素は考えられる。1つは、APACから選ばれる審査員が少ないことだ。結果的に各賞のノミネート作品は減り、当然ながら栄冠を手にした作品はごくわずかだった。
今年、APACからは電通CCOの佐々木康晴氏、DDBアジアCCOのユージーン・チェオン氏が審査委員長に選ばれた。また、TBWAの佐藤カズー氏や電通メディアのディブヤ・カラニ氏などが審査委員を務めた。だがその数は限られ、大多数を欧米エージェンシーの人材が占めた。
VMLY&RでAPAC担当CCOを務めるヴァレリー・マドン氏は、「カンヌのような極めて競争の激しい舞台で注目を集めるのは、いずれにせよ難しい」と話す。「アジアも多くの国々が優れた作品を生み出しています。でも、カンヌは競争の場。作品を一度提出したら、審査員が誰であろうと気に入ってもらえるよう願うだけです」
VMLY&Rインドはマックス・フラッシュ(Maxx Flash、ブランド)の蚊用対策製品「キラー・パック」のキャンペーンでグランプリを獲得(動画・上)した。また、ユニパッドの再利用可能な生理用ナプキンのキャンペーンでもシルバーを受賞した。
マドン氏はAPACのパフォーマンスが落ちたとは考えていない。かつてカンヌでは、日本が他のAPAC勢を圧倒した時代があった。その後は豪州が台頭し、さらにタイや中国も受賞数を増やした。「ですから今年、インドという新たな国が頭角を現したことに驚きはありません」
オグルヴィのコリンズ氏も、インド以外の国々の質が落ちたわけでは決してないという。「今年はインドにとって格別な年になりましたが、他国のパフォーマンスが悪かったわけではない。新たにインドがAPACで存在感を発揮したのは素晴らしいこと。これからもその他の国が台頭して、APACを活性化させることを期待します」
マドン氏は、「どんなエージェンシーでもまったく受賞できない時がある。そうなったらなったで、今度はモチベーションが上がっていくだけ」という。
「例えば我々の日本支社は、通信大手のために『渋谷バーチャルシティー』というプロジェクトを実現させ、絶大な効果を上げた。数々の素晴らしい仕事をしています」
それでも、今年のカンヌの結果から得られる教訓はあるだろう。「受賞した作品は我々にインスピレーションを与えてくれる。異なる角度でものを見ることを教えてくれるからです。そして大胆さをかき立て、不可能を可能にしてくれる。今後のカンヌに向けた糧になります」(マドン氏)。
コリンズ氏は、「カンヌの受賞作品は毎年、クリエイティビティーの地域的多様性が広がっていることを表している」という。昨年はパキスタンの作品がグランプリに輝き(通信大手テレノールの『Naming the Invisible by Digital Birth Registration』)、今年はホンジュラス(オグルヴィ・ホンジュラスの『Morning After Island』/ グルーポ・エストララテヒコPAE)やケニア(オグルヴィ・ケニアの『Lesso Lessons』/ ロト・タンク、ケニア保健省)、ポルトガル(デザイン部門で初のグランプリを獲得)といった国々が栄冠を手にしている。
(文:ラウル・サチタナンド 翻訳・編集:水野龍哉)